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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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3 種付け(※畜産用語)



 そういう事情もあって、僕は両手をわきわきと妖しく蠢かせながら迫ってくるレンカちゃんがいる運営本部――および併設宿舎にある自室――に戻れなくなってしまい、ぶらぶらと街を散策するしかなくなったのである。


 瓦礫を取り除いたメインストリート、朱雀大路では屋台がいくつも並んでいる。まだまだ貨幣制度の復活までは至っていないけれど、食事がいつまでも配給制ではつまらないので、住民のガス抜きも兼ねて露店のバリエーションは豊富。

 食に関する質の高さと選択肢の多さがモチベーションに及ぼす影響が多大であるためこれは絶対確実に必要な福利厚生のひとつなのである――と、カグヤ先輩が熱弁を振るった結果生まれた制度だ。

 間違いなく自分がいろいろな美味しいものを食べたいからゴリ押したのだろうけれど、レンカちゃんが承認したということは、理屈は通っているのだろうな――なんてことを考えながら歩いていると。


「おや、イコマ卿。……いや、本日はマコ様モードですか」


 屋台の中のひとつで、汗をかきながら肉の串焼きをコンロの上で回していた男性兵士が、目ざとく僕を見つけた。

 若い男性で、ズボンの尻ポケットに丸めたノートを突っ込んでいる。


「あれ、あなたはたしか……」


 見たことがある。というか、かなり印象に残っている。古都攻略戦争で、前線維持のための工兵部隊にいた戦友で、そして、それ以外にもかなり印象的な出来事があったひとだ。


「……日記のひと!」

「おぼえていてくださいましたか」

「いや、忘れられないですよ。僕が偶然拾ったあなたの日記に、女装した僕に対する愛の詩が書いてあったなんて、あはは」

「はっはっは」


 ははは、と互いに笑いあったあと、彼は淀んだ目で顔を伏せた。


「はっはっは、あー……またちょっと死にたくなってきたな……」

「ほんとうにその、ごめんなさい……拾ったのが僕じゃなければ……」


 手元の串を回しながら死んだ目をする彼に、慌ててフォローを入れる。


「げ、元気出してください! ほら、女装の僕ですよ! お好きでしょ?」

「マコ様のタイツを下賜していただければ元気が出そうです……」

「あげませんよ。あげるわけがないでしょう。開き直るな」

「そこをなんとか! タイツ以外でもいいですよ、スカートとかパンツとか」

「いいわけねえだろ。なんですか、そんなにアグレッシブな方でしたっけ、あなた」


 日記さんはそっと目を逸らした。


「いや、だって……。大阪から帰ってきて以来、イコマ卿のほうこそ開き直って日常的に女装して、ナナ卿や幹部のみなさんといちゃいちゃしているじゃないですか。それを見るおれたちファンが、推しに触れることはできずとも、せめてグッズが欲しいと思うのはいけないことですか?」

「他人の使用済みタイツをグッズと称して入手をたくらむのはいけないことだと思います」

「わかりました、タイツもスカートもタイツも、下半身はすべて諦めます。なので上半身からブラをチョイスしてもよろしいですか」

「よろしくねえよ。そもそもしてねえよ、ブラ」


 体格を補正するために、一体型のコルセットとか詰めタオルとかは使っているけれど。

 日記さんは口を「お」の形にして、目を見開いた。


「……つまり、ノーブラですか?」

「言い方は気になりますが、そうとも言えますね」

「そうですか。あ、どうぞ、これ、豚串です」

「わあ、おいしそう! ありがとうございます」


 湯気を立てる豚串を受け取ると、日記のひとがめちゃくちゃいい笑顔でうなずいて、そのまま後ろに倒れ込み、叫んだ。


「聞いたかおまえら……! マコ様は……ノーブラだ……ッ!」

「叫ぶな、そんなことを。大声で」


 周囲の屋台から「おおお……!」「やはりコードネーム『日記』は有能だな。ファンクラブ会員番号一桁だけのことはある」「でも貧乳でもブラはしたほうがいいですよ、マコ様!」とか聞こえてきたので、僕は空を見上げて気持ちを落ち着けた。


「……ふう。今日も古都は平常運転ということだね」


 いやな平常運転である。だれだ、こんな下ネタ上等な空気を作ったのは。


「こういう『とりあえずボケとけ』みたいな風潮を作ったやつには責任を取らせないとね。……おや、どうしたんだいみんな。そんなに僕のことを見て。かわいいのはわかるけれど、見すぎはセクハラだよ?」

「「「アンタが元凶だよ!」」」

「そんな馬鹿な。僕がいったいなにをしたというんだ。記憶をさかのぼっても、僕がみんなに悪影響を及ぼした出来事は――」


 もう一度空を見上げて、いろんな出来事を思い出す。うん。


「――豚串いただきまーすっ♥」

「かわいい声で誤魔化しやがった!」「食いしん坊マコ様もかわいー♥」「実際なんとなく許せちゃうからズルいんだよな」


 チョロいなこいつら。

 あつあつの豚串を噛むと、濃厚な脂の味と、振られた塩の味が口の中でじゅわりと滲んだ。

 ホーンピッグは、このあたりの野生モンスターの中で、もっとも家畜化できる可能性が高いと見られている……と、このあいだカグヤ先輩に聞いた。

 雑食性でなんでも食べるため、餌にできる豆類はカグヤ先輩のスキルで大量確保が可能。

 さらに、天変地異以前に僕らが食べていたブタはもともと人間が家畜化したイノシシであるため、類似点の多いホーンピッグの研究は恒常的な食肉の供給に繋がると期待されている。

 人口増加に伴う動物性たんぱく質の不足を見据えて……とかなんとか。

 ようするに、これらの露店も豚串も、カグヤ朝廷としての政策の一環なのである。


「ていうか日記さん、通常任務は建築じゃなくて露店担当なんですね。工兵なのに」

「ああ、おれ、実家が肉屋で。戦闘訓練以外はこっちになりました。有事の際は工兵に戻りますけどね」


 なるほど、と相槌を打つ。知識のある人間を、知識が必要な分野に振り分けるのは当然のことだ。

 僕は兵部の正四位。兵士たる彼らはつまり僕の部下でもあるのだけれど、古都ドウマンでの兵士運用はミワ先輩の担当だから知らなかった。上長として非常に反省。


「うまくいきそうですか? ホーンピッグの家畜化」

「どうでしょう。いまはまだ、うまくいくかどうかを試験するために準備しているような段階ですよ。気性の選別から取り掛かっていて」

「……気性の選別?」

「穏やかな性格の個体を選別し、種付けさせて雌雄かけ合わせ、穏やかな気性の子供たちの血筋を作っていくことで、家畜化を目指していく……というやり方です」

「性格が遺伝するってことですか? そんなモンスター育成ゲームみたいな」


 生活環境とか、幼少期の経験とか、親のふるまいとかで決まるものだと思っていたけれど。


「いやいや、ご先祖様がやってきた、由緒正しい方法らしいですよ。おれも詳しいメカニズムがわからないんですが、そういうもんらしいです。だからいまは捕まえて、観察して、良さそうな個体は別で管理して、試しに種付けさせて……地味な作業ですよ」

「へぇー。……それ、見に行ってもいいですか? その、種付け? ていうやつ」


 日記さんが固まった。


「……え、うちの家畜化プロジェクトラボをですか?」

「そう。面白そうですし。ぜひ、その家畜化プロジェクトラボを」

「うちの種付けを、ですか?」

「ええ、そちらの種付けを、です」

「ほんとうに、種付けにご興味が?」

「はい。ほんとうに、種付けに興味があります。興味津々です」


 日記さんはひとつ頷いて「ちょっと待ってくださいね」というと、作業着の尻ポケットに丸めて突っ込んであったノートを引っ張り出すと、なにやらメモを取り始めた。


「……『種付けに興味がある』とキミがいったから、本日は種付け記念日……!」

「怒られろ」


 そして日記さんは笑顔で背後に倒れた。


「いやー、今日はいい日だ。だよな、きょうだい!」

「今期のマコ様はボイスコンテンツが豊作ですね」「する方なのか、される方なのか……どう思う?」「私は両方だと思います」「ていうか実際に両方されてるって朝廷本部で噂だよ」


 僕は空を見上げて気持ちを落ち着けてから、正面に向き直った。


「次にみなさんと訓練で一緒になったとき、めちゃくちゃ厳しくしますね! 覚悟しろ……!」


 努めて穏やかな笑顔で告げると、露店の全員が静かに土下座した。




「下に星がありますね」

「はい」

「もしあなたがタバコを吸っていなければ」

「ちくわ大明神」

「あれはあなたのものだったんですよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] ちくわ大明神 それがわからない世代が現れるまで、あと〇年(_ー
[一言] ちくわ大明神
[一言] マコ様がうろついているのが日常っていうね? これは福利厚生の一環なのかマコ様さまから下々へのw
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