37 エピローグ
二章最終話なので、いつもの倍くらいあります。
あと、本日四話連続更新です。これは四話目。
カグヤ先輩が、大極殿跡地に建てた祠に、緊張した面持ちで歩み寄る。
手に抱えているのは、一本の稲穂だ。
秋前になった昨日、収穫した稲穂の最初の一本。
その一本を、祠の中の木像の前に捧げ、置く。
木像は、竜だ。うずくまる西洋風のドラゴン。鹿の角を生やしたそれは、ドウマンを模したものだ。
手先の器用な工兵と、不肖、僕が監修する形で作った。
カグヤ先輩は巫女装束で、とてもきれいだ。
白衣と緋袴のテンプレートな紅白の巫女装束の上に、神事用の真っ白な上着(千早というらしい)を羽織っている。
巨乳は着物が似合わないとだれかが言っていたような気がするけれど、そんなことはない。
化粧もしていて、口に引いた真っ赤な紅が大人びていて、どきっとしてしまう。
稲穂を捧げたカグヤ先輩は、数歩下がって一礼した。
カグヤ先輩の数メートル後ろで控えていた僕らも、それに倣って一礼する。
古都を侵した怪物の名前を、僕らは再び開拓するこの街につけた。
この儀式は、ドウマンが祟らないようにするための儀式だ。様式としては神道の儀式を踏襲……というか、ふんわりと真似している。
けれど、僕らはドウマンを神とは思わないから、神事ではない。
竜事、と名付けた。
人類の恐怖の権化たる竜に、畏怖と敬意を込めて最初の収穫を納めるだけの、シンプルな儀式。
つまるところ、これが意味することは。
「……こほん。では、みなさん」
カグヤ先輩が、差し出されたマイクに向かって話しかける。
マイクはスピーカーを通して、平城宮跡に集った古都の住民たちに先輩の声を届ける。
「いろいろありましたが、無事にこの善き日を迎えられました!
今日は新米食べ放題! 収穫祭の始まりです!」
わあ、と古都に歓声がこだまする。
僕はその大きな音のうねりに喜びを噛みしめつつ、竜事を終えたカグヤ先輩に駆け寄った。
「お疲れさまです、先輩」
「えへへ。緊張したよぅ」
にこりと笑うカグヤ先輩は、大人っぽい化粧でも、やっぱりカグヤ先輩らしい悪戯っぽい笑顔だ。
大阪でユウギリを無力化してから、一ヶ月。
なにわダンジョンが完全に土の中に消えてからは、二週間。
古都ドウマンは、はじめての収穫祭を迎えた。
●
死ぬほど忙しい一ヶ月だった。
僕はレンカちゃんの指示……というか、懇願によって、魔石を自分の『複製:B』に使った。『傷舐め』に続いて『複製』もAランクになった。
Sランク魔石なのだから、カグヤ先輩の『農耕:A』に使うべきだと思っていたのだけれど、状況がそれを許さないと判断したようだ。
そして、やっぱり、レンカちゃんの判断は正しかった。
大阪で大量発生した難民を生き永らえさせるためには、僕の『複製』がなによりも必要だったからだ。
伝説級の『複製』スキルはすさまじく、一日の使用回数が激増したし、大きな木材でも複製できるようになったし、なにより精度が上がった。
複製によって生み出されるものが、すべて一律でBランクになったのだ。
Aランクのものは劣化するけれど、Bランク以下のものであれば同等かそれ以上のものを生み出せる。
反則級だ。他人のスキルまでBランクで複製できるのだから。
しかしながら、大阪の難民キャンプ、およそ一万人を支えるのは激務であった。
一部の剣闘士やなにわダンジョンの元住民からは「おれたちの街を潰した」とか「『願い』のチャンスを奪われた」とクーデターを起こされたりした。
ナナちゃん率いる『マコ様ファンクラブ』が三時間で制圧したからことなきを得たものの、ファンクラブがいなかったらどうなっていたことか。
僕が怪我を『傷舐め』で治した剣闘士の多くは、僕のメイド姿を目撃しているから、そのままファンになったのだという。
どうなっていたことかっていうか、どうなっているのだ、彼らの性癖は。
とはいえ、ちやほやされるのは悪い気分でもないし、元剣闘士で構成された部隊はそれなりに役に立つし、たまにファンサービスとして女装で過ごしたりしていた。
ナナちゃんには「悪い趣味に目覚めたね……!」と写真を撮られまくった。
ともあれ、レンカちゃんの指示通り、工兵たちと大阪に大規模な難民キャンプを設営し、運営を軌道に乗せることはできた。
今後、古都への移住者を募りつつも、なにわもなにわとして再開拓する計画だ。
とはいえ、大規模な都市にするのは難しい。
古都ドウマンはカグヤ先輩の『農耕』で成り立っている面が少なからずあり、カグヤ先輩がいないなにわダンジョン跡難民キャンプ村――通称ユウギリキャンプは、食糧問題が解決する目途が立っていない。
僕はユウギリキャンプで物資を増やしたり住民の希望を聞いたりナナちゃんに襲われたりして、古都ドウマンに帰って物資を増やしたり住民の希望を聞いたりカグヤ先輩に襲われたりしながら、この一ヶ月目まぐるしく働いた。
決して短い距離の往復ではないのだけれど、単独行動なら一日あれば戻れてしまうし、モンスターも激減して道も安全になったので、何度も往復した。そして往復回数の二倍、襲われた。
……あれ、この一ヶ月の疲労の原因の何割かって、あの二人なのでは?
まあいいか。
二人のことは大好きだし、二人も仲良しだ。僕をシェアするくらい。
役得だと思って、分け合われておこう。
さて、収穫祭の主役は米だ。
主食として見ればイモのほうが効率はいいのだけれど、日本人の伝統はやっぱり米。
炊き立ての新米を食べるため、コンバインだの乾燥機だの脱穀機だのを大量に『複製』することになった。
フジワラ教授が持ち帰ったソーラーパネルやケーブルも増やした。
うん、この一ヶ月、なにかを増やした記憶しかない。
「……疲れましたね、この一ヶ月」
「これからもだよぅ。収穫祭が終わったら、来年の準備をしなきゃだし。
ほかにも畑がたくさんあるし、人口も増えたし。
たぶん、大阪方面には輸出することになるから、備蓄分を考えるならキャパ限界まで増産しないと」
ふんす、と気合を入れるカグヤ先輩と一緒に、白米をいただく。
噛みしめると、なんというか、ひどく懐かしい味がして、泣きそうになってしまった。
今までも増やしたお米を食べたりはしていたのだけれど、すべて古米だったし。
ユウギリのコロシアムで、美味しい米も寿司も食べたけれど、自分たちで育てた米には到底かなわない。
ハリボテの美味しさよりも、土にまみれ、汗にまみれたほんもののつらさが勝った。
この収穫祭を以って、レンカちゃんは正式に古都ドウマン運営部を『都市国家ドウマン』として旗揚げした。
本部は平城宮跡に設営したテントだけれど、いずれ、過去そこにあった大極殿のようなものも作り直して、正式な本部にする予定だという。
文字通りの建て直し。
僕が落とした屋根を築き直すならば、若輩ながら僕もぜひ参加したいものだ。
その本部テントで、都市国家ドウマンの首脳陣がそろって白米に舌鼓を打っている。
カグヤ先輩、レンカちゃん、ミワ先輩、フジワラ教授、そして僕とナナちゃんだ。首脳ではないけれど、護衛としてヤカモチちゃん、アキちゃんもいる。
レンカちゃんは本格的に都市国家ドウマンの運営に取り組むため、聖ヤマ女村の運営をえちち屋ちゃんに完全に委託し、カグヤ朝廷の初代太政大臣を自らの役職とした。
そう、カグヤ朝廷が開かれたのである。
「……私、王様とかじゃないんだけどなぁ」
と、カグヤ先輩はお茶碗片手にぼやいた。
「なんでレンカちゃんが自分でやらないの?
そのほうが中央集権化できていいんじゃない?」
「絶対王政は、日本人の感覚的に受け入れがたいものがありますから。
それに、古都はカグヤ様ありきで再開拓した街ですもの。カグヤ様が旗印であるべきですわ。
運営はわたくしたち朝廷がおこない、カグヤ様には農業と竜事、それから象徴としての仕事に携わっていただく形がベスト。
そう結論したでしょう?」
「うう、わかってるけど、それでもこう、恥ずかしいんだよぅ」
太政大臣というのは、立場としては朝廷の主、王たるカグヤ先輩の次にえらいらしい。
が、実際の政治の実権はレンカちゃんが握っていて、いちばんえらいはずのカグヤ先輩は、あくまで農業主体で働くのだとか。
「よくわからないけど、大変だなぁ」
「そうだね。私もよくわかんないけど、大変だと思う」
僕とナナちゃんに、朝廷守護官のヤカモチちゃんが呆れ顔を向けた。
「よくわからない、じゃダメだし。
イコマっちもナナも、いちおう兵部所属の自由騎士卿なんだから、役職としては正四位で、従四位大夫のアタシより上なんだよ?
しっかりしてもらわないと」
余計によくわからなくなった。兵部というのが、いわゆる軍部を指すのはわかるんだけど。
首をかしげる僕とナナちゃんに、兵部代表のミワ先輩があくどい笑みを浮かべた。
「役職の強さでいえば、アタシと同格だ。ただし、アタシは兵部全体を運営するのが仕事の兵部卿で、おまえらは古都の外で起こるトラブルに独自に対応する『都市国家ドウマンのカグヤ朝廷所属、正四位自由騎士卿』だってことだ。
よぉく理解できたかなぁ、イコマくぅん」
口を閉ざすしかない僕らである。
アキちゃんが眉をひそめてミワ先輩を軽く睨んだ。
「……わざとわからないように言ってますよね、先輩。
もっとわかりやすく説明できるでしょう?」
くかか、とミワ先輩が笑って、僕らの顔に箸の先端を向けた。行儀が悪い。
「わかりやすく言ってやろう。
――おまえら、ダンジョン攻略担当」
すごくわかりやすかった。
ナナちゃんもうんうんと頷いてから、レンカちゃんをねめつける。
「ねえ、レンカ。なんでこんなにわかりにくいのにしたの?
騎士って中世ヨーロッパのアレなのに、朝廷とか官位がどうとかは日本や中国のアレでしょ」
「平城宮跡に本部を置いた挙句、相手はドラゴンなのですもの。
和洋織り交ぜたほうが通りはいいでしょう?
それに、政治は複雑だとたくさん利点がありますから」
「……どんな利点?」
「どんな利点があるかを悟られにくいところが、まず一点ですわね。
これは三権分立後、日本の政治が複雑化し続けたことにも関連して――」
レンカちゃんの猛攻でナナちゃんの脳が機能停止するまで、さほど時間はかからなかった。
「わたし ごはん たべる おいしい おいしい」
「ナナちゃんが初期化されちゃった!」
正四位、フジワラ教授が二杯目の白米にホーンピッグの生姜焼きをワンバウンドさせつつ、苦笑した。
「つまり、政治に興味のないものを自動的に仕分けられる、ということだね。
複雑化した構造は、ふるいのようなものだ」
「……ううん、やっぱりよくわからないんですけど。
その理屈だと、僕ら、ふるわれてしまう側じゃないですか?」
「そうならないために、レンカくんはキミたちに役職を与えたのだろう。
思いやりともいえるだろうね。
他の組織や、例えば旧日本国のどこどこ庁のだれそれが、キミたちに『日本国政府として働くことを命じる』なんて言ったら、よくわからないまま従ってしまうだろう?」
言われて、想像してみる。
なるほどたしかに、言われた通りにしないといけない気がする。
「だが、いまのキミたちは都市国家ドウマン、カグヤ朝廷の正四位、自由騎士卿だ。
ダンジョンを制覇し、竜を倒し、日本列島を再開拓するのが仕事だ。
そう捉えたとき、キミならどうすべきか、わかるね?」
じっと見つめられる。
カグヤ先輩も、レンカちゃんも、ミワ先輩も、フジワラ教授も、ヤカモチちゃんとアキちゃんも、それから僕と同じナナちゃんも。
僕の言葉を、待っている。
視線の圧力に、少し圧倒されながら、僕は言葉を探る。
どうすべきか。それはわかっている。
「……そういうとき、僕はたぶん、協力を願い出ます。
協力してください、と言います。
僕はたしかに都市国家ドウマンの自由騎士卿です。
だけど、それ以前に、僕は人類です」
正直にいおう。やっぱり、よくわからないのだ。
国がどうとか、官位がどうとか。
けれど、わかることはある。
わからないことでも、僕ならわかる――ナナちゃんがそう言ってくれたように。
わからなくても、わかるのだ。
「だから、立場は違うかもしれないけれど、あなたも竜を倒すために協力してくださいって言います。
地球を取り戻すためには、あなたの力がきっと必要ですって」
少し目を伏せて、手元を見る。
僕の両手は、茶碗と箸を握っている。
「……もちろん、分かり合えない人たちも、僕らとは違う道を歩く人たちもいます。
どこかに行ってしまったレイジとか、殺されてしまったアダチさんとか」
なにわダンジョンから避難するごたごたのさなか、僕はアダチさんの遺体と気絶したタマコちゃんを見つけた。
救えなかった。止められなかった。後悔してもしきれない。
アダチさんの遺体は、なにわダンジョン跡地の簡易墓地に眠っている。
「タマコちゃんも難民キャンプから逃げて行方不明になっちゃったし、分かり合えない人たちのほうがずっと多いです。
悲しいけど、たぶん、そうなんです」
でも。それでも。分かり合える人たちだって、きっといる。
最初からあきらめていたら、協力できる人たちだって、いなくなってしまう。
それは孤独だ。ひとりで歩む道は、とても寂しくて、悲しい。
だから、僕は声をかけなければならない。
一緒に歩きませんか、って。
「だから、この国の騎士としては不適格かもしれません。
僕は結局、壊れた地球を歩いていくことしかできないわけですから」
すみません、と頭を下げると、カグヤ先輩がくすりと笑った。
「それでいいんだよ、いっくんは。
そうだから、いいんだよぅ。
だから、ただの騎士卿じゃなくて、自由騎士卿なの。
いっくんはね、自由だから」
「……え?」
「好き勝手していいってこと。いっくんの好き勝手は、きっと人を救うもん。
その好き勝手の結果に責任をとり続ける限り、いっくんは歩いていいんだよ」
「そうですの。知っておられますか、イコマ様。
道というものが、どうやってできるのか」
「……道? ええと……工事とか?」
違いますわ、とレンカちゃんが首を横に振った。
「人が歩いた跡を、道というのです。
最初に歩いた人が拓いた道を、あとに続く者たちが踏みしめ、固め、整備して、道になっていく。
イコマ様は、この壊れた地球で、閉ざされた道を再び拓いて歩く先導者なのです。
自由に歩けば、あなたのあとに道ができます。その道は、都市国家ドウマンにとっても、そしてなにより人類にとっても、必要なものですわ」
「僕のあとに……道ができる……?」
顔を上げると、温かくて、そして強い意志に満ちた瞳が僕を見据えた。
一緒に歩いてくれるひとがいる。あとに続いて踏みしめてくれる人がいる。固めるひとが、整備する人が、そして――僕の帰りを待っていてくれて、おかえりを言ってくれる人が、いる。
だったら、うん。
やっぱり、わかっている。わからないけれど、いまいうべきことは、わかる。
「……壊れた地球を、歩いていきます。
そのためには、やっぱり竜との戦いは避けられない。
だから――」
うん。一息吸って、しっかり気合いを入れる。
「だから、ちゃんと言います」
目的の再設定だ。
「竜から地球を取り戻します。
そのために、歩き続けます」
僕の拳は軽い。
僕の一歩は小さい。
それじゃ、ダメだ。
やりたいことがあるならば、本気で覚悟を決めていかなきゃならないのだ。
娘のために命を懸け、悪道を選び、そして死んだひとがいる。
ひどい男で、うそつきで、人殺しのろくでなしで。
そして、だれよりも覚悟を決めていた。
彼の死に顔は笑顔だった。落とされた首は、笑っていた。安堵の笑みだ。
娘を守れて死んだと、娘を送り出せたと、安心していたのだ。
あとに誰も続かない孤独な道を歩き通した男の覚悟。
それだけは、うそじゃない。
それだけが、彼の真実だった。
彼のようにはならないけれど、僕もまた歩き通さなければならない。
この壊れた地球を歩いていくと決めたのだから、その道なき道の果てまで歩き続けなければならない。
なにわダンジョンで心を折られたときみたいに、立ち止まっている時間は、もうないのだ。
言おう。
僕の夢を。
僕の目標を。
大それた夢を。
「――僕は、地球を再生します」
この願いだけは、竜にだって叶えられやしない。
最後の最後まで歩き貫いてやると、決めたのだ。
【#壊れた地球の歩き方 二章 了】
そういうわけで、二章も終わりです。
そうです、終わりということはクソ長後書きの時間です。
なろうレビューサイトでも大不評!
大したことは書いていないので読み飛ばしてくださっても結構です。
連載中に家族が倒れたりとかあって、マジでこう、メンタルやられたりして、しんどかったです。
トラブルがおさまって、続きを書くためにこれまでのぶんを読み返すと、いろいろ粗を見つけたりして未熟を恥じるばかりですが、楽しんでいただけたならば幸いです。
今後、連続更新停止対策として、「書きながら投稿」をやめて「書き上げてから投稿」に切り替えていこうかなと思っています。
デメリットは、新章までちょっと時間があいてしまいそうなこと。一ヶ月以上は空きそうです。
メリットは質の向上と、連続更新がトラブルで途絶えないこと……になるといいなぁ。
ともあれ、もしまだ未評価の読者様がいらっしゃったら、★で1~5、厳正な評価を下さればと思います。
楽しんでいただけていれば5、それなりだったら3、時間を無駄にしたなぁと思うのであれば1、そんな感じで。
もちろん「おまえなんかには1ポイントたりともやらねぇ!」と思う方は、未評価のままで結構です。
続きが気になる方はブクマしてくださると喜んでロリになります。僕が。
要約すると★マ!
どうぞよろしくお願いいたします。
では、また三章でお会いましょう。
次はショタが出ます。




