7 閑話 タンバ、はじめてのひとを探しにいく
タンバは眉をひそめていた。
案内された宿舎が狭かった、とかではない。むしろ、こんなに綺麗な設備は、この二年間で初めて見た。
広い芝生の大地は、平城京の宮殿があった跡地なのだという。
運動会で見るような大型のテントが多数設置された芝生は、人々が行きかう場所になっている。
――なぜです?
タンバは窓の外を眺めながら、通された部屋で疑問する。
――なぜ、クキ先生は僕を連れて行かなかったのです?
ううん、と唸る。
置いていかれたのは、自分の力不足だろうか。いや、それは考えづらい。すでに、組手ではクキより強いのだ。
ならば、なぜ……? なにか足りないものがある、ということだろうか。
考えてもわからない。ごろり、と木組みのベッドに横になる。ふわふわの毛布に、思わず力が抜けてしまいそうになる。
タンバには、ほかにも悩ましいことがあった。
あの女性。タンバの一刀を、足裏で弾き飛ばした女性。
――マコさんに、謝らなければなりません。
薙刀の少女騎士。噂は聞いている。麗しく凛々しい美少女騎士、英雄イコマの相棒。
二度のダンジョン攻略の軸となった、英雄級の戦士だ。
イコマと違って実名は広まっていないが、実力は見た。
タンバのスキルは『スピード強化:A』と、体術系のBランクスキル。
短刀の一撃は、確実にホーンピッグの首を裂く軌道だった。
――止められました。
あれは、自分が悪い。いきなり武器を抜いて、確認もせずに斬りかかったのだ。
言い訳をするならば、和歌山から古都ドウマンへの数日がかりの山越えの際に、大量の遭遇戦があった。
ギャングウルフ、マッシュベア、ホーンピッグ等の野生動物系モンスターたち。そのすべてを短刀の錆びにしてきた。
――錆びにするっていう表現、かっこいいですよね!
積極的に使っていきたい言葉だ。ともかく。
――……ちょっと、興奮していました。血の気が多かったのです。
だって、奈良だ。奈良と大阪のダンジョンを攻略したひとがいる場所だ。
タンバの父母は、大阪で働いていた。
生きているかどうかはわからないけれど、生きていれば、そのひとは両親の恩人になる。そうでなくても、英雄だ。
そして、タンバは両親の生存を信じている。だから、つまり。
――恩人がいる街です。
なのに、俊足ゆえに難民団から先行していたタンバは、勘違いで攻撃をおこなってしまった。
――あっさりと捌かれました。捌いてもらえました。そうでなければ、どうなっていたか。
大変なことになっていたに違いない。切りかかった自分が悪く、止めてくれたマコがいなければ、カグヤ朝廷との仲に問題が生じていた可能性もある。
――ああ、だからクキ先生は僕を連れて行かなかったのですね。
ふと、納得する。やはり、自分は未熟者なのだ。
ともあれ、マコだ。自分の速度に追いつく人間は、はじめてだった。人間以外を含めても二例めだ。
つまり、竜であるトラキチ以外では、はじめての相手。
「……いえ」
――トラキチのことは考えないようにしましょう。
ともかく。
相手の事情も聞かず、飼育されているものとも知らず、『モンスターはひとを襲う悪である』と、先入観で襲い掛かってしまったのは、タンバの間違いである。
だから、謝らないといけない。会談で会えるかとも思ったが、連れて行ってもらえなかった。
いや、今日は休みだと言っていたから、むしろ会談には出ていないかも。だとすれば。
しばらく悩んでから、タンバは立ち上がった。
――探しにいきましょう。
こうして待っていても仕方がない。
到着してから数時間。クキは会談にいって、仲間たちは寝るか食べるか風呂に入るか、施設を使わせてもらい、自由に過ごしているはず。
タンバも先に風呂をいただいた。さっぱりしている。意識も落ち着いた。腹は減っているが、まあ許容範囲だ。
だったら。
「謝りにいきましょうっ!」
意を決して部屋を出て、ちょうど廊下を通りがかった兵士に声をかけた。
尻ポケットに丸めたノートを突っ込んだ男性だ。
「あの、すいません。ひとを探しているのですが」
「キミは……ああ、和歌山からの難民の。だれをお探しですか?」
タンバは少し安心した。
年下の自分にも敬語を使ってくれる相手だ。おそらく、客人だからだろうが、それでもほっとする。
「マコさんという、とてもきれいな方です」
兵士が五秒固まって、笑顔でうなずいた。
「ええ、とてもきれいですよね。ちなみに、どういう関係で、どういったご用件ですか?」
「どういう……」
タンバは首をひねって考える。用件は暴走したことへの謝罪と、暴走した自分を止めてくれたことに対する感謝だ。
だが、関係はむずかしい。なんと言えばいいのかわからない。タンバは少し迷ってから、素直にそのまま言葉にすることにした。
――速度としては、そうですよね。
「僕の、はじめてのひとです!」
「……ほう」
「でも、ちょっと暴走しちゃって、自分では止められなくて……」
「なるほど」
「でもでも、マコさんがちゃんと受け止めてくれたんです!」
「ふむ」
「だから、ありがとうございます、と伝えたくて!」
「うんうん、よくわかりました」
兵士は笑顔で深くうなずき、勢いよく背後に倒れ込んだ。
「えッ! だいじょうぶですかッ?」
「安心してください。致命傷です」
だいじょうぶではないらしい。
「あまりの情報濃度に脳の処理が落ちただけです」
どういうことだろうか。
ひとを呼ぶべきかどうか迷うタンバに、廊下で大の字になっている兵士が慈愛の顔を向けた。
「おれもキミくらい若かったら……そういう経験が出来たのかもしれませんね……!」
「なんの話ですか?」
「いえ、なんでも。マコ様でしたら、今日は『ぜったい働くな』の日なので、街をうろついていると思いますよ。目立つ人ですから、聞き込みしながら歩けばすぐに見つかるはずです」
「そうですか! ありがとうございます!」
歩き去ろうとするタンバに、床から「待って」と声がかかった。
「少年、最後に一つだけ」
「はい、なんでしょうか」
「グッドラック。そして、今度時間が出来たらゆっくり語り合いましょう、同志よ」
よくわからないが、互いに親指を立てて『いいね』ジェスチャーを送りあった。
古都ドウマンは親切なひとがいる街なんだな、とタンバは思った。
重厚でシックなローファンタジーだなぁ……。




