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悪役令嬢に転生して傍若無人の限りを尽くしたかったけど、空きがないと言われたので極悪聖女を目指します!  作者: 藤谷 要
第八章 さようならお兄様

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帰宅

本日二回目の投稿です。

 それからすぐにわたしたちは騎士団の方々に送迎してもらって無事に家に帰ることができた。もちろんお兄様と一緒だ。


「クリス! アルト!」


 家の中でお母様に泣きながら抱き締められた。


「アルト、こうして無事に帰ってきてくれて良かったわ。きっと大変な目にあっていたのでしょう? 辛かったわね。伯爵家に戻りたくないなら、今までどおりここに住んでもいいのよ?」


 お母様も最後までお兄様のことを信じていた。お兄様が裏切ったのは、恐らく深い訳があると。何も事情を聞かなくても、お母様はお兄様のことを第一に考えているようだった。


「母上、ありがとうございます。それから、本当に申し訳ございませんでした。僕が至らないばかりにこの家に過大なご迷惑をお掛けしてしまいました」

「何を言っているの! アルトだって被害者だったのよ? そんな負い目を持つ必要はないの。それに私たちが出生の手続きを正しくしなかったばかりにアルトを苦しめてしまったわ。ごめんなさいね」

「いいえ。母上と父上に育てていただけて、感謝以外の言葉はありません」

「アルト……」


 これ以上の言葉は必要なかった。わたしたちはお互いを労わりあうように抱きしめ合った。

 再び顔を見合わせたときは、すっかりわだかまりはなくなっていた。


「それにしても、その鎧はどうしたの? マースン伯爵家で何があったのか、教えてもらえるかしら?」


 家族総出でお兄様の装備を一式外したあと、居間のソファに座ってお母様にも全て説明した。すると、お兄様が聖騎士になったところでびっくりされた。向かいに座るお母様は、目を丸くしてお兄様を見つめていた。


「アルトが聖騎士で、女神様に国を任されたってことは、王太子はアルトになるの!?」

「はい」


 慌てるお母様とは対照的にお兄様は落ち着いた様子でうなずく。


「じゃあ、クリスは……」

「僕の妻で、王太子妃になりますね」


 お兄様は嬉しそうに答えると、隣に座るわたしを笑顔で見つめる。それから手をギュッと握られた。指と指を絡める恋人繋ぎで。


 ところが、お母様は心配そうにわたしを見つけてきた。


「クリスの方は大丈夫なの? 将来王妃になるなら、後継ぎを望まれると思うの。そうしたら偽装結婚は難しいと思うわよ?」

「あの、それは問題ないです。お兄様とは、その」


 両思いになったから大丈夫。

 未だに誤解しているお母様にそう説明しようとしたら、予想以上に恥ずかしくて言葉に詰まってしまった。顔がどんどん熱くなってくる。


 すると、お母様はわたしの真っ赤な様子を見て何か気づき、口元に手を当てて楽しそうに笑みを浮かべる。


「あら! アルトの想いが通じたのね。良かったわねアルト」

「ありがとうございます」


 お兄様はますます機嫌が良くなり、わたしの手を口元まで持ち上げると、チュッと音を立てて手の甲に口付ける。

 わたしを見つめるアメジストの瞳は、蕩けるように柔らかで、お兄様からの愛を十分すぎるくらい感じる。

 いつもと変わらないはずなのに、目が合うだけで今までにないくらい胸がドキドキするの。


「お兄様、大好きです」


 嬉しくて思わず抱きつくと、それ以上に抱きしめ返された。


「クリスなんて可愛いんだ」


 お兄様がわたしに頬擦りをすりすりと始めたところで、お母様がわざと咳払いをしたので、慌てて離れた。


 お母様はお兄様の気持ちを既にご存知だったのね。どうりで偽装結婚を提案したときに両親にあっさりと受け入れられたはずだわ。


「とにかく、今日は疲れたでしょう? 食事をして早く休みましょう。アルトが無事に戻ってきたのだから、きっとお父様ももうすぐ帰ってくるわ」


 お母様の表情が疲れ気味だったけど、とても晴れやかだった。

 我が家の危機はもう回避されたのね。そう安心できて、ようやくわたしも肩の荷が降りた気がした。


 気がつけば、紅色の陽が優しく窓から差し込んでいる。もうすぐ一日が終わるようだ。今日は時間があっという間に過ぎていた。


 家人たちが用意している夕飯の匂いが漂ってくる。空腹を刺激するいい匂いはとても美味しそうだった。そう思えたのは、久しぶりだ。今までは食欲もなかったから。


 ようやく元どおりに戻ったのだと、隣にいるお兄様を見つめながら、そう感じていた。




 §




 それから夕食と入浴を済ませたら、あっという間に就寝の時間になっていた。

 自室の寝台に横たわったけど、今日は色々とありすぎて寝つきが悪かった。頭の中が未だに興奮しているみたいで落ち着かなかった。

 ゴロゴロと寝返りをしていると、ドアから小さなノック音が聞こえてくる。


「お兄様?」


 起き上がり、なんとなく気配を察知して返事をすると、お兄様がドアを慎重に開けて忍び込むように入ってくる。窓から月明かりが照らされている中、そのまま寝台に近づいてくる。


「クリス、寝れなかったの?」

「ええ、お兄様も?」

「うん」


 そう答えたお兄様は寝台に腰をかけていた。いつもは束ねている黒髪が梳き流されて艶かに肩に垂れ、寝間着の首元から見える肌の張りは瑞々しい。

 お兄様の寛いだ姿もいつも素敵だけど、異性として意識したせいか、妙に緊張してしまう。でも、いつもみたいに触れ合いたい欲求も湧いてくる。


「もしかして寝かしつけに来てくれたんですか?」


 尋ねながらお兄様の腕に甘えるように抱きついた。


「……いや、僕がクリスに会いたかったから」


 照れくさそうなお兄様の声に反応して見上げると、紫の綺麗な目と視線が重なる。

 じっと何か期待するようにわたしの顔を見つめていた。同じように緊張しているのか、長いまつ毛が瞬きでいつもより忙しなく動き、奥の瞳は炎のように揺らいでいるようだった。

 小さく結ばれた唇は、果実のように紅く潤んでいる。まるで抗いがたい誘惑のように引き寄せられていく。


 お兄様とキスしていた。柔らかい唇を感じて、さらに確認するようにもう一度。


 唇が再び離れたとき、お互いに顔を見合わせて、照れくさそうに笑い合った。


「クリス、好きだよ」

「わたくしも」


 ぎゅっと抱きついてお兄様の温もりを感じる。同じように愛しそうに触れてくれる手の感触が気持ちいい。


「助けに来てくれて嬉しかった。ありがとう」

「お兄様を失いたくない一心でしたの。こうしてそばにいてくれるだけで嬉しいです」


 すると、お兄様は少し体を離すと、改めてわたしを見つめてきた。


「でも、クリスの好きは、ずっと兄に対するものだと思っていた。その、いつから僕のことを兄ではなく、男として見てくれていたの?」


 お兄様の声は、照れくささと期待に満ちていた。


 そうよね。疑問に思われても仕方がないよね。お兄様が特別な意味で好きだって気づいたのは、つい最近だし。


「お兄様に他に好きな人がいると知ったときにやきもちを焼いて自覚したんです。あっ、もしかして、あのとき言っていたお兄様の好きな人って、実はわたくしのことだったんですか?」


 お兄様は目を細めて少し恥ずかしそうに微笑む。


「そうだよ。あのときは告白してもクリスを苦しめるだけだと思っていたから正直に言えなかったんだ」


 お兄様の隠し事はわたしへの優しさと気遣いのためだった。

 あのときはモヤモヤした気持ちになってしまったけど、改めて相手の気持ちを知り、胸を痛めた思い出が喜びに変わってくる。


「やっぱりお兄様のことが大好きですわ」

「僕もだよ」

「お兄様こそ、わたくしを好きになってくれて嬉しかったです」


 ピッタリと張り付くように抱きつく。しばらく言葉もなく、そのまま温もりを感じて、幸せを味わっていた。やがてお兄様のほうが先に身じろぎし、わたしの背中をゆっくりと撫でてきた。


「でも、僕を助けるためにソウビとマシロが消えてしまったよね。クリスの大事な眷属を失くしてしまって、僕のためにごめん」

「あら、お兄様。眷属は消えてませんわ!」


 罪悪感で暗い声に気づいて、慌ててお兄様を見上げる。


「え? 本当?」


 お兄様は彼らが力尽きて消えたから、誤解していたようだ。


「ええ、彼らの存在を感じますから。まだ休息は必要みたいですけど、契約しているおかげか、分かるんです」


 すると、足元からマシロの気配がして意識をそちらに向けた。


「フッカツ、カゴノオカゲ」


 姿なき声がして、またマシロの気配が遠ざかった。


「そうか。クリスの加護のおかげだったんだ。クリスは聖魔法を無意識に流すくらい豊富だから、眷属は復活できるんだね」


 お兄様はすんなり納得している。


「わたくしの加護は食いしん坊だと勝手に思っていましたけど、実は違ったんですね。良かったです。みんな無事で」

「うん、本当に良かった」


 お兄様はしみじみ呟くと、今度はわたしの髪を手ですくように撫でてくれる。それから髪に口づけを落としてくれた。


「明日以降、城から何か連絡があるかもしれないから、今日中に今のことを話せて良かったよ。それじゃあ僕はそろそろ部屋に戻るね。おやすみ」


 そう言って立ち上がったお兄様の袖を思わず掴んでしまった。

 てっきりいつものように寝かしつけや添い寝をしてくれると思っていたから、お兄様が部屋に戻るとは予想していなかった。


「あの、このまま一緒にいてくださらないのですか?」


 ねだるように見上げると、お兄様はわたしの頬に手を添えて困ったように笑った。


「僕はもう兄ではないから、ケジメとして結婚するまでは一緒に寝ないよ?」


 言われた意味を理解した瞬間、お兄様に触れられている頬が急に火照るように熱くなる。女性として意識されていると思うと、胸の高鳴りが騒がしいくらい強くなった。


「わ、分かりましたわ。アルトフォード様」


 意図を察して、呼び方をあえて変えて返事をすると、彼は満足そうに笑った。


「クリスなら、アルトと呼び捨てでいいんだよ?」

「アルト」

「うん」

「アルト、好き」


 もうほとんど無意識だった。口からこぼれ落ちたみたいに気持ちを伝えていた。

 すると、お兄様改めアルトは目を一瞬大きく見開き、堪え切れないといった感じで口元に右手を当てる。暗がりでも分かるくらいの狼狽ぶりだった。それからわたしから距離を取るように少し後ずさった。


「あ、危ない……。予想以上の可愛さだっ……! 危うく押し倒すところだった……」


 声が小さくて良く聞き取れなかったけど、息も絶え絶えに何か呟いていた。そのまま扉のところまで後退すると、ドアノブに手をかけていた。


「クリスお休み。……僕も大好きだよ」


 入ってきたときと同じように静かに扉を開けて気配なく去っていった。

 アルトと話せたおかげで、わたしもさっきより全然落ち着くことができた。くるりと寝台の中に丸まる。アルトのことを考えていると、先ほどとは違ってすぐに眠気が訪れてきた。


次回、最終話です。

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