届いた手紙
「調査依頼が却下された……!?」
わたしの手元には、魔法具の手紙があった。
昼食後、お母様と居間にいたら、アルメリア様から届いたのだ。
昨日の今日で早速アルメリア様のお父様であるサルクベルク公爵は調査の件で動いてくれた。だが申請は却下されたと書かれていた。
お兄様を助ける正当な手段がなくなり、全身から血の気が引く思いがした。
「クリス、どうしたの?」
「それがお母様、マースン伯爵家の調査はできなくなったようなのです」
「まぁ、どうしてなの!?」
普段は温厚なお母様が、珍しく声を荒らげる。
「サルクベルク公爵がわたしをマースン伯爵家に連れて行ったことが相手に伝わっていたらしく、信ぴょう性に欠けると判断されたそうです。申請を通したければ、証拠を出す必要があると」
「そんな! それじゃあ、アルトはどうなるの!?」
お母様は悲痛な声を上げ、足元をふらつかせる。咄嗟に傍にいたマーサが支えてくれて、近くの椅子まで案内してくれた。
お母様はずっと落ち着いた態度だったけど、やっぱりすごく動揺していたんだ。
「お母様、興奮されるとお体に障りますわ」
「でも、アルトまでこんな目に遭うなんて思ってもみなくて」
お母様は堪らなくなったのか、堰を切ったように泣き出していた。
「お母様は少し部屋でお休みになったほうがいいですわ。わたくし、色んな方に相談したいと考えてます」
もう少し良い見通しが出来てから報告するべきだったわ。
「奥様、お嬢様のおっしゃるとおりです。最近、無理をなされているので、お休みになりませんか?」
マーサの勧めに少し迷ったようだが、お母様は決心したようにうなずいた。
「……こんなときに動けなくなったら余計に迷惑をかけてしまうものね。クリス、あなたも無理をしないでね」
「ええ、もちろんです」
お母様はマーサに連れられて、元気なく寝室に向かっていく。その後ろ姿を見送ったあと、わたしのもとに新たな手紙が届く。
「あら、誰かしら?」
手紙の裏に書かれていた名前は、レリティール。王子だ。
『突然の手紙で驚いただろうが、私もアルトフォードと姉上の婚約をアルメリア嬢から聞いて驚いている。父上は母上とともに現在外遊に出ているため城に不在で直接は聞いていないが、まだ正式に決まっていないと思う。姉上に直に確認しようとしたが、体調不良で面会を拒否された。また何か分かったら連絡するが、私に何か尋ねたいことがあったら遠慮なく同封した魔法具を使って欲しい』
アルメリア様は王女の婚約話に驚いてレリティール様にご確認されたようだ。
だから彼はわたしに気を遣って連絡してくれたのだろう。
しかもわざわざ返信用の手紙まで用意して。魔法具の手紙は結構高価だから、彼の厚意に感謝するばかりだ。
アルメリア様と仲良くなってから、彼の成長に磨きがかかっている気がする。
彼からもたらされた情報は、大変重要なものだ。
お兄様と王女との婚約は正式なものではない。それなのに伯爵は先走って漏らした。王家が発表する前に。
王家から反感を買う恐れがあるのに、あえて愚行な真似をした理由は何かしら?
伯爵が優越感から我慢しきれずに周囲に話したような軽率な人には思えない。彼は完璧な友好的な態度でわたしたちを騙してお兄様を奪っていったから。
しかも陛下は城に不在ですって?
じゃあ一体誰がアルメリア様のご実家の申請を一蹴したのかしら?
だって、王家に次ぐ権力者である公爵家よ? 相手の顔を立てて、お兄様に異常がないか調べてくれてもいいじゃない? 別に法に違反することをしろって無茶を言っているわけでもないのだから。
それなのに却下だなんて。きっと陛下の代理を務める人間が、公爵家を敵に回しても平気だと判断したのよね。
だから、ふと思ったの。
両方とも相当強い後ろ盾がいるんじゃないかって。
今回お兄様と婚約予定の、マクリーナ王女という国家の後継ぎが。
最強の権力を使われたら、聖女のわたしでも太刀打ちできない。
みんなが思いつく限りの正攻法は試したけど、既に敵に先回りされていたなんて。
お兄様を助けられなかった。お兄様を逃すまいと、王女の執念が荊のように絡みつき、お兄様を離さない。
「お兄様……!」
今も苦しんでいる彼の姿を思い浮かべて泣きそうになる。ぐっと唇を噛み締める。
正攻法は全て全滅。絶望的な状況だけど、このまま諦めるなんて、できなかった。
「でも、どうすればいいの……? よく考えるのよ」
居間で一人きり、ぐるぐる歩き回る。
「きっと瘴気の不正使用を証明すれば、相手を問答無用で訴えられるわよね。でも、それには証拠が必要よね」
思考をあえて言葉にして、頭に中で整理していく。
「そう証拠よ、証拠……」
屋敷から瘴気を見つける? それとも、被害者であるお兄様を助け出す?
でも、どちらも伯爵家に乗り込む必要がある。厳重に保管されているであろう瘴気を手に入れるなんて、無謀すぎる。どうあっても罪に問われてしまう。
「そう、普通の善良なヒロインなら、法に違反するような行動はできないから、そう言うわよね。でも、わたしは違う」
だって、悪女ですもの。
目的のためなら手段は選ばないのよ。
証拠がないなら、作ればいいじゃない。
その方法が犯罪だろうと、自分の望みどおりにお兄様を助けに行くわ。
「待っていて、お兄様」
決意したあとは立ち止まっている暇はなかった。
「マーサ、外出してくるわ」
「どちらに馬車を向かわせますか?」
「行き先はマースン家よ」
聖魔法で洗脳を解いたお兄様がすぐに歩けるか分からないから馬車は必須だった。だって、あんなに苦しそうだったんだもの。
ところが、行き先を聞いたマーサが顔色を曇らせた。
「クリス様をお一人で行かせられません。私も一緒に行きますが、マースン家に行かれても、お会いしてくれないのでは?」
彼女の言うとおり、門前払いが簡単に予想される。
「たしかにそのとおりよ。だから、相手に警戒されないように今回は子どものわたくし一人のほうが都合がいいと思うの。ダメだったときは、そのときよ。だから、一時経っても、わたくしが帰って来なかったら……」
「帰って来なかったら?」
聞き返してきたマーサは顔を曇らせていた。
あっ、いけない。こんなことを言ったらマーサを不安がらせてしまうわ。心配されて外出を反対されたら大変だわ。
「ううん。なんでもないわ。行ってきます」
慌てて取り繕うように笑みを浮かべる。マーサは少し怪訝そうに見ていたけど、それ以上は何も反対してこなかった。
「お気をつけてお出かけください」
「はーい」
疑われないように返事だけは明るく元気にした。




