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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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4 種付けラボ(※畜産研究施設)



 家畜化プロジェクトラボは、朱雀大路を南下した先にあった。

 朱雀大路とは条坊制の都市において、南北を貫く大通りのこと。

 つまり、平城京やら平安京やら、道を碁盤の目状に張り巡らせた都市デザインを条坊制と呼び、そのど真ん中をまっすぐ走るメインストリートが朱雀大路である。


 その昔、四キロメートル近くもあった平城京の大通りは、歴史という激流の中で失われた。

 人類がはるかに発展してから約二百メートルだけ復刻されたけれど、その二百メートルもまた竜の手によって荒らされてしまい、瓦礫の山に覆われた。

 デザインする都市国家ドウマンの朱雀大路は、その荒らされた二百メートルを整備し、延長しているものである。

 しているもの、というのは、未完成だから。

 古都ドウマンはまだまだ廃墟だらけ。急ピッチで再開拓を進めてはいるものの、文明の瓦礫は資材の山でもある。使えそうな資材や施設を見つけるたびに作業が止まり、なかなか進んでいないのが現状だった。

 朱雀大路とはいうけれど、現状、五キロメートルほどの長さで瓦礫をわきに寄せて空けた、幅十メートルほどの空間を道と呼んでいるだけなのだ。


 家畜化プロジェクトラボは、朱雀大路南端、明らかに再開拓の手が及んでいない区画にあった。

 畑の跡地を柵で仕切った牧場然とした場所だから、見てすぐに「ここだ」とわかる。

 朝廷運営本部のある大極殿跡から見て、都市内の施設ではいちばん遠い場所だ。

 ラボの所長を務めるおじさん士官が、にこにこしながら言った。


「ここまで来ると、私たちみたいな『モンスター関連の研究』をやる部署くらいしかないんですよねぇ。県南部からの難民さんはほぼゼロですし、居住区からも遠いですから、ちょっと危険なことやる場所としてぴったりなんですよ」


 ちなみに日記さんをはじめとする工兵たちは、露店にいる。彼らは仕事中だからね。

 次回の訓練が楽しみである。おぼえておけよ……! 全員粘液まみれにしてやる……!

 ともあれ。


「南からの難民は、やっぱり少ないですか」

「どうしても山が、ねぇ……」


 なるほど、と相槌を打つ。

 古都ドウマンは旧奈良県域のいちばん北。京都も近くてとっても都会(※当社比)である。

 反面、南部はかなりの田舎……というか、ほぼ山と森であり、文明崩壊前でも『未開の地』『秘境』と揶揄されていたくらい険しい大自然だ。

 現在は、さらに竜の生み出した侵略的植物が生い茂り、揶揄どころかほんとうの意味で『未開の地』になってしまっている。

 和歌山からの難民がいれば、凄腕戦士の話を聞けたかもしれないけれど……紀伊半島の半分を、モンスターひしめく樹林を踏破できる人類は少ない。

 僕ならできるだろうけれど、それは『竜種:B』のステータス補正と『複製:A』の物資補給力があるから。

 ……あるからといって、やりたいとは思わないけれど。それくらい険しく、厳しい道のりなのだ。


「ま、とにかくイコマ卿ならともかく、マコ様の視察ですからね。どうぞ、ゆっくり見て行ってくださいよ」

「僕の本体、ものすごく軽く見られていませんか。いちおう正四位の自由騎士卿なんですが」

「それだけ気安く接していただけている、ということですよ。マコ様はなんか、ちょっと高嶺の花感ありますが、イコマ卿は近所の若いの、という感じで」

「……僕もあんまり敬われたりするのは苦手なので、誉め言葉だと思っておきます」


 言いつつ、柵の内側に目を向ければ、ホーンピッグが数匹、ふごふごと上機嫌に唸りながら歩き回っている。

 数匹、角が根元から削られている個体もいる。


「角、削っていないホーンピッグもいるんですね」

「ええ。削った場合の性格の変化などを比較観察したいので、半分だけ。ブタも鯨偶蹄目(くじらぐうていもく)でウシやシカの仲間ですから、角があること自体はなんとか自分を納得させましたが……やっぱり、未知の生物ですよ、コイツは。研究しがいがあって、たまりませんなぁ」


 ……。めちゃくちゃ楽しそうですね、所長。研究職ってこういう感じなんだろうな。

 図書館の廃墟などから資料を発掘したり、知識ある住民の力を借りたり……試行錯誤だらけだが、充足感はあるらしい。

 餌やり体験の許可をもらえたので、僕は冬服の袖をまくって柵の中に入った。

 襲ってくる気配はない。もとよりホーンピッグは積極的に人類を狩るモンスターではない。

 縄張りを侵されたり攻撃されたりすれば突進は仕掛けてくるし、まともに喰らえば人間なんて軽く死ねる威力はあるけれど、文明崩壊前もそういう獣はいた。クマとかね。


「モンスターですから、警戒してくださいね。……いや、マコ様レベルの戦士に言うことではないでしょうが」

「いやいや、僕程度はまだまだ未熟で。ちなみに、餌やりのコツとかってありますか?」

「警戒しすぎないでください。警戒心がホーンピッグたちにも伝わって『コイツ敵か』と思われてしまうので、むしろ危険度が上がります」

「すごいや、いきなり矛盾したこと言いますね、所長」


 柵の外からバケツを受け取る。中身は飼料だ。

 ラボのひとたちが、通常のブタの飼料を参考にして、大豆をベースに数種類の穀物と野菜を混ぜて作ったものである。


「ホーンピッグって、ふつうのブタみたいに雑食なんですよね。動物性たんぱく質は採らせないんですか?」

「え? だってこれ、動物性たんぱく質を得るための家畜化計画ですよ?」


 ……。そりゃそうだ。

 照れ笑いをしながら、細長い餌箱に飼料をざらざらと流し込む。

 ぷうぷう鳴きながら僕のまわりをうろちょろしていたブタたちが、一斉に僕から興味を失い、餌箱の前に並んだ。

 潰されたり刺されたりしないように気をつけつつ、ホーンピッグたちから離れる。


「……大人しいですね、ほんとうに。餌バケツ持っている僕に襲い掛かったりしませんでしたし」

「初期はよく襲われていたんで、仕方なく反撃で殴り倒していたら、次第に『襲うと殴られる』ことと『待っていても餌はもらえる』ことを学習したようで。行儀よく待つようになりましたよ」

「動物愛護団体に訴えられそうですね」

「動物愛護団体も滅びましたから、そこはご安心ください」

「所長、部下から倫理観について問われることはありませんか?」

「幸いなことにありませんが、そういうときは部下も殴り倒します」


 所長、怖すぎるな。日記さんといい所長といい、種付けラボは面白い人間しか所属していないのだろうか。

 僕の半目を悟ったのか、慌てて所長は両手をわたわたと振った。


「いえ、あれですよ? もとより、動物飼育自体が人間の利益に繋がる行為――すなわち利己主義(エゴ)ですからね? かわいいから猫をペットにしたり、家を守ってほしいから犬を庭に放したり、孤独を癒すためにオウムに話しかけたり……」

「……まあ、そうですが」

「しかも、畜産の場合は『殺して食べる』わけです。利己主義そのものと言っていい。しかしながら、だからといって『動物を守る』のもまた人間のエゴですよ。理由が自然環境保護のためであれ、かわいいからであれ、絶滅しそうだからであれ、判断して決めるのが人間である以上、それは命の選別です。人間の判断で生命の軽重を決める行為をエゴと呼ばず、なんとしますか」


 ……。いや、急に饒舌になるじゃん。

 所長は「あくまで私の考え方ですが」と前置きして、さらに言葉を続ける。


「もちろん、人類の営みは犠牲の上に成り立っている……なんて大層なお題目を掲げるつもりはありませんし、生命を大事に思う気持ちは尊重したい。私もモンスター、動物を問わず、命を大切に思っています」


 一息ついて、彼は苦笑した。


「ですが、そうはいっても飯がないことには始まりませんからね。人類の考え方に巻き込んだ時点で、動物に対するあらゆる行為はエゴです。『なにもしない』ことも含めて、エゴなんです。だから、私は愛を以って動物に接する。それくらいしかできないから、愛情だけは絶やさないようにしたい。それが私なりのエゴです」

「……すいません、僕ちょっと所長のことを勘違いしかけていました。てっきりおかしなひとかと」

「つまり、私の拳は愛があるのでホーンピッグを殴ってもいいわけです」

「……すいません、僕ちょっと所長のことを勘違いしかけていました。やっぱりおかしなひとだわ」


 しゃがみこんで、ブタの一匹を撫でてみる。

 彼は僕のほうをちらりと見たあと、特に気にする様子もなく、餌箱に顔を突っ込み直した。人間に慣れている。

 正直、かわいいと思う。しかし、やはりその感情もエゴなのだ。

 いずれ食べる相手をかわいく思うのも、かわいそうだと思うのも、愛を以って接することも、すべては人間の勝手な思想に過ぎない、と。

 うーん、むずかしい。所長はどうかしているけれど、動物の研究をすることは、いのちについて考えることでもあるのだ。

 ここに来たのは暇つぶしだったけれど、思いのほか、貴重な経験をしたような気がする。


 声がしたのは、その時だった。



「下に星がありますね」



「それおれのなんすよwww」



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― 新着の感想 ―
[一言] 「星を得たいという事。  それも、エゴなんですよ」 応援はしているんです(。。
[一言] 研究者が世間一般の言う<まともな人>ばかりだと新理論とか出てこないだろうから仕方ないね? フロンティアは拳で切り拓くのが人類の業だし。
[良い点] 更新ありがとうございます。 おかしい人※ほめ言葉 が多い小説は、良い小説って説があったなあ
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