偲ぶ会
それから数日後。
今日はお兄様の実家であるマースン伯爵家の集まりにアルメリア様と彼女の家族が参加する日だ。
彼女の計らいで、わたしも一緒に行くことになった。
「まぁクリステル様、ドレスがよくお似合いですわ」
アルメリア様の誉め言葉にわたしは嬉しくなって微笑んだ。
ここは彼女の屋敷の中だ。鏡の中に映るわたしは、薄灰色のドレスに包まれている。髪はわざわざ黒く染めて印象をかなり変えている。
「ありがとうございます。何からなにまで準備してくださって」
本日は偲ぶ会ということもあり、落ち着いた装いが求められていた。
喪服は持っているけど、既に先日の葬儀で着用したため伯爵家に知られている恐れがあった。でも、喪服を何着も持っていないので、アルメリア様に相談したところ貸してくださることになったのだ。
「うふふ、いいのよ。わたくしのお下がりばかりですもの。何も気にする必要はありませんわ」
対してアルメリア様は、濃い紫のドレスを身につけている。おしゃれだけど、シンプルなデザインだ。
「アルメリア様のお召しのドレスも、よくお似合いですわ。あなた様の美しさは、どんな宝石もかないません。内面の美しさが溢れて光り輝いておりますから」
「まぁ、クリステル様ったら、大げさね」
頬を赤らめて微笑む貴重なアルメリア様を拝見できて、内心ガッツポーズをとった。ツンツンな態度も可愛いけど、このデレの破壊力はいつも半端ない。
アルメリア様と彼女の家族と一緒に乗り込んだ馬車は、目的の場所に向かい、お兄様との距離を少しずつ縮めていく。
お兄様に会いたかった。何か困っているなら助けたかった。会えば何か状況が変わる気がして、それだけがわたしの心の支えになっていた。
馬車が到着した後、マースン伯爵家の家人に案内されて、敷地内を歩いて移動する。
手入れが行き届いた庭園は緑豊かで、燦々と輝く太陽の光を照り返している。やがて、庭に用意されたパーティー会場に到着した。
敵地にもかかわらず心躍りたくなるくらい華やかに会場は飾り付けられていた。夏なので様々な植物が招待客を楽しませてくれる。
白い石造で作られた重厚な噴水から放出される水しぶきが周囲に涼しげな空気を送ってくれる。
日陰のテーブルの上に並べられた飲み物や食べ物は、色んな種類があり、とても美味しそうに配膳されている。
すぐ側にある建物の一階部分は開放的に窓や扉が開けられている。テーブルと椅子が置かれて、自由に入って休めるようになっている。
日差しがあるので日陰の建物内に入ると、すでに先にいたアルメリア様の親族と思われる人がにこやかに話しかけてくる。
久しぶりだと笑顔を添えて挨拶している。
わたしは目立たないようにアルメリア様の家族の後ろにいた。
まだ誰にも不審がられていない。髪の色がアルメリア様たちと同じなので、違和感がないようだ。
「亡くなった双子の片割れが戻ったそうですね。なんでも赤子のときに攫われたとか。お可哀想に。もう犯人が捕まったらしいので、重い刑罰が下るといいのですね」
親族の男性が何も事情を知らずに同情的に語る。
内容は全然事実ではない。でも、お兄様に会うという優先事項があるので目立つわけにはいかず、傍で黙って聞きながら何も反論も否定もできなかった。ぎゅっと手を握りしめて耐えるだけだ。
すると、傍にいたアルメリア様が「あら、おじさま」と会話に割り込んでいた。
「マースン家に戻ってきたアルトフォード様のことは学院が同じなので、よく存じておりますが、彼は家族の危機の際に身を挺して守るほど家族を大切にされていたので、あの裁判の結果を意外に思っておりましたの」
すると、男性は戸惑った顔を浮かべる。
「そうだったのですね。本人が被害を受けたと証言したと聞いていたので、話を鵜呑みにしておりました。もう少し様子を見てみます」
「ええ、そうされたほうがいいと思いますわ」
アルメリア様のお陰でお父様の悪い噂を一つ消すことができた。
男性が去った後、アルメリア様にお礼を伝えた。
でも、貴族社会では、この男性が話していたことが事実として広まっているのよね。そう考えるだけで胸が重苦しくなる。
他にも招待客が増えて、会場は人で賑わってくる。
アルメリア様たちの側で過ごしていると、時間になったのか主催者であるマースン伯爵たちがやってきた。
側にいるのは、お兄様だ。目が離せなくなる。
久しぶりに見たけど、顔色が良くない気がした。目に生気がない感じで、どこを見ているのか視線が定まらず虚な感じだ。いつもの知性的な目の輝きが消えている気がした。
思わずお兄様の元に駆け寄りそうなくらい心配になる。ぎゅっと握っていた手が震えそうになる。
「大丈夫ですか?」
アルメリア様の気遣わしげな声で我に返った。
努めて心を落ち着かせる。彼女に迷惑をかけられなかった。
気合を入れたあと、彼女に相槌を打つ。
お兄様に近づくチャンスはまだあるはずだ。それまで自分の存在を伯爵に気づかれてはまずかった。加害者の娘となった今では。おそらくすぐに追い出されてしまう。
「皆さま、この度はお忙しい中、当家にお集まりくださり感謝いたします。亡き息子も死者の国で喜んでいることでしょう」
皆の注目を集める中、マースン伯爵がよく通る声で挨拶を始める。
「こちらにおりますには、我が息子アルトフォードです。事情があり最近まで離れて暮らしていましたが、こうして私たちの元に戻ってきたのは神のご加護のおかげでしょう。アルトフォード、皆様にご挨拶を」
伯爵に促されてお兄様が一歩前に出る。
上質なスーツを着こなし、洗練された所作で無表情のまま会釈をする。
「マースン伯爵家の一員として、今後はよろしくお願いします」
拍手が起こり、会場にいる客たちから歓迎されていた。
「アルトフォードは、なんと王女マクリーナ殿下の覚えもめでたく、学院内で親しくしていただき、なんと将来を誓い合う仲にまでなったそうです。ですが以前の身分では殿下との釣り合いが取れず、泣く泣く諦めていたそうです。ですが、当家に戻ってきたので、その問題もなくなりました。現在殿下は療養中であり、当家が喪中なため正式な婚約は先となりますが、これからも息子ともどもマースン家をよろしくお願いします」
伯爵が会釈すると、客たちから感嘆の声が上がる。
それを血の気が引くのを感じながら眺めていた。
「王女様と婚約とは」
「素晴らしいですわ」
続く賞賛の言葉を耳にして伯爵は満足そうに微笑んだ。でも、傍らにいるお兄様の表情は何も変わらない。まるで人形のようにピクリとも動かない。見ていて怖くなるほどに様子が不自然だ。
だからこそ、伯爵の驚きの事実を聞いても、全然信じられなかった。
こんなの嘘偽りよ。
お兄様の様子がおかしいもの。どうにかされてしまったんだわ。
「では、引き続き、ご歓談をお楽しみください」
伯爵の挨拶が終わると、再び会場は先ほどの知らせのせいで周囲は賑やかになった。
婚約話でもちきりだ。
伯爵とお兄様とお近づきになろうと、挨拶する者が絶えなくなる。
そんな中、アルメリア様がわたしに近づき、内緒話をするみたいに顔を寄せてきた。




