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悪役令嬢に転生して傍若無人の限りを尽くしたかったけど、空きがないと言われたので極悪聖女を目指します!  作者: 藤谷 要
第八章 さようならお兄様

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悪女の提案

 すぐに思いついたので、顔を上げてお兄様の紫の瞳をまっすぐに見つめる。


「お兄様、いい考えがありますわ。伯爵家に行かれるなら、わたくしと結婚しましょう」

「——え?」


 驚愕とともにお兄様の目が大きく見開かれる。


「わたくしと結婚すれば、これからも一緒にいられますし、誰かと結婚させられる心配もなくなります。ほら、わたくしたち、お互いに結婚する気はないと前に話していましたよね? だから、お兄様とわたくしが結婚すれば問題は解決すると思うんです! ダメですか?」

「偽装結婚ってこと?」

「そうですわ。愛の誓いもわたくしたちには問題ないですわ」


 結婚のときに愛の女神に誓う必要があるけど、家族愛でも愛は愛だからきっと大丈夫よね。


「あ、でも――。もしかしてお兄様は以前話していた好きな方と結ばれるために実の両親の元へ戻りたいのでしょうか?」


 実家は伯爵家。男爵家よりも随分格上だから、相手の身分が高い場合、伯爵ならほとんど問題はなくなるはず。


「いや、あの、それは大丈夫。そうだねクリス。僕と結婚しよう、そうしよう」


 お兄様は慌てたように早口で答えたあと、満面の笑みを浮かべた。先ほどとは違って、とても嬉しそうだ。

 わたしの提案がお兄様にとっても都合が良かったみたいね!

 ぎゅっとさらに強く抱きしめられて、スリスリとわたしの頭に頬ずりしてくる。


 良かった! あっさりと了承してくれて。


 これでお兄様と一緒にずっといられるわ。

 周囲を騙して偽装結婚なんて、悪女じゃないと思いつかなかったわ。

 本当に愛を誓えたら良かったけど、お兄様との両想いになるのは無理だもの。

 だって、お兄様攻略に必要な条件をわたしは何も満たしていないから。


 そう、「真実の愛」と「愛の口づけ」と「愛の誓い」の三つの条件。

 後からお兄様への気持ちに気づいても、もう遅いのよね。

 でも、一緒にいられるだけで幸せだからいいの。


「ずっと大切にするからね」


 優しい声に包まれて安心する。でも、同時に胸に小さな針で刺してくるような痛みがする。


 お兄様には他に好きな方がいると聞いている。決してその方と結ばれないと言っていたから、わたしとの結婚を了承したんでしょうけど。

 本当にこの方法で良かったのかしら。


 わたしもきゅっと抱きついてお兄様と密着していたら、目の前にいたお父様から咳ばらいが聞こえてきた。

 お父様は微妙な顔をしている一方で、お母様は肩を震わせて苦笑している。


「うふふ。本当にあなたたちは仲がいいのね。とにかく、二人が構わないなら、私は偽装結婚に賛成よ。ねぇ、あなた?」


 お母様がチラリと横を見ると、お父様が目を合わせて同意していた。

 え、いいの? こんなにあっさりと両親に受け入れられるとは思ってもみなかったから驚いたけど、何か言って心変わりをされたら困るから黙っていた。


「じゃあ、アルトの血縁の件は、問題なく進めてよいのだな?」


 お父様の確認にわたしとお兄様が同時にうなずく。


「はい、異議はございませんわ」

「よろしくお願いします」


 こうしてお兄様は実の両親の元へ戻ることになった。


 数日後、書類の手続きのためにお兄様の実家であるマースン伯爵家からの遣いが度々訪れてお父様とやり取りをしていた。

 最後にお兄様を迎えに伯爵夫婦が訪れてお父様たちとお話をしていた。


「私たちの息子をこんなに立派に育ててくださり感謝しております」


 伯爵はお父様のことをまるで恩人のように扱っていた。


「フェーリデンの双子の因習のせいで親戚から養子に出せと圧力があったのです。だから泣く泣くこの子を養子に出すことにしたのですが、肝心の養子の仲介人に私たちは騙されたのです! 本当は然るべき施設に預けるはずだったのですが、この子を託した男が子どもと共に行方知れずになり、ずっと我が子を心配していたのです」


 伯爵夫婦はお兄様が捨てられていた経緯をそう説明してくれた。

 どうやらお兄様は犯罪に巻き込まれたようだ。世の中には人を騙す悪い人がいるものね。


 何も問題はなくお兄様の移籍手続きは終わったので、あとはお兄様が王都にある伯爵家のタウンハウスに向かうだけになった。


「お兄様、落ち着いたら連絡くださいね」

「ああ、約束する」


 次に会うときは、もうお兄様とは呼べないのね。しんみりとした気持ちでお兄様を見つめていると、わたしの泣きそうな表情に気づいたのか、慰めるように抱きしめてくれた。


「大丈夫、すぐに会いに行くから」

「……はい」


 寂しかったけど別れは一時的なものだと無理やり納得させて、わたしはお兄様から離れた。

 こんなにも不安になるなんて思いもしなかった。薄れていく温もりが、すぐに恋しくなる。


 お兄様はそのまま馬車に乗り込んでいき、予定どおりに去っていく。


 馬車が小さくなって見えなくなるまで、わたしはずっとその場に立ち尽くしていた。


「さようならお兄様」


 大丈夫だと、何度も言い聞かせるしかなかった。

 お兄様の最後の言葉を思い出しながら。


 だってこのときは、あのお兄様が後日別の人と婚約するなんて、そんな未来を全く予想もしていなかったから。


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