お茶会
同級生の誰だろうと考えていたら、やって来たのはなんとレリティール様だった。
身分の高い彼のお越しのため、席を立って相手を出迎える。今日の彼は制服ではなく私服だ。
「遅れてすまない」
「レリティール様、わざわざお越しくださり、感謝いたしますわ。どうぞお掛けくださいませ」
アルメリア様と見つめ合うレリティール様の表情が、以前よりもずっと親しげだ。
王子との仲が深まっているようね。良かったわ。
彼が着席したあとにわたしたちも席に座る。
「アルメリア嬢から連絡があったのだ。其方がこの屋敷に来ると。だから、できるなら会って話したいと思っていた。リフォード卿が訴えられたと聞いて驚いている。もちろん私も父上も卿の無実は信じているが、一つ厄介な点があるのだ」
王子の話を聞いて嫌な予感がして、胸が大きくざわめいた。
でも、聞いておかないと、もっと後悔する気がした。
「その厄介な点とは何ですか?」
覚悟を決めて静かに尋ねると、王子は少し顔を曇らせた。
「うむ、それは卿が提出したアルトフォードの届け出についてだ。養子ではなく実子として届け出ているため、虚偽の申請をしたと疑われている。だから、恐らく裁判ではそこを重点的に責められるだろう」
「そんな……!」
この王子の言葉から、万が一お父様が裁判で負ければ、経歴に傷がつき、このまま陛下のお側にお仕えできなくなりそうだ。
我が家のピンチだわ!
「そもそもアルトフォードは一体何をやっているのだ? 今まで世話になった其方の家を訴える実親を止められないとは」
「わたくしも、その点を心配しております。お兄様が黙っているわけございませんわ。一体どのような状況に置かれているのでしょう。お兄様に手紙を書いて送ったんですけど、返事は一つもなかったんです」
お父様の言ったとおりだった。お兄様との連絡が完全に遮断されている。
「だから、屋敷にも直接出向いたんですけど、やっぱり門前払いだったんです。裁判があるからリフォード卿の関係者と会ってやり取りするつもりはないと言われまして。でも、諦めきれなくて見張っていたんです。聖獣のマシロに頼んで。お兄様の外出する機会を狙って会えればと思って。でも――」
「アルトフォード様はずっと屋敷に籠られていたの?」
アルメリア様の問いにわたしは首を振る。
「いいえ。一度だけお兄様は馬車で外出されたんです。窓越しにその姿が見えたので、お兄様が気づくようにアピールしたんですけど……」
「気づかれなかったのか?」
レリティール様への返事に一瞬詰まった。
「……お兄様と目が合った気がしたんですけど、そのまま素通りしてしまったんです」
お兄様のあんな無機質っぽい眼差しを初めて見た気がした。
なんの感情もない、人形のような顔つき。
よく似た別人かと思うくらいだった。
思い出すだけで胸が苦しくなる。
必死に呼ぶわたしを無視してお兄様はどこかへ出かけて行った。
「まぁ、それはますます心配ですわね。実はわたくし、アルトフォード様のことで妙なことを耳にしましたの」
それまで黙っていたアルメリア様が話題に入ってきた。
「なにをですか?」
お兄様のことが心配だったので、些細な噂でも重要だった。つい身を乗り出す勢いで聞き返した。
「実はマースン伯爵家から招待があったんです。故人を偲ぶ会を名目に。そのときに戻ってきた息子と共にいい知らせを伝えたいとも書かれていたんです」
「たしかに妙だな。いい知らせとは、家族の誕生や婚約などの慶事を指す言い回しだろう。『息子と共に』という書き方なら、アルトフォードに関することか」
「そうなんです。だから、アルトフォード様に関することならクリステル様にお伺いしたほうがいいと思いましたの。何かご存知ですか?」
「……実はお兄様から血の繋がった兄妹ではないと説明されたときに、わたくしのほうからお兄様に結婚を申し込んで了解を得たのです。でも、この状況でわたくしとの婚約を発表するとは思えません」
説明しながら内心疑問でいっぱいだった。
お兄様はわたし以外の誰かと婚約しようとしているのかしら?
そう考えたら、血の気が引いていくのを感じた。
「まぁ、クリステル様はアルトフォード様とそういう関係になっていたんですの!?」
アルメリア様が可愛らしく目を丸くして驚いていた。隣にいるレリティール様も同じ表情をしている。
当然ながら二人にとって驚愕だったようだ。
「あの、結婚といっても偽装結婚なんですけど」
「まぁ、訳ありなんですね。とても気になりますわ。是非詳しく聞かせてくださいませ」
アルメリア様は恋バナがお好きなのね。前のめりになっている。
「いや、その話は後にしよう。それよりも今はアルトフォードの縁談についてだ」
レリティール様が脱線しかけた話題を元に戻してくれた。アルメリア様がハッと我に返っていた。
「ええ、そうでしたわね。クリステル様はアルトフォード様から何も聞いていないのですね。ご家族を大切にされていた方でしたから、婚約するにしても何も連絡がないのはおかしいですわね」
「そうですよね。おかしいですよね」
今までのお兄様の行動から考えると、不自然極まりなかった。
「では、是非とも探りに行かなくてはなりませんわね。ここは一つ、わたくしにお任せくださいませんこと? アルトフォード様がまだ未成年でしょう? だから一週間後に夜ではなく昼間に集まるらしいの。だからわたくしでも出席できますの」
アルメリア様はそう言うと、美しい紫の瞳を自信満々に輝かせている。
「まぁ、ありがとうございます!」
わたしのために情報収集を引き受けてくださるらしい。
頼もしい言葉に感謝するばかりだ。
「というわけで、先ほどのクリステル様とアルトフォード様のお話を詳しく聞かせていただけないかしら?」
アルメリア様はオホホと優雅に笑う。とても期待に満ちた目をしていた。
「ええ、もちろんですわ。実はここだけの話ですが――」
親友だと認めてくれただけではなく、ここまで協力してくれるアルメリア様には正直に話すことにした。
家族として一緒に暮らしていたのにお兄様を好きになるなんて、倫理的に拒否反応されたらどうしようと迷いはあったけど、隠すのは違うと思ったから。
「お兄様のことが好きだと気づいたのは最近なんです。兄妹として一緒にいれればいいと思って気持ちを伝えるつもりはなかったんですけど、お兄様が実の家族の元に行くと聞いたとき、お兄様と離れたくなくて思わず結婚を申し込んでしまいました」
アルメリア様は落ち着いて話を聞いて、最終的には受け入れてくれた。
「血が繋がってなかったから、無意識に惹かれたんですね。素敵ですわ。でも、偽装でよかったんですか?」
アルメリア様は心配そうな顔をしている。
「アルトフォードに正直な気持ちは伝えたほうがよいのではないか? 其方らしくない気がするぞ」
レリティール様までも気遣った目線を向けてくる。
わたしらしくないか。確かにそうかもしれない。我慢しないと誓ったのに、結果的に気持ちを隠しているんだもの。
でも――。
「実はお兄様には他に想いを寄せている女性がいるんです。でも、その方とは結ばれないって以前言っていたから、わたくしの提案に同意してくれたんです。もし、わたくしの気持ちを知ってしまえば、偽装結婚を断られる恐れがあります。だから、わたくしはお兄様の傍にいられるなら、それでいいと思ったんです」
そう言うと、二人は何も言えなくなったようだ。
お兄様ルートは超難関。お兄様と結ばれるなんて思えなかった。
たぶんお兄様はわたしのことを大切な妹だと思っているだろうし、兄ではなく異性として好かれていたらショックかもしれない。
ゲームでお兄様以外のルートを進んだ場合、お兄様は卒業と同時に主人公の前から消えていた。現在お兄様の攻略条件を満たしていないので、あっさりと距離を置かれる可能性を消せなかった。
「クリステル様、わたくしはあなたの幸せを願ってますわ。だから、協力しますから、なんでもおっしゃってくださいね」
「私も何かできることがあるなら手を貸すぞ」
辛い状況だったからこそ、二人の気持ちがとてもありがたかった。
「ありがとうございます」
友だちに恵まれて、とても幸せだ。




