魅惑のプリン
最後に食後のデザートとお茶が運ばれてきた。
「おお、これがプリンか」
騎士団長の前に小皿にのった黄色に輝く食べ物がある。カラメルが上にかけられ、ツヤツヤとしている。
「そうですよ。ほら、こうして少し動かしてみてください」
スプーンの背中で少し突っついたら、プルルンと魅惑的な動きをする。
「おお、面白いな」
「そうでしょう?」
ウフフと思わず彼と顔を見合わせて笑ってしまう。
はー、やっとリラックスして食事ができる。
スプーンで一口すくって食べると、予想していた味が広がる。
ああ、プリンって、本当にサイコーだわ。
特に先ほどの精神疲労たっぷりの食事のあとだからこそ、至高の癒し時間のようにも感じる。
思わず頬に手を当てて幸せを噛み締めていると、騎士団長から呻き声が聞こえてきた。
「どうされました?」
お気に召さなかったのかと心配になり、慌てて彼の様子を窺う。
すると、彼はプリンを一心に見つめ、感極まった表情を浮かべていた。
「す、素晴らしい。これほどの甘露には初めて出会った。味だけではなく、姿かたちまで、まさに芸術だ」
どうやらよほどプリンをお気に召したらしい。
わかる。プリンって本当に美味しいよね。プリン愛好の同志を得られて、内心ホクホクした。
騎士団長はさらにスプーンで一口すくって食べる。
「この滑らかさを追求した食感。とけるように口の中でなくなり、卵と牛乳と糖分のハーモニーが残される。この黒いソースの苦さも良いアクセントとなって、甘い余韻を楽しめる。まさに豊穣の女神イリュスチーネとかまどの女神ドロレスリーナが出会ったかのような奇跡」
神々の名前まで出てきたところから、本気で彼がプリンに心奪われていることが伝わる。
なんて罪深いプリン。
でも、わかる。前世だけではなく、現世でも食べたいとわたしも願ったほどだもの。
この滑らかな食感のために、面倒くさくてもザルで材料を二回もこし、表面の細かい泡を取り除き、器に一個ずつ蓋をした。蒸し器もなかったから、鍋で蒸したけど、一気に温度が上がらないようにプリンの器たちを布で包んで細心の注意を払った。
こだわりがないと、できない仕上がりなのよ!
「素晴らしい。このプリンは私の乾いた大地に齎された奇跡の恵み。イリュスチーネの涙の雫が、やがて豊穣の大河となったように私の心に潤いと感動を与える。この喜びは、かまどの女神ドロレスが用意された神々の祝宴にも匹敵する」
「あ、ありがとうございます?」
「この激しい想いは、恋の女神リリアーナですら頬を赤らめ、愛の女神ミルロフィーネも祝福するであろう。神々すらも否定はできない」
なぜレシピに愛や恋の神様が登場するのか、比喩が巧みすぎて内容が理解不能だった。
でも、本心だからこそ、神々の加護を得たのか騎士団長がキラキラと輝いている。
それほど気に入ってくれたなら、わたしもプリンのレシピをコックに教えた甲斐があったものだ。
「ああ、残念ながらプリンがあっという間になくなってしまった。春に降る雪のように口の中で解けてなくなってしまう」
騎士団長がすごく無念そうに空になったお皿を眺めている。
暗に催促されても、残念ながらプリンはそれほど多めに作ってないので、オーダーストップだ。
元々プリンを作った目的は、病弱なお母様でも食べられるようにと願ったものだから。
お母様のためであって、わたしたちはついでなの。
お兄様もそこは分かっているのか、にこにこと社交用の笑顔を浮かべたまま、プリンについて何も触れない。
「それにしても、クリステル嬢は素晴らしいな。これほどの美食を家庭で提供できるとは」
「あら、それはコックの腕前が素晴らしいからですわ」
手を抜けば一発で分かる食感なので、面倒くさい作業を忠実に再現してくれた我が家のコックには本当に頭が上がらない。
「いやいや、これを考案できるだけで、称賛に値する。お主がかまどの神のご加護を受けているとアルトフォード殿から聞いたとき、ただの身内びいきかと思っていたが、それはわたしが間違っていたようだ。お主の認識を改めさせてもらった」
「いえ、それほどでも……」
騎士団長はそれほどプリンに執着しているのか、今度は褒め殺し作戦に入ったようだ。
ここまで褒めたんだから、配慮してほしいということなんだろうか。
でも、わたし負けない。
お母様のプリンのためだもの。
わたしは彼の意図に気づかないふりをして、にこにことお兄様と一緒に微笑んでいた。
すると、いきなり騎士団長が立ち上がった。
わたしをじっと見つめながら、こちらに歩み寄ってくる。
そして、わたしの傍で跪くと、わたしを熱をもった目で見つめる。
「クリステル嬢。どうかわたしのわがままを聞いてほしい。わたしのために毎日このような素晴らしい食卓を用意してくれないだろうか」
「え!?」
騎士団長の言動にひどく動揺した。
毎日プリンが食べたいですって?
プリンのためとはいえ、そこまでするの?
かなり衝撃を受けた。しばらく固まってしまうほどに。
でも、一心にわたしを見つめる騎士団長の視線と、先ほどの熱烈なプリンの詩を思い出して、ようやく彼の想いを理解する。
そっと目を伏せ、ため息をついた。
完敗だ。あの負けず嫌いな騎士団長が膝を折るなんて、よほどのことだ。
それほどプリンを愛してしまったのね。
ああ、なんてわたしは罪深いのでしょう。騎士団長にここまでのことをさせてしまったなんて。
もう騎士団長とプリンとの仲は引き裂けないわ。
「わかりました」
「クリス!」
お兄様がいきなり叫びながら立ち上がった。
驚いて視線を向けると、お兄様は信じられないといった絶望的な表情を浮かべている。
今にも泣きそうだ。
ごめんなさい。勝手に了解してしまって。
でも、お兄様、大丈夫よ。プリンならまた作ればいいじゃない。今度の特別な日に。
今は騎士団長とプリンとの出会いを祝福してあげましょう。
「これから用意しますので、お持ち帰りになって、ぜひ家でお召し上がりくださいませ」
そう答えると、騎士団長はは怪訝な顔を浮かべた。
「今から? 五年後ではなく?」
騎士団長は何を言っているのだろうか。五年もたったら、今日のプリンは腐っている。
「そうですわ。美味しいうちに召しあがっていただきたいですわ」
「いや、でも、気持ちは嬉しいが、わたしは……そのようなひどい真似は」
彼は言いながら頬を赤らめていた。
跪いてプリンをねだったことを、いまさら恥ずかしく感じてきたのだろうか。
彼は戸惑ったように目を泳がす。
すると、お兄様が「ウィルド様」と声をかけてきた。すでにお兄様は落ち着きを取り戻していた。
「プリンです。クリスはプリンのことを言っているのです」
「なんだと!?」
騎士団長が驚愕している。そこは驚くようなところだったのだろうか。
あんなにプリンを称賛しておいて、プリン以外に何があったんだろうか。
わたしがコテリと首を傾げながら騎士団長を見つめる。
彼は整った顔を非常に困惑させていた。
「ウィルド様、どうなされましたか?」
わたしが彼の偽名を呼ぶと、こちらを見上げていた彼は目を何度か瞬いた。
そして、何か憑き物が落ちた顔をした。
「そうか、そうだったな。今のわたしは、ただのウィルドだった」
そうですね、騎士団長。
だから、身分を振りかざさず、わざわざプリンのためにわたしに跪いたんですよね。
彼は立ち上がったが、意気消沈したようにふらふらしていた。
でも、お土産に持たせたプリンのカゴはしっかりと抱えて馬車に乗りこんでいった。
かろうじてお母様の分はとっておいたけど、残りは全部彼に譲ってあげた。
不在のお父様たちの分はなくなってしまったから、帰ってきたら謝っておこう。
それにしても、色々と大変だったけど、騎士団長がプリンに恋したおかげで、無事に恋愛フラグをへし折れて良かった。
これでもう彼はプリン以外の用事でわたしの前には現れないだろう。
良かったー。
そう思って安堵していた。まさかプリンを愛していると誤解したせいで、騎士団長がプロポーズをしていたなんて気づきもしなかったから。