35 閑話 アダチの最期
本日四話連続更新予定です。これは二話目。
アダチは目を覚ました。
全身どろどろで、ずたぼろで、意識が戻っても体は動かない。
――アレでも、死ねんのか。
LEDのライトが眩しい。
どうやら、ここは救護室らしかった。
疑似太陽の直撃を食らって、アダチは負けたのだろう。
気絶し、救護室に運び込まれ、処置台に寝かされ、そして。
「……タマコ、なんやおまえ。
そないに泣きそうな顔して」
傍らに、顔をゆがめた娘が立っていた。
「報いや」
珍しく、地元の言葉でタマコが言った。
「パパ、いつも言うとったやろ。
ええことしたら、報われる。
わるいことしても、報いを受ける。
せやから、これは報いやねん」
「ワテの負けが、か。そら、道理やわな」
「ちゃう。これから起こることが、や」
これから起こること。
アダチはなんとなく、わかった。
「……ワテを殺すか、タマコ。
Aランクの補正を持つおまえなら、殺せる可能性はあるわな」
アダチは微笑した。
だから、泣きそうな顔をしているのだ。
なんて優しい娘だろう。
こんな人でなしを、まだ父と呼び、別れを悲しもうとしている。
「……タマコ。おまえは生きろ。
ワテのことはもう、親と思うな」
「いやや」
「おまえはもう、ワテの子でもない。
子やないから、ただのタマやな」
――なんや、猫みたいな名前やな。
アダチは口を閉じ、目をつむった。
ややあってから、細い手指がそっとアダチの喉にかかった。
竜鱗の硬い感触が、肌越しに冷たさを与えてくる。
アダチは、自分の『願い』に後悔はない。
ただ、娘から人肌の温度を奪ってしまったことだけは、少しもったいなかったなと思った。
ぎち、と小さな手に力がこもり、アダチの首を絞めあげる。
だが。
「……やっぱり、私にはできへん……っ」
二分もしないうちに、ぼろぼろと泣きながらタマは指を外した。
アダチはゆっくりと目を開け、両手で顔を押さえて泣く少女を見た。
――ワテが遺すもんは、結局、呪いみたいなもんやなぁ。
家族という、かけがえのない間柄。
たとえ不仲であろうと、生涯わかりあえない相手であろうと、ついて回る関係性。
人間を縛り付ける、血と肉でつながった一親等。
子ではなくても。親でなくても。
このかけがえのない呪いは、ひとを蝕んで離さない。
アダチは折れ曲がった腕を持ち上げて、娘の髪を撫でた。
娘はびくりと震えて、それからアダチの手に触れた。
竜鱗は冷たいが、内側にはきちんと温かさが残っている。
アダチは、もっとなにか言おうと口を開いた。
だが、言葉が出る前に、がつ、と鈍い音がして、タマが床に崩れ落ちた。
「おい……ッ!?」
「気絶させただけだ。ぎゃあぎゃあ喚くな」
いつの間にか、両袖から双剣を垂らした男がタマの背後に立っていた。
肘でタマの首を殴って気絶させたらしい。
いることに気づかなかった。幽鬼のように、視界の外から空隙を突いて現れた。
「怒りの双剣……アンタがなんでここにおるんや!?」
「てめえを殺すために決まってんだろ。
そのガキが殺せなかったときは、おれが殺す。そういう約束だったからな。
ガキがしそこなったんだから、おれの番だ。そうだろ?」
ぎらりとLEDを反射して、双剣が光る。
「……ワテがなんか、気に障ることでもしたか?」
「自己満足だよ。おまえ、ヨシノって女をおぼえてるか?」
「……ああ、キミが――そうか」
数週間前のことだ。
彼氏の怪我を完治させたいと、ひとりの女が闘技場に参加を申し出た。
だが、あまりにも弱く、剣闘士として採用するのは難しかった。
外から来た女だった。物珍しさと動機から、特例で相手をすることにした。
チャンピオンにサシで勝てたら『願い』をかなえてやる、と。
エキシビジョンマッチだ。
なにわダンジョン外から、愛のためにやってきた若い女。いたぶって殺せば、ユウギリが喜ぶかと思った。
あの竜を満足させるため、悪趣味に興じた。
エキシビジョンマッチでは、武器を破壊し、防具を剝いで全裸に剥いた女の骨を、足から上に向かって順番に砕き、最後はその首をへし折って殺した。
遺体は闘技場の前に打ち捨てた。なるべくむごたらしくするよう、心がけた。
ユウギリはけらけらと嗤ったが、褒美には値しなかった。
いわく――『おまえ、わらわの趣味を勘違いしておるのう』と。
竜の趣味など理解したくもなかったが、理解しなければならなかった。
イコマという得難いキャストを誘致するに至ったのは、頭を捻った結果だ。
――ヨシノ。あの女性が、怪我を治させたかった彼氏が、怒りの双剣やったんか。
ヨシノを殺した次の日に、ふらりと闘技場にやってきた男。
軽薄な自信家で、しかし戦闘となれば驚くほど精緻な剣技を披露し、瞬く間にのし上がってアダチに挑んできた。
鬼気迫るほどの剣技だったが、アダチのタフネスを超えるものではなかった。
「……そうか。イコマはんの再戦を通したのは、キミの采配か。
ぜんぶ、キミの予定通りやったっちゅうわけか」
「予定通りじゃねえよ。予定では、そこのガキの首を落として持ってくるつもりだった」
怒りの双剣は吐き捨てて、首を振った。
「馬鹿なガキだ。おれが剣を向けたら、ほっとした顔しやがったぞ」
双剣はいまいましそうに言う。
「ほんとうに――ほんとうに、馬鹿な女だ。
自分を殺すのは、てめえの首を絞めてからにしてくれとおれに頼みやがった。
わかるか? さっさと死にたがってたんだよ、馬鹿なガキは。
……クソが。馬鹿な女は殺せねえじゃねえか」
アダチにその言葉の意味はわからなかったが、しかし、タマが命拾いしたことに少しだけほっとした。
「ともかく、てめえは殺す」
「……あんたの動機はわかった。
けど、ワテを殺せるんか? 真剣でもほとんど通らんぞ?」
「殺すに決まってんだろうが」
双剣は両腕を掲げた。
袖がずり落ちて、断ち切られた両手首と、その先に接続された双剣があらわになる。
義腕の装着部とベルトを流用して作った、特注品らしい。
「めんどくせえことして『剣術:A』を手に入れたんだ。斬れなきゃ困る」
「……さよか。かたき討ちなら、甘んじて受け入れるしかないわな」
「あァ? かたき討ち?
ちげえよ。これは自己満足だ。てめえを殺しても、ヨシノは生き返らねえ。
だが殺す。殺しても意味はねえが、殺す。意味もなく、殺す。
そうやって人を殺せば、ヨシノは道を間違えたおれを殺しにくるだろ?」
アダチは、目の前の男が狂ったのかと思った。
ヨシノは死んだ。だから、この男はここにいるのではないか、と。
「ンだよ。そんな目で見るな、おれは正気だ。
約束なんだよ、そういう約束。だから、ヨシノは必ずおれを殺しに来る。
それまで、おれは悪道を行く。わかるか?」
まるでわからない。
双剣は剣を交差させた。
狂ったように笑うわけでも、感情が欠落した無表情でもない。
ただ淡々と、冷たい怒りだけが、肌の内側に張り詰めているようだった。
「てめえは一人目だ。邪魔するやつはだれであれ、何人であれ、ぜったいに殺す」
「邪魔――そうか、アンタ、蘇らせる気ィなんか。
蘇らせて、そんで、自分を殺させるんやな?」
「だったらどうした」
――信じられん。
アダチは瞠目した。
目の前の男は、破綻している。
「……ワテなんかより、よっぽどどうかしとるわ」
「そうかよ」
アダチは最後に、床に崩れ落ちたタマに目を遣った。
――生きろ。おまえは生きるんや。
ハサミのように構えられた双剣が、アダチの首の上で煌めいた。
一点のゆがみもない直線の交叉が、ひとつの命を終わらせた。
ややこしいですが、レイジの目的はひとつです。
・ヨシノに殺されたい。
そして、そのために必要な手順が二つ。
・ヨシノを復活させる。
・悪いことをする。
ヨシノの気持ちを考慮しないあたり、そういうとこやぞレイジ。
感想欄に正解者がたくさんいて嬉しかったです!
だれにも解かれないクイズは出来が悪いってことですからね……!(負け惜しみ)




