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悪役令嬢に転生して傍若無人の限りを尽くしたかったけど、空きがないと言われたので極悪聖女を目指します!  作者: 藤谷 要
第八章 さようならお兄様

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地下室

「アルトフォード。いい加減観念なさったら? このまま床に這いつくばっていても、何も状況は変わらなくてよ?」


 マクリーナ王女の刺々しい声が頭上から降ってくる。忌々しい瘴気と共に。

 ここはマースン伯爵の屋敷にある地下室だ。

 窓はなく、小さな換気口の穴が天井付近にあるだけだ。明かりが一つ棚の上に置かれているだけなので、部屋全体は薄暗い。

 僕は手を鎖に縛られ、冷たい石の床に倒れたまま、責め苦に耐えていた。


 マクリーナ王女と再会したのは、伯爵家に籍を移した直後だった。

 父となった伯爵から話があると呼ばれて応接室に入ったとき、王女がいたのだ。

 城にいるはずの王女が、父とソファに座って微笑んでいる。なぜ彼女がここにいるのか咄嗟に理解できなかった。


「喜ぶといいアルトフォード。王女殿下が其方をお望みだそうだ」

「申し訳ございませんが、その話はお受けできません」


 父の要望をすぐに断った。僕にはクリスがいるから。

 まさか僕が伯爵家の人間になった途端、王女が話を持ちかけてくるとは思わなかった。情報が早すぎだ。

 王女の伴侶の条件は、伯爵家以上なら可能だと聞いたことがある。ここで初めて、最初から王女が絡んでいた可能性に気づいた。


「殿下に失礼だぞ! 誰か他に相手がいるのか?」

「それもありますが、この方は本来離宮にいらっしゃるはずでは? この調子では、治るものも治らないでしょう。療養期間が伸びてしまうのでは?」


 冷たく王女を一瞥すると、彼女は口元に弧を描く。嫌味は全く通じなかった。


「アルトフォード、あなたに拒否権はないのよ。王家に仕える貴族の一員なら、義務を果たしなさい」


 表向きは療養の意味を理解されていないようだ。

 相変わらず会話が成り立たない人と話を続ける気になれず、許可なく席を立った。


「失礼します。本来なら、あなたがここにいるはずないのですから、この話は無かったことにします」

「待て、アルトフォード。私にも逆らう気か」


 部屋から去ろうとした僕を呼び止めた伯爵を振り返る。


「はい、そうです。まさか勘当するつもりですか? 戻ってきたばかりなのに。どんな噂が広まるか分かりませんよ?」


 脅しには屈するつもりはなかった。

 実の父が、こんなにも独善的な人だとは思わなかった。リフォード家では、自分の意志を尊重してもらえたから、なおさら違和感が強かった。


 僕の返事に伯爵は眉間に皺を寄せる。


「お前が反抗的なら、仕方がない。恨むなら逆らった自分を恨めよ」


 伯爵が人を呼ぶと、屈強そうな男たちが侵入してくる。多勢に無勢。必死に抵抗したが、武器もなかったため、捕まってしまった。それから瘴気漬けにされて、僕は自我を失ってしまった。


 でも、クリスと再会して聖魔法で瘴気を浄化してもらったおかげで、再び意識を保てている。

 何度も意識が遠のきそうになるが、額の紋章のおかげか、僕は守られていた。温かい気配をずっと額から感じている。


 神への宣誓は、縛りが強いが、約束を守るために加護が働くことがある。

 今回はマクリーナ王女の要求を呑めば、クリスとの約束を守れなくなるので、瘴気が効きにくくなっているようだ。全部ではないが無効化されている。


 チラリと見上げれば、ズボン姿の王女が視界に入る。いつもの華やかなドレスではなく男装をしていた。さらに頭には聖騎士の兜をかぶっている。

 この兜は、状態異常を無効化するらしく、瘴気を扱っても何も影響がないらしい。以前、自慢げに説明された内容を覚えていた。


 兜の隙間から覗く彼女の目と合った瞬間、苛立ったように舌打ちされた。


「全く忌々しいわね。聖女だからって、ところ構わず聖魔法を使うなんて。そのせいで、瘴気の効き目が悪くなったわ。もう少し強いものはないの?」


 王女が視線を向けた先には、男がいた。彼は部屋の隅に立ち、頭から特殊な白い布をかぶっていた。


「これが限界量です。これ以上強くすれば、洗脳だけではなく、魔性化の恐れがあります」

「でも、効かないなら増やすしかないでしょう。いいから試しなさい」


 聞こえた会話に身の毛がよだつ。

 男を見れば、沈黙して即答しなかった。良心が残っていたのだろうか。


「ですが、ここまで効き目が悪いのは異常です。瘴気に強い抵抗を持つ聖属性を持っているのではないでしょうか?」

「そんなはずないわ。一年次のときに講義で属性を調べたけど、彼に聖属性はなかったわ」

「そうでしたか……」

「きっと額に出てくる紋章のせいよ。だから瘴気が効きづらいなら増やすしかないでしょう? 教授、私に逆らえば、次の学院長のポストは別の人に回すだけよ」


 彼女の脅しの声に男の肩が弾けるように震える。


「……分かりました」


 結局彼女の望みを叶えようとする。

 ここにいる時点で、王女に逆らえば、破滅の道しかないだろう。


「アルトフォード、あなたは私のものなのよ。王家に仕える者として、自覚がないから、こんな目に遭うのよ。あなたが現在苦しんでいるのは、自業自得なのよ」


 また僕は敵の操り人形になってしまうようだ。

 瘴気で体を汚染される感覚は苦痛そのもの。意識を失えば楽になるが、大切な人を悲しませると思うと、心の底から嫌だった。


 でも、もう疲れ切っていて足掻く気力もない。


 脳裏に浮かぶのは、僕の大事な人。王女との婚約は、僕の本意ではないと気づいてくれただろうか。


 ごめん、クリス。父上、母上。


 そもそも伯爵の話を受けなければよかった。一も二もなく飛びついてしまったのは、一生の後悔だ。本当なら、よく相手を調べるべきだった。


 さらっと表面的な相手の言葉を鵜呑みにしてしまった。クリスと血は繋がっていないと証明されたい。クリスと結婚できる立場を得たい。クリスが誰かに奪われる前に望みを叶えたいと焦ってしまったんだ。


 でも、僕のせいで、大事な人たちを苦しめてしまった。父上は罪人として陥れられ、リフォード家は没落してしまった。


 自分の浅はかさが、吐き気がするくらい辛い。


 同時に王女に激しい怒りを感じていた。王女は療養中という名目で離宮で隔離されていたはずだった。でも、誰かが手引きしたせいで、王女は伯爵家を自由に出入りしている。

 再教育を施し、矯正させる予定だと聞いていたのに。

 それだけじゃない。教授を買収して違法に学院から瘴気を持ち出し、僕を洗脳して意のままに操ろうとしている。


「さあ、アルトフォード。わたくしに忠誠を誓いなさい」


 この世の終わりを王女は笑いながら告げる。

 こんなに冷酷で簡単に人を陥れる王女が後継ぎだなんて、この国はもうダメかもしれない。


 そう思ったのが、僕の最後の記憶だった。


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