新しいレシピ
主人公のクリス視点です。
「今日はお忙しいところお越しくださり、みなさまありがとうございます」
みんなの自己紹介が無事に終わったわ。わたしが挨拶をして最後に座る。
「クリステル嬢のお誘いなら、なによりも優先するとも」
「そうですよ!」
「誘っていただいて大変光栄ですわ」
みんなから好意的な返事をもらえて、ポカポカと胸が温かくなる。
「ありがとうございます」
にっこりと心からの笑顔を浮かべた。
ホント、上手く誤魔化せて良かったわ。
ウィルフレッド様の手前、初対面の人を招待したって言いづらかったから、紹介するときに困っていたのよね。
でも、わたしが尋ねる前にゲシュー様が自己紹介してくれて助かっちゃった。
しかも、前から知り合いみたいな感じで。
もしかして、色々と察してくれたのかしら。空気が読める人って素敵!
厨房でコックが料理をしているのだろう。先ほどから肉を揚げている美味しそうな匂いがこちらまで漂ってくる。
マーサにウィルフレッド様との仲を誤解されていたけど、エルク先生のおかげで助かったわ。
まさか彼が家の前にいるなんて、思いもしなかった。しかも信奉者を二人も引き連れて。
男性の彼一人だけなら誘いづらかったから、むしろ好都合だったわ。
ふふふ。わたし、悪女ですもの。
ウィルフレッド様と二人きりにならないために手段は選ばなかったのよ。
こういうのを前世では渡りに船っていうのよね。
でも、いきなり食事会に誘ってしまったけど、大丈夫だったかしら?
三人を見るとニコニコしてご機嫌な様子なので、みんなの都合は悪くなかったみたい。一安心だわ。
それにしても、まさかエルク先生同様にカミーラ様がわたしの信奉者だったとは知らなかったけど。
だって、彼女はエルク先生ルートでは主人公のライバルじゃなかった?
現在、エルク先生ルートじゃないのに彼女が登場しているのも分からないけど、わたしに初めから好意的なのも分からない。
ゲームと同じとはいえ、わたしが聖女じゃなくて悪女を目指して違う行動を取っているから、これもその影響かも。
王女の件といい、見たことがない展開が最近起きている気がするから、気をつけないとね。
エルク先生が連れてきた黒髪の男の子をチラリと見る。彼はゲシュー様と名乗っていたけど、詳しい身元は分からないのよね。
こんなに邪魔そうなほど前髪が長い学生を学院で見かけたことがなかった。
まぁ、元々知っている人より知らない人のほうが多かったわよね。あとで詳しく話を聞きましょうっと。
世間話で間を持たせたあと、いよいよ食事の時間となった。
「ウィルフレッド様のご希望により、新しいレシピでお食事を用意しましたの。お口に合うと嬉しいのですけど」
わたしがメニューについて触れると、話題の当人がニコリと笑顔を浮かべてくれた。
今日の彼の格好は、騎士の制服ではなく、完全にプライベートなスーツだ。落ち着いた茶系の柄布地に美しく刺繍が施されている。中の白ベストもお洒落で素敵。
「以前のニチュパスタは大変美味だったぞ。美味しそうな匂いが漂っているが、今日はどういうものなのだ?」
ウィルフレッド様が緑の目をキラリと輝かせている。
ふふふ。プリンの件といい、負けず嫌いの彼は意外と食いしん坊なのよね。もちろんデザートも用意している。今日もわたしの手作りよ。
「今日はお肉を使った料理です。唐揚げと肉団子ですよ」
高貴な貴族の食卓は庶民と違って、高価な肉料理が基本らしいの。だから、貴族相手に庶民的に野菜ばかり食卓に並べちゃうと、「こんな粗食で、馬鹿にしているのか」って思われることもあるみたい。
だから、今回はウィルフレッド様が主賓だし、肉料理をメインにすることにしたの。
でも、ふだんと同じものだと、いつもと代わり映えがないじゃない?
だから、我が家でも手に届く食材で、前世でよく食べていたものを選んだの。
それは鶏肉。レシピはしっかりと覚えていて全然問題なかった。
「聞いたことがないレシピだな。どのような調理をするのだ?」
「両方とも植物からとった油で高温調理して火を通すんです。油は鉄板に食材がこびりつかないように調理前に薄くひいて使いますけど、今回は贅沢に肉全部が浸るくらいで調理するんです」
「ええ!?」
これに驚いた反応をしたのは、庶民のエルク先生とカミーラ様だ。
「そんなにいっぱい油を使うんですか?」
「ええ」
カミーラ様の問いにわたしはうなずいた。
我が家のコックも最初はこんなに油を使うなんてもったいないと渋い顔をしていたくらいだもの。
このあたりでは、油に浸して調理するって発想がなかったみたい。
使ったあとの油は、前世ならゴミとして捨てていたけど、今はとても貴重だから石鹸にするつもり。前世の子どもの頃に夏休みの自由研究でゴミと匂いをとってから木灰と混ぜて作ったことがあったの。
「ふむ、以前も変わった料理だったが、今日も斬新な調理方法を披露してくれるのか。楽しみだ」
ウィルフレッド様が楽しそうに目を細める。
「肉はごちそうですよね。お招きいただいて、とても嬉しいですわ」
カミーラさんが目を輝かせて微笑んでいる。
「僕も嬉しいです。そういえば、クリステル様のお兄様はどうされたんですか? いつもご一緒でしたよね?」
エルク先生が首を傾げて不思議そうに尋ねる。
「お兄様はヴュンガの練習に行っているのです。お昼には戻る予定なのですが、少し遅れているみたいですね。お兄様はあとで参加するので、お気になさらないでくださいね」
ほんと、お兄様には早く帰ってきてほしいですわ!
そのとき、マーサがワゴンを押して食事を運んできてくれた。
彼女一人では大変なので、わたしも補助で手伝う。
「いつもなら一品ずつお出しするんですけど、本日は一度に全品出しますね。お肉と一緒に他の品も一緒に食べるんです」
だって、油で揚げた肉を食べたら、あっさりしたものを口直しに食べたくなるじゃない?
「これは、すごい香りだな。匂いだけで食欲が刺激される」
「うふふ、ウィルフレッド様のお口に合うと良いのですけど」
メインが油料理なので、油で胃もたれしにくいように食物繊維が豊富な野菜を選んでみた。
こちらの世界でもキャベツみたいな野菜があり、それを生のままでは食べないので、彩りも考えて色んな野菜も入れて酢漬けにしてもらった。
スープも野菜ときのこのおかげで繊維たっぷりだ。
パンも唐揚げに合うようなあっさりしっとりタイプを用意した。
みんなの前にお皿が並んだので、いつもどおり神へ祈ったあと、さっそく食事が開始した。
「まぁ、とっても美味しいですわ。外側はカリッとして香ばしく、中はとても柔らかく肉汁がたっぷりですね。こんな食感は初めてですわ」
唐揚げに感激して、詳しく解説してくれたのはカミーラ様だ。
唐揚げはしっかり下味をつけていたから、調味料が肉によくしみている。相変わらず我が家のコックは丁寧に調理してくれるから火加減はちょうど良い。
この地域のお肉料理は、しっかり焼き上げるから、結構パサパサになっている場合が多い。でも、唐揚げみたいに衣をつけて高温で調理すると、表面に膜ができて肉本来の水分が逃げにくくなる。そのためカミーラ様が感動したようにジューシーな食感に仕上げることができる。
「このとろみのあるタレも不思議ですね。甘酸っぱくてとても良くお肉とあいますわ」
次に肉団子を食べたカミーラ様は、すごく感動したらしく力説してくれた。
肉団子はとろみをつけた調味料を絡めている。ニチュのソースだ。ここでは馴染みのない味付けだから、斬新に感じたのだろう。中に入れたレンコンっぽい食感がいい味を出している。
「ふむ、大変美味だ。調理方法でこれほど違うとは。今まで味わったことがない食べ方だな。まるで違う世界の料理みたいだ」
ドキッ。
ウィルフレッド様のずばり的を射た発言に動揺しちゃう。
「まぁ、ウィルフレッド様。お褒めいただき、ありがとうございます」
ニコニコと笑顔を浮かべて、なんとか誤魔化した。
「どういう風にこんな斬新な料理を思いついたんだ?」
えっ、そこを尋ねてくるんですか!?
わたしの背中に冷や汗が流れてくる。
全部、前世の記憶のおかげなのよね。
でも、この世界では前世の話を聞いたことがないから、変な目で見られないように言わないようにしている。
前世の世界の食事を作れば、変わった料理だからウィルフレッド様は喜んでくれるかなって思ったけど、あまりやり過ぎて疑われてもダメよね。
家族以外には前世料理は控えたほうがいいわね。
「あの、夢の中で見たので、試してみたら美味しかったんです」
「ほう。やはり神の御加護があったからなのか。素晴らしいな」
とりあえず色々と不安はあったけど、みんな満足してくれて良かったわ。
「素晴らしい恵みは、神々のおかげですよね」
わたしは当たり障りのない返答をしてやり過ごした。
ウィルフレッド様だけではなく、他の人も感心した顔で頷いている。
なんとかはぐらかすことができて良かったわ。
あら!? 今日初めてお会いしたゲシュー様が泣いている……?
彼は濡れた頬をナプキンで拭っていた。




