11 閑話 クキ、理解はする
クキは顎を撫で、思案する。
――なるほど。その視点はなかった。
目の前の若人たちだが、頭がいい……というより、視野が広いのだろう。
良い指導者でもついているのか、と疑問するが。
――この発想は老害というやつだな。
自覚して、自嘲する。
彼らは、年かさの者の力を借りずとも、経験がなくとも、知識と頭脳で戦ってきたものたちなのだ。
うしろに大人が控えている、なんて発想は失礼すぎる。
眼前の若人こそが、この国の女王と政治トップなのだ。
――国境の再定義か。たしかに、そうなるか。
アフター・ドラゴンの世界。
竜とダンジョンをすべて駆逐し、人間の世界を取り戻したと仮定する。
攻略の過程で生じるのは、人類同士の協力だ。それは地域を越えた繋がりとなる。
和歌山からクキたちがやってきたように、いずれは海を越えて、海外の人類と協同することになるだろう。
「旧来の国境を越えて、人類という枠組みで協力して竜殺しをおこなったとする。いや、そうなるだろう。これから先、攻略が進んだ世界では」
言葉に載せて、考える。
「それはつまり、多くの国、多くの人種が、他の地域へ立ち入るということに他ならない。そして協同は、必ず力関係に繋がる。――自国領域を自力で取り戻した『力ある勢力』と、その勢力に力を借りなければ自国ダンジョンをクリアできない『力なき勢力』に別れるわけだ」
そう考えれば、スッキリする。
「『力ある勢力』は戦後交渉において非常に大きな恩を作れる。場合によっては『力なき勢力』の支援を主張して、実効支配にもつなげられる。そういうことか」
「ええ。わたくしたちは、そう考えておりますの」
ならば、どうなるか。
クキは目を細めた。
――すべての竜を倒すまでは、ある程度、人類は協同できるだろう。だが、竜がいなくなれば……戦後では、交渉による戦果の分配が始まる。
戦果とは、すなわち資源だ。
人的資源から土地に埋まる自然物まで、ありとあらゆるものが分配の対象となる。
それらの奪い合いは、すなわち領域の奪い合いであろう。
『これから文明を回復させるが、この領土を取り返したのは我が国の戦士なのだから、我が国の領土にしてもいいだろう』あるいは『我が国の戦士なくしては取り返せなかったぶんの恩があるはずだ』と、そんな理屈で領土拡大を画策する国は、必ずある。
日本列島も領土は小さいが、全土が海に面し、諸島も数多く抱えている。海産資源が非常に豊富だし、アジア側から太平洋を臨む要所だ。
歴史的な因縁も数多くある。欲しがる国は、多い。
それでも、日本はまだマシなほうだろう。
――宗教の中心地のような、歴史上、常に『激しく奪い合われている』土地は奪い合いが過激化するだろうな。
竜という災害。引き起こされた混乱。
それらが『国境の再定義』を招くのではない。
常々欲している『国境の再定義』のタイミングを、人類が見逃さないだけの話だ。
「……レンカ嬢。キミたちカグヤ朝廷は、今のうちに国力を蓄えておきたいのだな。日本列島を守るだけの力を。……あるいは、日本列島の外を攻めるための力を、か?」
「否定に足る証拠はご提示できませんわ。力は力ですもの」
誘うようなクキの文言に、太政大臣……レンカは笑顔で応じた。
「しかし、あくまで防衛のためだと断言いたしますわ。日本古来の領土を守るために、早い段階から国力を蓄えておきたいのです。しかし、そのためにはまず早急に『国の形』を得る必要がありましたの。そのためのカグヤ朝廷であり、都市国家ドウマンですわ。未来の日本を守るための共同体なのだ、とご理解いただければ」
「守る、か。理解はできるな。いきなり建国とは飛躍気味だが、いっそ理論的でもある」
未来を見据えれば、国家防衛のための軍事力が必要で。
国家防衛のためには『国家』が必要だから、小規模ながらも朝廷を樹立した。
筋は通っているように聞こえる。
だが、それでも。
「納得は、しない」
淡々と、告げる。悪い癖だとはわかっている。
言葉に抑揚を乗せることが下手なのだ。生来の気質である。
「……なぜですの?」
「理屈ではないからだ」
「では、やはり感情だと?」
「そうだ」
やはり、と言われたあたり、悟られてはいたらしい。
――そうとも。儂は老害だ。
重ね重ね、自覚はある。だが、だからこそ、この自覚だけは譲れない。
「儂は日本国民だ。別の朝廷を認めることは、できない」
「……カグヤ朝廷も日本の取りうる形のひとつだと、考えてくださいませんか。数十年後、あるいは数百年後に、ほんとうの意味で日本を取り戻すまでの、かりそめの形であると」
首を横に振る。
「ダンジョン攻略については、タンバに協同させよう。都市国家ドウマンの持つ力が人類に必要なことは認めるし、タンバもまた人類のために必要な子だ。難民のとりまとめと説得が必要であれば、儂がやろう。だが、儂自身は朝廷への合流はしない。それでいいだろう」
クキとしては、落としどころのつもりだった。
「関西、近畿の安全が確保でき次第、儂は関東へ向かう。過去の日本を取り戻すためにな。それでどうだ」
朝廷側も、呑まない理由がない。
太政大臣レンカは黙ってうなずいた。
――妥当な判断だな。老害が手伝いだけして、あとは勝手に野垂れ死ぬだけだ。
老害として、それくらいの引き際はわきまえているつもりだ。
だから、予想外だった。
「いや、それはダメだよぅ。どうすれば認めてもらえる……ますか?」
なにやら土臭い女王が、堂々と首をかしげて突っ込んできたのだ。
わかりやすくいうと、国が滅んだ世界は「オセロの空きマス」で、他のプレイヤーにマスを取られる前に自分で黒を置いておく必要があるってことと、置いた黒をキープする必要があるってことですね。
それがカグヤ朝廷。
空きマスになる前の「陣地が出来上がっていた将棋盤」に戻すべきだ、というのがクキ老人の想いですね。
なお、国境がどうとか領土がどうとか小難しい話をメインに据えてガッツリやるつもりはないです。
僕もわかんないし(世界史評価:D)




