2 秋のこと
収穫祭から数日。
都市国家ドウマンもすっかり葉の色が赤く染まり、みんなの服の袖が長く伸びていた。
秋の終わりが、あるいは冬の始まりが近づいてきているのだ。
どこかまったりとしつつ、しかし常に人々が汗を流して働く忙しい空気の中で、古都の英雄とも呼ばれるカグヤ朝廷の立役者にして自由騎士卿のイコマは、暇を持て余していた。
つまり、自称するのはまことに恥ずかしいことながら、僕のことである。
そして、とても珍しいことに、ほんとうに暇だった。
「暇だし女装でもするか……」
と、自室に戻って姿見の前に立ったところで、すでに自分が女装していたことに気づくくらい、暇だった。今日は聖ヤマ女から(なぜか僕宛に)送られて来た冬服のセーラーだ。
いや、先だって「立ち止まっている暇はない」と格好良く決意を固めたものの、なかなかどうして、順調にはいかないものである。
むしろ順調にいっているからこそ、暇なのかもしれない。
秋の収穫祭以降、複製任務は完全週休二日を義務付けられていた。
暇を持て余しすぎて、公務中の太政大臣レンカちゃんのところに行くと、彼女は呆れ顔でこう言った。
「イコマ様に頼り切りではいけませんもの。化学薬品もなにもかも、イコマ様がいないところから再生産できるように発展させていきませんと。――はってんっ? そんなっ」
そのあとのセリフは無視した。
「でもまあ、つまり、それが『文明崩壊前の生活を取り戻す』ってことだもんね。特定のだれかの唯一無二なスキルに頼る生活は、あまりにも脆いから」
「その通りですわ。なでなでしてさしあげますの」
めちゃくちゃ撫でられた。最近は女性陣になすがままにされている僕である。
「まずはイコマ様の手を借りずに運営できる状況を目指し、最終的にはこの古都ドウマンを、カグヤ様の『農耕:A』がなくとも自給自足可能な都市にしますの」
「……僕もカグヤ先輩も、未来永劫生き続けるわけじゃないもんね」
「そういうことですわ。……とはいえ、十年以上はかかる見込みですけれど。難民の流入や出産による人口増加ペース次第では、倍以上かかるやもしれません」
十年、二十年。長いのか、短いのかわからないけれど。どちらにせよ、たった二年で破壊されたものを再生するのに、それだけの時間がかかるという。
だからこそ、カグヤ先輩を女王に据えた『朝廷』という形を選んだ。少なくとも今後十年は、先輩こそが古都における人類復興計画の軸なのだ。
「ですが、二十年程度では無理なものもたくさんあります。たとえば金属類でしょうか」
「金属……鉄とか?」
「ええ。現状、市街地からの発掘した金属製品を分解、再利用するためにいろいろと手を尽くしておりますけれど、日本の鉱床開発は高度経済成長期に大半が廃れておりますから。市街地からの廃品発掘のリソースも有限ですし、輸入することも考えて海外展開も視野にいれていきませんと」
「わお。海外。いいね、ハワイとか?」
浮かれポンチな僕の言葉に、レンカちゃんは苦笑した。
「ひとまずは中国とロシアですわね。近場かつ、大規模な鉱床がございましたから。海路の安定が図りづらい以上、太平洋側の諸国は手が伸ばしづらいですの。……アジア側にせよ、まだまだ夢物語ではありますけれどね。そもそも、海外がいまどういう状況なのか、ANMNですら掴んでいないようですもの」
難しいものである。どちらにせよ、まずは日本列島を攻略するところから。まだまだ先は長い。
青い海、白い砂、水着の美女と戯れられるのはずいぶん先になりそうだ。
「やる気に満ち溢れた自由騎士卿の僕としては、本格的な冬が来る前に京都か兵庫を見に行きたいと思っているんだけれど。レンカちゃん的にはどう?」
「優先順位でいえば京都かと。大阪は集団暴走の危機から脱しましたけれど、京都は日本有数の都会ですもの。危ないものから取り除いていきませんと」
ただし、とレンカちゃんは僕にくぎを刺した。
「いましばらくは、和歌山の情報収集を待っていただきたいのです。先日、ユウギリから得た『和歌山のダンジョンが攻略された』という情報。きちんと裏付けを取り、真実であれば、問題は――おわかりですの?」
「だれがやったか、だよね?」
「ええ。正解ですの」
美貌の生徒会長兼太政大臣が、金色の縦ロールを揺らしてうなずいた。
「もしほんとうならば、和歌山には最低でもAランクの戦士がいると考えるべきでしょう。……あの方ではないと思いますけれど」
「僕もそう思うよ」
今回攻略されたのは、古都ドウマンを開いた奈良から見て南にあるダンジョン。紀伊半島の最南端、和歌山の那智勝浦と呼ばれる場所だ。
だから、大阪でAランクの剣術スキルを得たレイジではない……はず。
アイツは東に向かったと目撃情報があった。関東圏に広がる大ダンジョン地帯へ、鱗を持つ少女を伴って進んでいったのだと。
「わたくしたちが古都で立ち上がり、大阪でもアダチ様がチャンピオンになったように、各地でも有力者、実力者が台頭してきていたのでしょうね」
僕らが集団暴走の脅威を感じて行動したように、他の地域でもなんらかの動きはあったはずだ。
「和歌山には高ランクの戦士がいて、ダンジョンの攻略を成し遂げた。強い人と一緒に攻略に挑める可能性を考えたら、情報のない京都や兵庫のダンジョンに行くのは待ったほうがいい、と。……わかってはいるんだけど、ね? 手持ち無沙汰なのは性に合わなくて」
「お気持ちはわかりますけれど、いまはとにかく『待て』ですわ。がむしゃらに走り出すタイミングではありませんの」
それと、とレンカちゃんは半目になった。
「イコマ様、本日はお休みの日ですのに、わたくしの執務室に来てお仕事の話をするなんて……自覚が足りませんわよ。ほら、ちゃんとお休みになってくださいませ」
「いや……ひまだし、その、なにかやることないかなって」
「え? ナニカ? もしかして、いやらしいことをわたくしと楽しみたいと? わかりましたわ、さっそくこの机の下に潜り込んでくださいな! そして何食わぬ顔で部下からの報告を受けようと頑張るわたくしをねっとり鬼畜責め! たまらず声を上げてしまうわたくし! 困惑する部下! しかし今日のイコマ様は止まりませんの! わたくしははしたなく人前で――と、ひとまずそういうシチュでお願いいたしますの」
「太政大臣閣下、貴重なお話ありがとうございました。小官はこれにて失礼させていただきます」
「あらあら、わたくしが獲物をそうやすやすと逃がすとお思いで?」
全力ダッシュで逃げた。
本文より★ネタ考える方が大変なんでやめていいですか?




