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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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1 プロローグ



 竜が鳴いた。

 くぅん、と鳴いた。

 少年はただ、倒れた竜の前に跪いて、顔を伏せていた。

 時刻は夜。月が彼らの立つ山道を照らしている。


「……殺さなければ、いけないのですか」

『きみはそのためにいどみ、たたかったんだワン』


 竜は笑った。

 体のサイズは五メートルほど。鱗と角を持つが、骨格は大型の四足動物に似ており、鱗の上を覆う柔らかな体毛が犬のようなシルエットを形成している。

 その全身には多数の刃物の傷が刻まれ、凄絶な戦いの結果を物語っていた。


『きみとあそべてたのしかったワン』

「……トラキチは、戦いが楽しかったのですか」

『きみはちがうワン?』


 そうだ、と少年は思った。苦しさもあった。悲しみも。怒りも。

 けれど、死力を尽くした戦いは、しびれるような充実感を与えてくれた。

 それを楽しさに近いなにかだと、少年は悟っていた。


 ――だからこそ、です。


 少年は口を開く。もう一度、問う。


「……どうしても、殺さなければいけないのですか」

『それがりゅうしゅ。どらごんというがいねんだワン』


 ――けれど、僕は。


 少年は手に持った刃物を、しかし、竜に突き立てることができなかった。最期の一撃を贈り、瀕死の竜を終わらせることが、できなかった。

 見かねた老人が、少年の背後にゆらりと歩み寄った。


「……なにをしている、タンバ」

「……クキさん。彼は、トラキチは――悪い竜なのでしょうか」

「このダンジョンで、何人が死んだか忘れたのか。……だが、タンバ。命を奪うのは、たしかに辛いことだ。言葉を操る相手ならばなおのこと。おまえがやらない――いや、できないというのなら、代わりに(わし)がやる」


 少年は俯く。


「それが正しいこと……なのですね? 僕は、正しいことのために、戦っているのですよね?」

「……わかった、儂が殺そう」


 少年タンバに、老人クキが溜息を吐き、言った。

 だが、横たわる竜は、歯を剥いて、ぐるる、と唸る。


『だめだワン。ぼくはたんばにまけたんだワン』


 トラキチと呼ばれた竜は、頭を上げて喉首を晒した。


『めいよあるおわりを。あそびのはてにあるえいこうを。たんば、きみのてから、うけとりたいんだワン』

「……トラキチは、死にたいのですか」

『ちがうワン、たんば。ただ、あそびにおわりのじかんがきただけだワン』


 トラキチは一呼吸おいた。


『おねがい、たんば』


 少年は俯いたまま、ゆっくりと刃物を掲げた。

 それは日本刀のようであり、しかし、非常に短く、反りもない。短刀か長ドス、あるいは忍者刀と呼ばれるようなフォルムの武器が、ぎらりと月明かりを反射する。


「……ごめんなさい、トラキチ」

『あやまらないで。――ありがとう、たんば』


 刃が落ちて、竜の喉を裂いた。

 鮮血が散る。短い刀身では、一度で首を落としきれない。

 何度も、何度も赤いものが山道へ飛び散る様子を、月明かりだけが照らしていた。



 ダンジョンが霧散して、巨岩の上に放り出されても、攻略者たちはしばらくその場から離れなかった。

 タンバが、立ち上がるのに時間を要したからだ。


「……これから、僕はどうすればいいのでしょうか」


 ぽつりと、タンバが漏らした。

 己の両手を、目線に掲げる。細かい傷がたくさんついていて、爪には土が詰まっている。


 ――血は、ついていませんね。


 返り血も黒い粒子になって消えてしまった。最初からなにもなかったみたいだと、タンバは思った。

 ダンジョンもドラゴンも返り血も消えて、壊れた故郷だけが残っている。ひょっとすると、自分も壊れているのだろうか、なんて自嘲する。


「それだが、タンバ。次の予定は奈良でどうだろうか。日本最初の攻略に成立した街が、新たな国を樹立し、復興を目指しているらしい。物資も潤沢だそうだ。村の皆をつれて、そこへ行くのがいいと思うのだが」


 淡々というクキに、タンバは視線を返した。


「……竜を殺した英雄が拓いた街です。僕も、彼と同じ英雄です。一緒に正しいことを為す、仲間になれますよね」

「タンバ、あまり気負うな。強いスキルがあるからといって、強者にならねばならないわけではないだろう」

「でも、その新しい国の将軍は竜殺しの強者で……英雄なのでしょう?」

「竜殺しの強者であることはたしかだな。そしてまた、英雄かもしれない。だが、だからといって、正しいとも限らない」


 タンバは眉をひそめた。


「彼らは正しいひとたちではないのですか。だって、竜を殺したんですよね? 竜を殺すのは、正しいおこないでしょう。でなければ、僕は――」


 タンバは首を横に振って、続く言葉を呑み込んだ。


「……ああ、そうだな。その点は成果だ。だが、問題は『どちらを向いているか』だろう。儂らが取り戻すべきは、奪われた日本の姿だ。新国家、新朝廷である必要はない――その点が、儂にはどうもキナ臭く感じる」

「しかし、彼らは……」


 クキはしかつめらしい顔を、少しだけほころばせた。


「いや、すまん。老骨の戯言だ。どちらにせよ、儂らは古都へ行かねばならん。ならば、行ってから確かめればよいだけのことだ。そうだろう、タンバ」

「……はい、クキ先生。村に戻り、旅の準備をします」


 少年はうなずき、手をズボンにこすりつけて汚れをぬぐった。

 ぬぐって、さらにもう一度ぬぐっても、まだ血がこびりついているような気がした。




下に星が五つありますね。



そのうち四つは残像です(本体を攻撃しないと倒せないタイプのボス)

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