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悪役令嬢に転生して傍若無人の限りを尽くしたかったけど、空きがないと言われたので極悪聖女を目指します!  作者: 藤谷 要
第八章 さようならお兄様

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神との誓い

 運が良いことに廊下にはほとんど人がいなかった。


 稀に使用人がいたけど、マシロは隠れ、わたしは歩みを優雅にして、何事もない平然とした態度ですれ違う。不審な態度を見せなかったおかげか、チラリと見られたが、特に呼び止められることもなかった。


 やがて、とある扉の前でマシロは止まる。物置のような変哲もない地味な扉だ。


「コノサキ」


 役目を終えたマシロは、再び姿を消す。

 ドアノブを回せば施錠されていたので、速攻でソウビにお願いして開けてもらう。

 道なりに進めば、今度は階段があり、地下に続いていく。

 階下から流れてくる冷たい空気が、頬を撫でていく。

 壁に設置された明かりに火が灯されているので、真っ暗ではなかった。でも、お兄様以外の誰かがいる恐れがあった。


 ここまでこんなに上手くいくとは思ってもみなかった。たぶん、誰も屋敷に突撃してくるなんて予想もしてなかったからだと思う。

 でも、こんな怪しげな地下の行き先には、お兄様もいると思うけど、ヤバイ敵もいるはず。警戒しながら、気配を消して歩いていく。


 薄暗い地下にたどり着くと、そこはさらに廊下が広がっていた。いくつか扉が並んでいる。奥に部屋があるみたい。その扉の一つから明かりが漏れていた。はっきりと聞き取れないけど、誰か女性の話し声がする。


 足音を立てずに扉に近づく。耳をそば立てると、より鮮明に声が聞こえた。


「アルトフォード、あなたが仕えるべき主は誰か言いなさい」

「はい、マクリーナ殿下です」

「フフフ、そう。それでいいのよ」


 お兄様がいる。しかも、王女に忠誠を誓った状態で。

 会話を聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。呪文を小さく口の中で素早く唱えながら、震える指先でドアノブに触れる。

 鍵は施錠されていなかったらしく、扉はあっさりと開いた。


「安らぎを与えたまえ!」


 部屋に入ると同時に呪文を最後まで唱える。わたしの頭上から聖魔法が部屋中に放たれる。


「うわぁ!」

「きゃあ!」


 部屋の中にいた男女複数人が驚いて悲鳴を上げていた。さらっと見た感じで、四人はいた。

 部屋の中は薄暗く、牢獄みたいだった。飾り気のない石材がむき出しの床と壁。

 その冷たそうな床の上にお兄様が跪いていた。聖魔法を受けた影響で、頭を抱えて苦しみもがいていた。黒い煙まで出ている。やっぱり瘴気で操られていたのね。

 その傍に立っていたのは、マクリーナ王女だ。男装していたので、一瞬別人かと思ったけど、彼女の顔を見忘れるわけがない。


「マクリーナ様ではないですか。まさか療養中のあなたが、ここにいらっしゃるとは思いませんでした」

「お前は、聖女クリステル! なぜこんなところに」


 王女はわたしに気づくと、驚いたように目を見開いている。

 彼女を庇うように付き人と思わしき女がわたしの前に立ち塞がる。


「お兄様を助けに来たんですよ。あなたがお兄様を瘴気で洗脳していることは分かっているんですよ!」

「お前一人でここまで来たというの?」

「ええ、そうですけど……」


 質問の意図が分からず戸惑いながら答えると、王女はぞっとするような歪んだ笑みを浮かべた。


「一人で来るなんて愚かね。ちょうどいいわ。あの女を始末なさい」


 王女はわたしを般若のように睨みつけながら命じる。


「殿下よろしいのですか? 聖女を殺してしまっても」

「構わないわ。聖女ならもう一人いるもの。平民に落ちた分際で、貴族の屋敷で好き勝手するなんて殺されても当然よ」

「分かりました」

「えっ、人殺しをあっさり了承しちゃうの!? 殿下に罪を犯させてもいいわけ?」


 将来女王になる人が、こんなところで殺人だなんて、色々とまずいのでは?

 まぁ、こっちとしては、また証言を入手できて都合がいいんですけどね。

 思わず突っ込みを入れてしまうが、女はわたしに短剣の切っ先を向けて襲い掛かってくる。


「殿下にお考えあってのこと! 私はそれに従うのみ!」


 相手は考え直す気はないみたいだ。


「ソウビ、お願い守って!」


 わたしの声に反応して、ソウビが金網のような盾を周囲に展開してくれる。女の刃物がソウビに勢いよく当たるが、少しその衝撃が手首から伝わってくるものの、完璧に弾き返して無効化している。


 物理的な攻撃はわたしには効かないわよ!

 すると、王女はお兄様を見つめて短剣を渡していた。


「この金髪の女は敵よ。始末してちょうだい」

「……分かりました」


 その返事を聞いた王女は、残酷な笑みをわたしに向けてくる。

 まだ洗脳が完全に解けていないお兄様が剣を片手に近づいてくる。見るからに瀕死そうな悪い血色で、虚ろな目をしている。


 お兄様も女と一緒にソウビを攻撃しはじめた。


「ねぇソウビ、さっきの伯爵にやったみたいに相手の動きを封じられないかしら?」

「リョウカイ」


 ソウビが触手のような紐を伸ばすが、相手に届く前に王女の素早い剣さばきで防がれてしまった。


「集え、風の力よ。鋭い刃となり、敵を薙ぎ払いたまえ」


 しかも王女の魔法のせいで、ソウビの防壁が壊れそうになっている。瞬時にソウビが修復していたが、王女の攻撃の威力に正直なところ驚いていた。

 優秀という評判は、偽りではなかったらしい。王女の存在が、ここでは一番脅威だった。


 ソウビが守っている間にお兄様を救わないと。


 攻撃は続いていたけど、ソウビのおかげで守られている。ちなみに四人目の中年の男は、ビビった様子で壁際に逃げて震えている。彼は別に放っておいても大丈夫そうだ。


 わたしは次々と呪文を連発して、癒しのシャワーで部屋中を満たしていく。それに反応して、どんどんお兄様の体から黒い煙が出ていく。苦しそうで可哀想。瘴気を追い出して元に戻さないと。


 やがてお兄様は剣を落として、床に崩れ落ちた。


「……クリス?」


 お兄様が床に手をついたまま、憔悴した顔でわたしを見上げていた。


「そうよ、クリスです! お兄様、元に戻られたのね!」

「なんてこと! 今までの苦労が無駄になったわ!」


 王女はわたしへの攻撃を止めて、お兄様に駆け寄ると、持っていた剣をお兄様の首元へ突き付ける。


「この男を傷つけたくなければ、今すぐ聖魔法の使用をやめなさい!」


 王女の行動が全く理解できなかった。わたしを脅すためとはいえ、自分が好きな相手を傷つけようとするなんて。無理やり結婚したいくらいお兄様のことが好きだと思っていたけど、本当にお兄様のことが好きなの?


「お兄様!」


 叫んだ直後、姿を隠していたマシロが突然足元から現れて、勢いよく王女に体当たりをした。予測不能な攻撃にさすがの王女も対応できなかったようだ。悲鳴を上げながらバランスを崩して床に転倒した。その隙にソウビがお兄様を触手で素早く巻き取って回収する。


「マシロ、ソウビ、撤収よ!」


 打ち合わせどおり、お兄様はソウビの補助付きでマシロの背中に載せて部屋を出て行く。


 ところが階段を駆け上がり廊下に出ると、伯爵と彼が用意した手下たちに鉢合わせしてしまった。

 彼はものすごい恐ろしい形相で、わたしのことを睨みつけている。どうやら彼は使用人に見つかり、救出されたようだ。


「よくもやってくれたな。生きてここから出られると思うなよ」


 行き先を塞ぐように立ちはだかる伯爵たち。さらに後ろからは「待ちなさい!」と王女たちが階段を勢いよく上がってくる。


「ひぇ」


 聖女の運命値は最高だって神様は言っていたけど、さすがのわたしもピンチみたい。

 えーと、どうすればいいのかしら。


「偉大なるどっかの偉人は言っていたわ! 道は切り開くものだと!」


 ええ、だから切り開きましたとも。えいやと、マシロに頼んで壁をぶち壊して。


「逃すものですか!」

「追え!」


 建物から庭を走るわたしの後ろから王女と伯爵たちが追いかけてくる。この屋敷は高い石壁の塀で囲まれていたので、脱出するには厄介だ。また壁に穴を開けないといけないのかしら。そう考えたときだ。


「塀には魔法無効化の処置がされているから、逃げようとしても無駄だぞ!」


 伯爵の怒鳴り声が背後から聞こえた。


 なんですって!?

 慌てて唯一の出入り口である門を見れば、門番たちが武器を構えて警戒している。


 まぁ、どうしましょう!?

 とりあえず門まで来たけど、敵に前後を挟まれてしまった。

 

 マシロの背中にはお兄様が乗っかっているし、ソウビも動けないお兄様を補助してもらっている。わたしもソウビがお兄様についている以上、派手に動けない。まして魔法だって聖属性しかないから、魔物には滅法強いけど、こと対人系にはからっきしダメだ。


「ソウビ、念の為に聞くけど、この人数の攻撃を防げそう?」

「イイエ、オソラク、ムリデス」


 もしかして、これって詰んだってやつ?


「……クリス、僕を置いて逃げるんだ」


 消え入りそうな声が聞こえてきた。ハッとして視線を向ける。

 そこにはお兄様が、マシロの背中に括り付けられるように乗っていた。起きていられず、しがみついている格好だ。こちらを見上げるのも辛い感じで、ソウビの支えがなければ落ちそうなほど弱っていた。


 お兄様をこんな目に遭わせた王女たちに激しい怒りが湧きあがる。


「そんなこと、できません!」

「でも、僕のせいで、クリスが……」

「そうですわ!」


 咄嗟にお兄様に反論しようとしたとき、王女の声がそれを遮った。


「アルトフォードがわたくしに忠誠を誓い、聖女がわたくしたちに今後関わらないと神に誓うなら、今回の件は見逃してあげましょう」


 王女が勝ち誇った顔でわたしたちに近づいてくる。

 さっきはお兄様を殺そうとしたくせに。

 そんな条件、のめるわけがない。そう思ったけど、お兄様は違った。


「……分かった。だから、クリスは見逃してほしい」

「お兄様!」

「クリス、すまない。全部僕のせいだ。こんなことに巻き込んで、本当にごめん。せめて、クリスだけでも無事でいてほしい。だから、愛の女神との誓約を取り消してくれ」


 お兄様の泣きそうなほど悲痛な声が、胸に突き刺さってくる。

 わたしのためとはいえ、お兄様が別離を望まれた。それはとても堪え難いことだった。


 しゃがみ込んで、お兄様の顔を真っ直ぐ見つめる。血色の悪い顔に両手を添えた。指先から冷たい頬の感触が伝わってきて、胸がまた痛んだ。いつものように魔力を触れている箇所から流し込んでいく。少しでもお兄様の体が癒されるように。


「嫌ですわ。お兄様をここに置いていくくらいなら、ここで敵と相討ちしたほうがマシですわ」

「クリス……ダメだ。言うことを聞いてくれ」


 お兄様の眉間に皺が寄り、苦渋の表情が浮かんでいた。息も絶え絶えといった感じだ。


「いいえ。わたくしの言葉を聞くのはお兄様のほうだわ。お兄様は、わたくしがそれで本当に幸せになれると思っておりますの? なによりも大切なお兄様がいなくなって、平気なままでいられると思うのですか?」

「でも、このままではクリスが」

「お兄様と離れるのが死ぬほど嫌なんです。わたくしは、ここに来た時点で覚悟はできております」


 お兄様が戸惑いの目をわたしに向ける。こちらの真意を探るように。それはどういう意味だと。

 だから、分かりやすい言葉で想いを伝えようと思った。


「お兄様、お慕いしております。この世の誰よりも」


 お兄様の両目が、ひときわ大きく見開かれる。その驚愕を見て、わたしの告白はやはり彼にとっては予想外だったと分かってしまった。

 やっぱりお兄様ルートは無理だったよね。

 でも、伝えられただけで満足だった。後悔をしたくなかっただけだから。

 そっと額に唇を近づけて、触れるだけのキスをした。


「クリス……」


 お兄様が何か言いかけたとき、再び会話を遮ったのは大きな舌打ちだった。


「愚かな娘ですこと。せっかく温情を与えたのに無駄にするとは。いいわ、お前たち。聖女を捕らえなさい。手加減はしなくてもいいわよ」


 王女の命令に応じて、伯爵家の家来たちが剣を構えて迫ってくる。

 お兄様だけでも、なんとか助けたかったけど、完全にわたしの力不足だったわ。


 ソウビが敵の攻撃を何度も防いでくれたけど、やがて力が尽きて防御しきれなくなった。マシロも敵の攻撃を受けて姿を保てなくなり、消えてしまった。


 あっという間にわたしたちは男たちに取り押さえられた。無理やり立たされて、剣先を首元に突きつけられる。それをお兄様にわざと見せつけていた。


「クリスに乱暴はやめろ!」


 同じように捕らえられたお兄様の声は、怒りで震えていた。王女はそれを鼻で笑う。彼女はわたしに近づくと、服に隠していた魔法具を探し当て、勝手に取り出す。


「あっ!」

「やはり今回も使っていたのね。何度も同じ手は使えないわよ」


 王女はそう言い捨てると、アルメリア様から頂いた貴重な魔法具を地面に落とし、靴の踵で思いっきり踏みつけて破壊してしまった。


 せっかく手に入れた証拠だったのに。

 贈り主のアルメリア様にも申し訳なかった。


「アルトフォード。先ほどの条件をのむなら、この女を殺さないでやってもいいわよ」


 王女は今度こそ自分の勝利を確信しているようだった。相手からの答えは一つしかない。そんな口ぶりと顔つきだった。


 お兄様はわたしを見つめたあと、王女を鋭い目つきで睨みつける。その表情には迷いはなく、もうすでに覚悟を決めたような落ち着きがあった。


「クリスを殺すなら、僕も殺せばいい。僕はあなたのものにならない。僕の心はクリスのものだ。愛の女神ミルロフィーネだけではなく、そのほか全ての神々にクリスへの愛を誓う。たとえあなたが次の女王であろうとも、神との誓いは破れない」


 お兄様の言葉に頭が真っ白になる。胸が激しく震える。

 だって、まるで愛の告白のようだったから。

 今のは、どういうこと? お兄様に詳しく尋ねたくなったけど、今はそれどころじゃなかった。

 すぐに気持ちを切り替えて、対峙している王女に意識を向ける。

 彼女の顔がみるみる歪んで、悪鬼のように恐ろしく変化したから。


「ああ、もう本当にがっかりだわ。どうしようもないくらい愚かだこと。お前たちに期待するのは、もう止めるわ!」


 王女がわたしに顔を向ける。その刺すような視線には、明らかに殺意が込められていた。背筋に悪寒が走るほどの負の感情をぶつけられていた。彼女が剣を構えたそのときだ。


「クリス!」


 お兄様の悲鳴が聞こえた瞬間、いきなり異変が起きた。お兄様の額から急に光が発生したのだ。一瞬だけ目撃したのは、神の紋章。その直後、強い光がそこから放たれ、周囲を激しく照らす。耐えられない眩さに目も開けられなかった。


「うわぁ!」


 異常な事態に他の人たちからも動揺の気配を感じる。

 わたしも何も見えなくて、身動きが全く取れなかった。


 そのとき、異質な声が脳内に直接囁かれるように聞こえてきた。


『誓約が、全て満たされた』


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