葬儀
マクリーナ王女が静かにソファに腰掛けている。物憂げに伏せられた美しい緑の瞳と、絹のように艶やかな銀髪は、今日は少しくすんで見える。
窓から差し込む光は、あいにくの曇り空で弱かった。
マクリーナ王女は王宮の離れにて療養という名目で滞在している。周囲には人の姿はほとんどなく、物音を立てなければ静まり返っていた。
マースン伯爵家次男のロートルは、彼女の側に立ちながら観察するように見下ろしていた。
彼女の顔がゆっくりと動き、物憂げに視線を向けられる。
「では、彼はあなたの取引に応じたと言うのね?」
マクリーナの静かな声を聞いて、体に小さな緊張が走る。
「ええ、そのとおりです。是非、当家に戻りたいと申しておりました」
言いながら話題の相手を思い出していた。アルトフォード。癖のない細くまっすぐな黒髪と、紫の瞳。それはロートルや病気で死の淵にいる兄と同じだった。否応にも近い血縁を感じるほどの。
「そう、それは楽しみね」
見上げるマクリーナの瞳には強い意志が込められていた。
「ふふふ。これで彼は私のものよ。彼は私に仕えるために存在するのだから。だから、あの忌々しい女から取り返さないと」
不敵に笑う彼女の表情から、美しさだけではなく、不気味な狂気すらも感じられる。思わず目を見張り、息をのんだ。
アルトフォード、あなたは大変な人に目をつけられたな。
彼女の機嫌を損ねないように心の中で密かにつぶやいた。
狡猾な立ち回りだったが、これで王女に恩を売れ、嫡子の地位も安泰になる。
突然現れたもう一人の兄にせっかく転がり込んでくる後継ぎの座を奪われたくはなかった。
次男というだけで損な立場だった。爵位を得るため婿入りできる貴族の娘に媚びへつらわなくてはならなかった。でも、もうそんな苦労はしなくても良いのだ。
ロートルは兄と同じ紫の瞳を細め、声もなくほくそ笑んだ。
§
学院が夏の長期休暇に入って間もなかった。神殿に多くの貴族たちが黒衣姿で入っていく。
「クリス、手を」
「はい、お父様」
差し出されたお父様の手を取る。入口には上り階段が多かったから、察してくれたみたい。スカートで足元が見えづらかったので気遣いが嬉しい。素直に甘えた。
石材を積み重ねて造られた神殿の中は、大理石のような表面が滑らかな白い石で美しく装飾されている。礼拝堂の壁際には神々を模した石像が置かれ、採光用の窓から差し込む光の筋が神々を照らす様子はとても幻想的だ。
祭壇があるホールには大勢の参列者が集まっていた。前に遺体が納められた棺が置かれている。その周囲には死者に贈られた白い花が囲むように飾られている。
わたしもこの場にお父様に連れられて参列していた。聖女として葬儀に参列して欲しいと依頼されたから。
威厳のある神官が、先ほどから死者の国へ旅立った故人について語っている。
この家の嫡男は、元々病弱だったけど、さらに具合が悪くなってしまい、十四歳の若さで永眠したそうだ。
ちょうどお兄様と同い年だ。お兄様がいなくなったらと思うと、とても耐えられない。だから、子を亡くしたご両親の気持ちを慮れば、縁もゆかりもない人だったけど、依頼を断ることなんて出来なかった。
神官の言葉が終わり、最後に祈りを捧げる。わたしも一緒に祈り、聖魔法で故人を清め、無事に依頼された仕事を終える。
この国では、親より先に亡くなるのは不吉とされ、死者の国に行けないと信じる人もいる。完全に迷信の類いだけど、昔からその負の感情を払拭するために聖魔法は求められていた。
参列者たちと棺の中に花を捧げ、故人の安らかな顔を見た瞬間、息が止まるかと思った。
黒い髪のやせ細った少年。その顔つきは、お兄様にそっくりだったから。
慌ててお父様を振り向けば、わたしの物言いたげな視線に気づいて、ゆっくりと首肯した。
何も言わずとも、お父様はわたしの心境を察してくれたようだ。でも、わたしのように動揺していなかった。まるで何もかも分かっていたかのように落ち着いていた。
墓地で棺が地中に埋められる最中、故人の母と思われる女性がひどく取り乱し、うずくまりながら泣いていた。
「あぁ、こんなことなら、もう一人の子を手放さなければ良かった……!」
その言葉で気がついた。
この人たちは、お兄様の家族なんだって。
前世の記憶があるから知っていたの。お兄様には双子の兄弟がいて、フェーリデンの双子の因習のせいで本当の親から捨てられたという事実を。
でもね、前世でゲームをプレイしていたけど、こんな場面を見たことがなかった。
わたしが知るルートをもう辿ってはいない。
これから何が起きるのか全然分からなくて、まるで薄い氷上を歩いているみたいな恐ろしさを感じた。
だからなのか、家に帰ったとき、お兄様から改まって話があると言われたとき、とても嫌な予感がしたの。
そのときのお兄様の顔つきが、いつもと違って暗かったから。
言いにくいことを話すような、気まずさを感じたの。
だから、その日の夜、わたしは話し合いに参加するときに覚悟するはめになった。
八章はほぼ書き終わっているのですが、まだエピローグを書いている途中なので、執筆しながらの投稿を予定しております。




