表裏前後の断罪案件
断章です。
「それでは裁判を始めます」
裁判長を務めるカグヤが厳かに言ったのを、ナナは見た。
「被疑者、ナナちゃんは棚からぼたもちと言わんばかりにいっくんの純潔を散らしました。相違ありませんね?」
「……はい」
「なるほど」
カグヤは頷いて、木槌をカンカンと鳴らした。
「死刑だよぅ」
「待って! 裁判長に問題があるよっ?」
「そうですわ、カグヤ様。まだ弁護人も検事もなにも言っておりませんもの。せめて形式を守った上で死刑にしませんと、あとからいろいろつっこまれますわよ」
「死刑は確定なのっ? いや、あれはその、タイミング的にそうするしかなかったというか……わかるでしょ?」
裁判所(と、裏紙に書いて扉に貼り付けただけの小さな会議室)には、裁判長のカグヤ、被疑者のナナのほかに、検事のレンカ、弁護人のヤカモチ、そして傍聴人のミワとアキが揃っている。
ナナの罪状は『イコマといちゃいちゃした罪』だ。
――理不尽じゃない?
ナナは憮然とした。だって、自分は不要なのではないかとしょげこんでいるイコマを励ますためだったのだから。
棚からぼたもちだったことは否定しないが。
「私は悪いことしてないし、ほかのみんなだって同じ状況だったらそうしたでしょう? 互いに好意があって、状況も揃っていたんだから」
「そうだし! ほら、だいたいみんなもイコマっちとはいつもいちゃいちゃしてるじゃん! 手を繋いだりとか、抱き着いたりとか」
カグヤが半目でヤカモチを見据えた。
「……弁護人は『いちゃいちゃ』をどういう行為だと思っているのかな?」
「え? だから、手を繋いだり、腕に抱き着いたり、ぺろぺろされたり……」
検事のレンカが超絶笑顔で立ち上がってヤカモチに近寄り、耳元で何事かを呟き始めた。
「いいですの? つまりイコマ様の……が、ナナの……で、インサートされ、粘液と粘液が……ですの。そして最後は……で、おなかに……」
五分ほどしてから、ヤカモチは真っ赤な顔をカグヤに向けた。
「終身刑とかで勘弁してもらえませんか」
「弁護人、諦めないで」
「アタシも正直、う、ううう、うらやましいけど! しかもメイド服だったんでしょっ? ずるいし! アタシもマコちゃんのはじめて欲しかった!」
弁護人が頼りにならないことを、ナナは理解した。
いや、最初からなんとなく理解してはいたが。
――自己弁護でなんとかするしかないか。
「ミワ先輩、なんだか染まりつつありますね、ヤカモチちゃんも」
「とんでもねえ集団が率いる国ができたなぁオイ」
「傍聴席、静粛に」
カグヤが厳かに言って、ナナに向き直った。
「少し先走っちゃったんだよぅ。私もいっくんとはその……したし。だから、まずは当時の様子を詳細に供述してもらうところから始めなきゃね」
「……詳細に?」
「詳細に。微に入り細を穿ち」
むふん、と室内のだれかが息を漏らした。
熱っぽくて、荒い呼気だ。
――なんだかんだ、みんな聞きたいんだね。
そして、たとえナナがどれだけ恥ずかしがったとしても、詳しく聞くまで裁判は終わらないだろう。
現実的で生々しい女子トークの時間が始まった。
●
僕はのんびりと空を見上げていた。
大極殿跡の芝生に寝転がると、草の香りが全身を包んで心地よい。
物品の複製の休憩時間、久々にゆったりしている。
空は遠くて、青い。澄んだ空気は、秋の涼しさを肌に伝えてくれる。
「……秋だなぁ」
収穫祭も終わって、移民関係も一段落ついて、ようやく多少の余裕ができた。
忙しく走り回っていた女子たちも、今日は姿を見ない。
休日にすると言っていたので、彼女たちもゆったりしているに違いない。
「女子会とかしてるのかなぁ」
ぼんやりとイメージするのは、こう、かわいい女の子たちがもこもこしたパジャマを着て、ファンシーな色合いの部屋でごろごろしながら、スイーツの話とかする、萌え四コマみたいな光景だ。
男子が想像する女子会といえば、おしゃれなカフェか、おうちでまったりするか、みたいなふんわり空間だ。
ちょっと覗いてみたいけれど、男子禁制だろう。うむ。
「……女装しよっかなぁ」
悩みつつ呟くと、そばを通りかかった工兵部隊が僕を見て、大きくうなずいた。
「お願いします!」
「噂のメイド服バージョンを見たいんですが!」
「私はぜひブレザー制服を!」
民意に答えるのも将兵の責務なので、立ち上がって自室へと向かう。
やれやれ。僕は女装した。
●
裁判所の盛り上がりが最高潮に達していることを、ナナは感じていた。
先ほどレンカが新しい価値観を示したからだ。
「供述内容を考える限り、イコマ様のはじめてというより、マコ様のはじめてだったのでは?」
「だとすれば、アタシは弁護をやめるし!」
「あら、でも、だとするとこう考えることもできるのではありませんの? ――マコ様基準ならば、女の子側のはじめてが残っていると」
ごくり。
だれかが……というか、傍聴席を含めた全員がつばを飲み込んだ。
その理屈でいくならば。
「マコちゃんの男の子のはじめてはナナちゃんが、いっくんの男の子のはじめては私が。そして、マコちゃんの女の子のはじめてはまだ残っている……と、そういうことだよぅ」
「いいえ、カグヤ様。イコマ様側の女の子のはじめても残っていることをお忘れですのよ」
すっと傍聴人のアキが手を挙げた。
「ください」
「傍聴席、静粛に」
「ずるい! ずるいですよ! 四分の一は我々兵部がもらい受けても良いのでは? ですよね、ミワ先輩!」
「……い、いや、ウチは別に。そういうのはやっぱり、本人の意思が大事じゃねえか?」
「あら、ミワ様ったら、いざ当人になるととたんにしおらしくなりますのね」
「ミワ先輩、恋愛に関して奥手なところはカワイイですけど、ここはガッツリいかないと! 残り二つしかないんですから!」
しかしそうなると、ナナの立場はより悪くなる。
なぜならば。
「ナナが四分の一を協議なく奪い、しかも……ファーストちゅーまでしたのは事実。これらの罪については、やはり求刑を求めますわ。検事として」
「死刑だよぅ」
「くぅ、これ以上の弁護はできないし……! 奪われたのがマコちゃん側じゃなければまだ冷静に弁護できたけど!」
やっぱりヤカモチは役に立たなかった。というか敵に回った。
あとカグヤはずるい。自分も事実上はじめてを奪った側なのに、
「待って! わかった! ――じゃあ死ぬ前に残り二つも奪ってやる……!」
「拘束! 拘束して!」
ナナたちがもみくちゃになっていると、裁判所の扉がぱたんと開いて、マコちゃん(※メイド服バージョン)が顔を覗かせた。
「僕も女子会に――おっと剣呑な気配だ。なにかあったの?」
団子状になった女子たちの一番上で、レンカがぽつりと――そして熱っぽい瞳で言った。
「せっかくですから、ここで残り二つをシェアしませんこと? 鴨が葱を背負って来るとはまさにこのことですし」
「裁判長、どうですか」
「……そうだね。判決は『流されやすいいっくんにも責任をとってもらう』だよぅ」
女子団子がマコちゃんに襲いかかった。
●
翌朝、僕は大極殿跡の芝生に体育座りしながら、真っ黄色な朝日を見ていた。
「……うう、もうお嫁にいけないよ……」
そばを通りかかった工兵部隊が大きくうなずいた。
「解釈通りですね!」
「むしろ嫁に貰われ済み後で人妻感あっていいです」
「なんか女装してなくても艶っぽくなりましたね! 推せる!」
うるせえよ。
相変わらず硬派なローファンタジーだなぁ。
★マ!




