お兄様の説教タイム
騎士団長が帰ったあと、わたしは力尽きてリビングにあったソファーに座りこんだ。
「もう、今日は大変な一日でしたわ」
愚痴をこぼすと、「僕もだよ」とお兄様が同意しながら、わたしの横に力なく腰を落とした。
タイミングを合わせたわけでもないのに、お兄様と一緒に揃ってため息をついていた。
「こちらに来なさい、クリス」
そう命令するお兄様の声は低い。
ああ、ついに始まったお説教タイムが。
よいしょと移動して、お兄様の膝の上に横向きに乗った。
お兄様はわたしが落ちないようにぎゅっと腰を抱きしめて、顔を突き合わせる。お兄様の体温が伝わって、先ほどまであった緊張がすぐに抜けてくる。
「僕がなぜ怒っているか分かっているかい?」
「はい」
うなだれて素直に反省していた。
お兄様に背中をつつかれていたから、かなり心配かけていたことには気づいていた。
きっと悪女らしく狡猾に騎士団長を退けられていれば、こんな風に怒られることもなかっただろう。
だから、もっと悪女として上手く立ち振る舞わなければならない。
お兄様が安心して見守っていられるくらい立派に。
「じゃあ、説明してごらん?」
「えーと、先ほどの護衛の騎士に色々とやらかしたからです」
「そうだね。あれはわざとやったんだね。でも、クリスのことだから、何かわけがあったんだろう?」
お兄様は頭ごなしに責めるのではなく、わたしの気持ちを真っ先に聞いてくれる。その優しさに涙が出そうになるほど嬉しい。
「はい、そうです。でも、理由は言えないですけど……」
前世の記憶があるなんて、とても言いづらかった。しかも、この世界がゲームと同じだということも。
「言えないの? 僕にも?」
「はい……」
そう答えると、お兄様の顔があまりにも寂しそうなので、わたしは思わずお兄様の首に腕をまわしてしがみついていた。
「お兄様、大好きですわ。いっぱい抱きしめてくださいませ」
そうねだると、お兄様はしばらく考え込んだ後、ハーと深く息を吐いた。
「しょうがないな。クリスもそういうお年頃になったんだね」
お兄様は可笑しそうに言いながら、わたしの希望どおり抱きしめてくれる。
温かくて優しく包まれている感触がすごく好き。
お兄様の匂いもすごく好き。
わたしの大切な宝物ですわ。
「お兄様、ずっとそばにいてくださいね」
「ああ、クリスが望む限りいるよ」
お兄様はわたしの頭をなでながら、わたしの望みどおりの返事をくれる。
それを聞いたら、すごく安心できた。
お兄様の丁寧な手つきは、とても気持ち良くて、ついうとうとしはじめてしまう。
楽しみにしていた入学だけど、新しい刺激ばかりで、ちょっと疲れていたみたい。
「クリスにも反抗期か……」
お兄様の優しい声を聞きながら、あっという間に夢の中に入っていった。
だから、次につぶやいたお兄様の低い声が、わたしには聞こえなかった。
「それにしても、クリスがあの男の求婚に了承したときは、心臓が止まるかと思ったよ」
そう思い詰めた顔をして、わたしの髪にくちづけるお兄様の声が。
§
クリスの可愛らしい寝息が、僕の顔のそばから聞こえ始める。
その様子は僕が知るクリスそのもの。
守るべき大切な存在。
甘えん坊で、それでいて僕のことを兄として慕ってくれる。
クリスがいるから、僕は兄として、この家にいられる。
僕は、この家族と血が繋がっていないから。
みんな、僕がその事実に気づいているとは知らないだろう。
誰にも教えるつもりはなかった。
でも、最近のクリスを見ていると、少し、――いやかなり心配になってくる。
あまりにも可愛すぎるんだ。
入学初日に王子とトラブルを起こしたと聞いたときは、血の気が引くほど心配したけど、その理由を聞いたら、僕と帰るためだったというじゃないか。
僕と帰るなんて、全然大したことではないのに。
これからもいくらでも機会はあるのに。
それなのに最初の登校日を特別に考えてくれて、しかも僕を選んでくれるなんて。
頭にガツンと衝撃を受けるような驚きだったし、そのとき感じた気持ちは、今まで知らないものだった。
ドキドキと胸の鼓動が激しくなって、自分が自分でないくらい動揺しまくった。
それからクリスのことが今まで以上に目が離せない。
今日だって、その可愛らしさと大好きな料理で、あの護衛騎士の心をあっさりと掴んでいた。
一体何人魅了する気なんだろう。
でも、クリスが望まない限り、誰も近づけさせはしない。
まだ、僕だけの妹でいてほしいから。
<第二章完>