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悪役令嬢に転生して傍若無人の限りを尽くしたかったけど、空きがないと言われたので極悪聖女を目指します!  作者: 藤谷 要
第七章 密偵魔王

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理由

クリス視点です。

「結婚したくない理由ですか?」


 わたし、お兄様にそんなこと言いました?

 ふと考えたとき、以前寝入りばなにお兄様とそんな会話をしたことを思い出した。


「あら? お兄様に理由を話したことありませんでしたか? わたくし実は、悪女を目指しているんです」


 自信満々に正直に答えると、お兄様の表情が固まった。

 すでにわたしは聖女だから、戸惑ってしまったのね。


「えーと、その理由を聞いてもいい?」

「もちろんですわ」


 さすがお兄様。聖女であるわたしが、正反対の悪女になりたいと言っても冷静にわたしの気持ちを確かめようとしてくれる。

 お兄様の優しさが、心に明かりを静かに灯してくれる。


「実は、わたくしは悪女のようにありのままでいたいと思ったからです。聖女は善人として振舞うことを望まれますが、悪女は自分の望みを叶えるために手段は選びません。聖女として何か諦めなくてはならないことがあるなら、わたくしは悪女のように傍若無人に生きたいんです。たとえそれが正義や道理に悖る行為だとしても」


 わたしの告白をお兄様は黙って受け止めてくれた。

 どんな返事をくれるんだろう。時間が経つごとに緊張してくるわ。

 するとお兄様は表情を崩したと思ったら、すぐに笑顔を浮かべてくれた。


「そっか。悪女って言うからびっくりしたけど、要はクリスは自分の気持ちを大切にしたいんだね」


 いつもの優しい眼差しにわたしは嬉しくなる。


「お兄様、分かってくださるんですか!?」

「うん。だって、他の誰のことでもなく、クリスのことだから」


 そう自信をもってわたしを信じてくれる。嬉しくてお兄様への気持ちが溢れるくらい胸の奥に満ちてくる。


「お兄様、大好きです!」


 隣にいたお兄様の体に腕を回して、ぎゅっと抱き着いた。


「僕もだよ」


 お兄様の声とともにわたしの体も抱きしめられる。

 安心する匂いと温もりに包まれる。


 あら? でも――。


 成長期のお兄様の身長は、最近大きくなっている。だからなのか、改めてじっくりと触れ合うと、体つきがだいぶ変わって硬くなっているような気がした。最近は休みの日までもヴュンガの練習で忙しいですし。以前までと違って、だいぶ男らしさが増えてきた気がする。


 それに気づくと、前とは違って、落ち着かなくなってきた。

 べ、別に異性として意識したわけじゃないけど、お互いに適切な距離感が必要になってきたと改めて感じたのよ。

 そう思ってお兄様から自然に体を離そうとしたとき、なぜかお兄様の腕に力が込められる。まるで捕まえられたように動けなくなった。


「お兄様?」

「でもねクリス。悪女でも結婚はできると思うんだけど、どうしてクリスはしないつもりなの?」


 体越しにお兄様の低い声が響いてくる。


「それは、悪女に純愛は不要ですから」

「不要なの? 本当に?」


 お兄様はわたしから慌てて体を離し、わたしの両肩に手を置いてくる。顔を食い入るように見つめてきた。息を凝らして、じっと紫のきれいな目で覗き込まれる。

 わたしの本気を試しているみたいだわ。


「ええ、そうですわ」


 お兄様の戸惑う声に私は迷いなく答える。

 お兄様には申し訳ないけど、まさかゲームのシナリオを知っているせいとは言えなかった。

 誰かとくっついたら、それこそ聖女エンド確定になって、お母様が死んでしまう。


 沈黙が怖いですわ。

 でも、お兄様はすぐに視線を逸らして、フッと息を吐いた。


「そうなんだ。まぁ、今はそのほうがいいよね」


 他の誰かを選ばれるよりも。


 お兄様はそう呟くと、膨らんでいた風船が萎むように脱力していった。


 とりあえず、お兄様が納得してくれたようで良かったわ。


「そういえばお兄様も以前結婚する気はないとおっしゃっていましたよね? お兄様もわたくしのように何か目的があるんですか?」


 わたしばかり質問されていたので、尋ね返してみた。何気なく、特に意味はなかったのに、お兄様は目に見えて顔を赤く染めた。


「いや、それは……」


 口元に手を当てて、モゴモゴと口ごもる。

 珍しかった。いつも冷静なお兄様が動揺しているなんて。


「——もしかして、どなたか心に決めた方がいるんですか?」

「えっ?」


 この質問は冗談みたいなものだった。お兄様にそんな人がいるそぶりなんて見たことがなかったから。

 でも、予想外なことに、指摘が少なからず当たっていたのか、さらにお兄様は顔を赤らめて慌てていた。


 わたしではなく、別の女性を想って、そんな照れくさそうなお兄様を見たとき、わたしは自分の反応にとても驚いた。


 だって、チクリと胸が小さく痛くなったから。


 どうしてかしら?

 自分自身が分からなかった。


 そういえば、いつかお兄様は誰かと結婚して、お嫁さんと一緒に暮らすことになるって思ったときも同じように嫌な気持ちになったわ。


 今だって、お兄様がこんなに赤くなって心乱れる姿を見たとき、お兄様にとってその女性が大切なんだと、そう気づいたとき、途方もない焦燥感が襲ってきたの。


 わたしが戸惑って言葉を失っている間、お兄様は視線を逸らすと、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「うん、そうだよ。実はいるんだ。好きな人が。でも、その人とは、どうあっても結ばれないから、結婚を今は考えてないんだ」


 また、そんな切なそうな顔でお兄様が他の女性のことを話している。

 そう思うと、また胸に痛みがあった。今回は締め付けられるみたいな苦しさで、さきほどよりも痛かった。


「そうだったんですか……」


 それしか言えなかった。

 お兄様に好きな人がいるって知った途端、とても嫌な気持ちになった。すごく悲しくて寂しくて、泣きたくなるような。


 まるで、お兄様を奪われたような喪失感。

 おかしいわ。だって、お兄様には前と変わらず大切にされている。何もわたしは失っていないのに。


 まるで、わたしがお兄様のことが好きで、その見知らぬ相手に嫉妬しているみたいじゃない――。


 その言葉が脳裏に思い浮かんだとき、自分の顔が燃えたみたいにとても熱くなった。




 §



 週が明け、学院生活がまた始まった。

 中休みになり、僕は一人で待ち合わせの場所に向かう。

 クリスの護衛はベナルサス様に頼んでいたが、用意を済ませて早く戻りたかった。

 普段ならこんな急な呼び出しには応じない。接点のない相手なら、なおさら。

 でも、昨日の食事会に招待した客――ゲシュー様のことがあった。正体不明な彼。その関係者かもしれない。とりあえず話だけでも聞こうと思った。


 相手が指定した場所は、鍛錬場の裏だ。わざわざ来なければ通行人すらいない人気のない場所だ。


「僕を呼び出した要件はなんですか? ロートル様」


 僕は相手と対峙する。

 僕と同じように黒髪で紫の瞳をしている一年生。確かアルメリア様の遠縁のマースン伯爵家だったはず。右目の下にほくろがある。


 ロートル様は不安そうに僕を見ていた。


「来てくれて感謝する。実はアルトフォード様に聞きたいことがあるんだ」

「内容に寄りますね」


 僕は端くれとはいえ貴族で聖女の護衛だ。何でもホイホイ答えるわけがない。

 ロートル様は少し躊躇するが、覚悟を決めたように口を開いた。


「アルトフォード様は、聖女クリステル様と血が繋がっていないのではないのか? 実は、あの家の養子ではないのか?」

「それをあなたに正直に教えることに僕にどんなメリットがあるんでしょうか?」


 内心冷や汗ものだが、顔色を変えずに答えたつもりだ。

 ロートル様は一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐに気を取り直した。


「すぐに否定しないということは図星か?」

「あなたの意図を探るためですよ。答えをすぐに教えては駆け引きもできないでしょう。説明する気がないなら、僕は妹が待っているので失礼します」


 言葉どおり踵を返した。


「待て! 話をまだ聞いて欲しい」


 僕は内心ほくそ笑むが、顔は仏頂面のまま、相手の希望どおり立ち止まって振り返る。


 ロートル様が再び話し出すまで待った。


「実は、私には兄がいる。二つ上で病弱で領地でずっと療養している。その兄とアルトフォード様が瓜二つなんだ」

「お互いに貴族ですから、どこかで先祖が近親だったかもしれませんよ」

「いいや。それだけではないんだ。兄は実は双子だったんだ。でも、フェーリデンの双子の件もあり、不吉だからもう一人は養子に出したと、私はだいぶあとで知ったんだ。それがあなたではないかと、もしかしたら思ったんだ」


 僕は言葉を失った。

 まさか、彼は本当に血が繋がった僕の家族なのか?


 でも、今更なのか。野犬に食われそうな場所に無造作に赤子を捨てておいて。

 手元に残した子供が病弱だったから、もう一人が必要になっただけではないのか。


 そんな恨みの感情が沸き上がって、そんな自分にびっくりした。


 僕を捨てた家族に認めてもらいたいなんて、今まで考えたことがなかった。

 ずっとリフォード家が僕の家族だと思っていた。


 でも、先日ゲシュー様から聞いた言葉が頭から離れない。


『今は手出しはできませんが、まだ先のことは分かりませんよ』


 クリステル。

 どんなに好きでも、決して手に入れられない。そうずっと思っていた。

 でも、もしかしたら。

 ロートル様の話は、彼女を手に入れられる最後のチャンスなのでは。


 そう思うと、一蹴できなかった。


「詳しい話を別の日にしませんか?」


 僕は最後まで諦めたくなかった。だから、一つの賭けに出ることにした。





 けれども、そんな僕らを遠くから見つめている人がいたなんて、このとき残念ながら気づきもしなかった。


「うふふ、面白くなってきたわね。マクリーナ様にさっそくお知らせしなくっちゃ」


ここで第七章の終わりです。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

次話から最終章である第八章に入ります。

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