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悪役令嬢に転生して傍若無人の限りを尽くしたかったけど、空きがないと言われたので極悪聖女を目指します!  作者: 藤谷 要
第八章 さようならお兄様

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鎧越しの抱擁

 愛の女神に偽りの宣誓を行うと、罰として赤子に戻るというが、実際に目の当たりに見るとは思ってもみなかった。


 無防備な王女の元へ向かおうとしたとき、「待て」の声と共に背後から肩を掴まれた。


 振り返って見れば、そこにはウィルフレッド様がいた。しかも彼はお城勤めの騎士たちまで引き連れているが、なぜかその一行の中にエルク先生もいる。


「ウィルフレッド様! それに騎士団の方たちと、エルク先生が、なぜここに?」


 わたしの問いに彼は視線で答える。

 どうやら彼らは開けっぱなしの門から入ってきたようだ。先ほど伯爵家の者が門を開けて逃げたとき、鍵が開錠されたままだったのね。


 騎士団の方々は、伯爵に何か用でもあったのかしら。


「途中から話は聞いていた。王女は私が世話をする。お主は女神と話をするがいい」

「はい、ありがとうございます」


 王女は彼に任せて、わたしは女神様の元へ向かった。


 相変わらずお兄様に憑依している女神様は、わたしにも優しく微笑んでくれる。


『マクリーナの行いは、全てアルトフォードの紋章を通して知っていた。彼女は自分だけを愛していた。真実の愛を知らず、可哀想な子だった』


 そう言った女神様の表情は、少し悲しそうだった。


「次は、女神様の愛が伝わるといいですね」


 赤子になった王女は、もうすでに罰せられたも同然だ。過去のしがらみに関係なく、二度目の人生で幸せになってほしいと願っていた。


 女神様は慈しみ深い眼差しで、ウィルフレッド様に抱かれた赤子を見つめていた。やがて、視線をわたしに戻して、まっすぐに見つめてきた。


『聖女クリステル。これから大変だと思うが、あとは任せたぞ』

「はい」


 迷いなく答えると、女神様はやはり優しく微笑み、ゆっくりと両目を閉じた。


 ほのかに光っていたお兄様の体は、輝きをなくし、いつもどおりの自然体に戻っていた。髪の色も元の黒髪だ。少し浮いていた足は、糸が切れたように地面に着地していた。


 次に目を開いたときは、女神様ではなく、お兄様だった。わたしを見つめるお兄様の目に先ほどまでなかった感情が込められていたので、すぐに分かった。


「お兄様」

「クリス!」


 お兄様は抱えていた兜を放り投げてわたしを抱きしめてくれた。いつものお兄様の体の感触ではなく、硬い鎧越しの抱擁だったけど、お兄様がいるというだけで感無量だった。


 お兄様に両頬を優しく挟まれて、覗き込まれるように見つめられる。


「クリス、会いたかった」


 優しいアメジストの瞳が、感極まったように揺れている。


「わたしも」


 お兄様を失う恐怖との戦いだった。安堵と感激で胸がいっぱいになって、言葉少なくなった。


 お兄様の手に自分の手を添えて触れる。


「お身体は大丈夫ですか? 辛くないですか?」

「うん、びっくりするくらい調子がいいよ。女神様が治してくれたのかもしれない」


 チュッと音を立てて、額にキスをされた。


「そう、それはよかったわ」


 悪かったら聖魔法で治そうと思っていたから、お兄様の返事に安心した。

 先ほどから愛おしそうに見つめられ、今度はこめかみにキスをされる。その次は手をずらして頬にも。

 こんなに念入りにキスをされるのは久しぶりね。以前は呪われたドレスのあとに添い寝しただったかしら。大好きなお兄様からの愛情表現だから、何をされても嬉しさしかないけど、ここは外だからだんだんと恥ずかしくなってくる。

 ついには、お互いのおでこと鼻先が触れて、息が直にかかる距離まで縮まっている。


「あの、お兄様」


 口付けしそうな雰囲気に緊張して、思わず呼びかけると、熱を帯びたお兄様の瞳と視線が間近でぶつかる。


「……このままキスしたら、ダメかな?」


 不安そうな声を聞いたとき、胸の鼓動が一際激しくなった気がした。

 このとき、お兄様の気持ちをハッキリと理解できたから。


「いいですよ」


 恥ずかしかったけど、不安そうに返事を待つお兄様にノーと言えるわけもない。

 あっさりと快諾すると、彼は照れくさそうに笑みを浮かべ、心底嬉しそうだった。

 きっとわたしの気持ちも伝わったんだと思う。ただの兄として慕っているだけなら、口付けは拒否するから。


 わたしたち、お互いに想い合っていたのね。それが分かって胸の奥まで幸せがじんわりと満ち溢れてくる。


 お兄様がゆっくり動き出す気配を感じた直後、そっと目を閉じた。


「アルトフォード! お前からも説明してくれ! 私は殿下に命令されて逆らえなかっただけだと!」


 お兄様の唇を感じる前にマースン伯爵の必死な声が聞こえてきた。


 わたしたちが振り向くと、伯爵は騎士団の方々に捕まっていた。いかにも私は被害者ですって顔をしている。あれにはわたしだけではなく、家族も騙されたのよね。すごい名役者。

 お兄様の様子を窺うと、邪魔されたせいで、眉間に皺を寄せてとても不機嫌そうだった。


「法廷できちんと事実を述べたいと思います。それがあなたに不都合な事実であっても、私は知りません」


 お兄様はすごく素っ気なく対応していた。


「アルトフォード! 実の父親に向かってなんてことを言うんだ!」


 伯爵が顔を真っ赤にして、鬼気迫るような剣幕だったけど、お兄様は全く動じなかった。それもそうよね。父親らしいことを何もしてないのに息子の情を求められてもね。


「ああ、そうだ」


 お兄様は何か思い出したようだ。


「ウィルフレッド様、申し訳ございませんが、屋敷の地下を捜索を手伝っていただけますか? そこに殿下に買収されて協力していた学院の教員がいるはずです」

「分かった」


 赤子を抱っこしたままのウィルフレッド様が誠実な態度でうなずく。

 彼らが来てくれたおかげで、伯爵家の人たちの取り調べが迅速に行われて、隠蔽工作を防げる。


 それからのウィルフレッド様の行動は的確だった。

 城から応援を呼び、さらに騎士たちを派遣させ、伯爵家でお兄様への虐待に加担していた人たちを全て身柄を確保した。もちろん使用していた瘴気まで見つけて押収し、動かぬ証拠となった。


 それからエルク先生が涙を流しながら駆け寄ってきたのには驚いた。

 彼はわたしの前で跪くと、両手を胸の前で握りしめて崇めるように見上げてきた。


「エルク先生、お召し物が汚れますわ。どうぞお立ちください!」


 彼に手を差し出すと、素直に立ってくれた。


「どうしてここにいらっしゃったんですか?」


「クリステル様! ご無事で良かったです! 胸騒ぎがしてお屋敷をお伺いしたら、マースン伯爵家に一人で向かわれたというじゃないですか! それで心配になって魔法具を使ってレリティール様へ連絡したのですよ! それで私も伯爵家に向かったら、騎士団の方々もいらっしゃったのです」


 それを聞いて、エルク先生のおかげでレリティール様がわたしのことを知り、ウィルフレッド様にも連絡してくれたのだと理解できた。


「ご心配をおかけして申し訳なかったです。でも、エルク先生のおかげで、助かりましたわ。ありがとうございます」


 騎士団の方々がいなかったら、犯人たちが逃げたり、誤魔化したり、証拠を消去していたりする恐れがあった。


 すると、エルク先生はわたしの手を握りしめると、ますます感極まった様子で激しく泣き出した。


「何をおっしゃられます! 聖騎士誕生という貴重な場面に立ち会えたこと、生涯の誉れです! クリステル様のしもべになれて本当に良かったです! だから、お礼を述べるのは、私の方です!」


 手を握られたまま、おいおいと激しく感動で泣かれてしまった。


「あ、あのエルク先生……?」


 対応に困っていると、お兄様が無表情でやってきて問答無用でエルク先生の手をベリッと引き剥がすようにわたしの手から取り除く。


「エルク先生、クリスの力になってくださり、ありがとうございます。でも、独り占めはダメですよ。僕だって色々と我慢しているんですから」


 お兄様は言いながらわたしをギュッと肩から抱きかかえる。お兄様に触れられて嬉しいのと同時にドキドキと胸が落ち着かなくなる。


「おっと、これは失礼しました。悪い癖が出てしまったようです。せっかく無事に再会されたのにお邪魔して申し訳ないです」


 エルク先生はすぐに我に返って泣き止んでくれた。眼鏡を外して涙を手で慌てて拭う。


「学院の教員が今回の件に関わっていたなら、学院長に至急報告が必要でしょう。クリステル様の安全も確認できましたので、これにて失礼します」


 エルク先生は眼鏡の奥にある知的な黒い瞳をキリッとさせながら頼もしい様子で去っていった。


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