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帰りの馬車にて

 わたしたちが乗る馬車は、まだ愛しい我が家には到着していない。

 今はちょうどお昼の時間帯。

 大通りは多くの人で賑わい、混雑している。だから、馬車もゆっくりな速度で進んでいる。

 我が家は王都に居を構えているとはいえ、広大な学院からの道のりは遠い。

 家に帰るまでは気を抜いてはダメだと思っていたけど、隣に大好きなお兄様がいるので、ついつい甘えたくなる。


「お兄様、わたくし今日はがんばったので、ご褒美をくださいませ」


 横に座っているお兄様に向かって笑顔で両手を広げる。

 こうすれば、いつも抱きしめてくれる。


「え、でも……」


 ちらりとお兄様はわたしたちの向かいに座る護衛騎士に視線を送る。


 そこには、目の保養になるほどの美丈夫が一人座っていた。

 格好は、ごく普通の騎士のもの。髪はわたしと同じ金髪だけど、色は少し暗めだ。一本に編まれて胸元あたりに垂れ下がっている。

 両手を膝の上に置き、姿勢よく座り、窓の外を向いたままでいる。


 彼は最初の顔合わせのときにわたしたちにウィルドと名乗っていた。騎士団長に命じられてきたと説明していた。


 でも、彼の本当の名はウィルフレッドで、二十三歳という若さで騎士団長に就任している。


 そう、恐ろしいことに彼も攻略キャラだ。


 前世の知識のおかげで彼の正体を知っているけど、本当なら知りえない情報だ。

 偉い人になかなかお目にかかる機会は少ないから、わたしもお兄様も現時点では騎士団長の顔を知らないし、会ったこともない。

 だから怪しまれないようにお口にチャックしてお兄様と同じように「ただの護衛騎士」だと騙されたままでいる。


「僕はまだ任務中だから、家に帰ったらね」


 お兄様はわたしの耳元でこそっと返事をする。


「はい」


 ダメとは言わないお兄様の優しさに温かい気持ちになる。もう幼い子供でもないのに、決して拒んだりしない。我が家の家族はいつまでもわたしのことを甘やかしてくれる。だから、とっても大好きだ。


 それにしても、なぜ騎士団長が一介の騎士に扮しているのか。この理由も実は知っている。

 聖女わたしを見極めるためだ。

 騎士団長という立場で対面しても、相手に淑女の仮面をかぶられると本性までは分からない。ならば普段のありのままの姿を直接自分の目で見定めようと思ったらしい。男爵令嬢の聖女は、信頼に値する人物なのかと。


 これから聖女として魔物討伐に騎士団と同行する機会が増えてくる。その前に扱いをどうするのか指揮官として判断の材料にするためだ。


 ゲームの中では、騎士団長は聖女の素晴らしさに触れ、彼女を崇拝し、やがて恋心を抱くようになっていた。

 けれども、悪女を目指すわたしは、恋愛をするつもりもないし、騎士団長エンドもありえない。


 ならば、淑女らしくない、甘えん坊のわたしのありのままの姿を見てもらおうって考えたの。

 きっと幼くて頼りないと、幻滅なさるに違いないと。


 ふふふ、なんて悪女らしい考えでしょう。

 変に畏まらなくていいし、お兄様には普段どおり接することができるし、一石二鳥。

 我ながら、狡猾すぎて高笑いしそうになる。


 思わずにやけそうになる顔を抑えつつ、ちらりと騎士団長を再度盗み見る。

 彼は前国王の末子であり、現国王の弟だ。

 若くして騎士団長という重要な地位に任命された理由は、高貴な血筋だけではない。

 幼いころより優秀さで知られ、修学院を首席で卒業したのはもちろんのこと、騎士としての魔物討伐実績は数知れない。

 魔法にも秀で、その能力をフルに活用し、魔法具の開発にも携わっている。

 さらに芸術をこよなく愛し、竪琴の腕前も素晴らしく、宴の席ではプロ顔負けの演奏を披露する。古語にも精通し、情緒的な詩を軽々と誦じ、教養もとても高い。


 まさに乙女系ゲームでは理想的なスペックの高さ。

 でも、この騎士団長はいまだに結婚していない。婚約者すらいない。

 貴族社会では、学院在籍中から婚約が決まっていく。そして、この国の成人は十八歳なので、だいたい卒業後には結婚していく。二十歳までには、ほぼ縁組は決まっているのが常識。そんな中で、優れた血筋、容姿と能力だけで引くてあまたであろう人物が未婚のままなのは、深い理由があった。

 それはこの人の性格だ。


 貴族の間でも有名な話になっているくらい、異常なほど負けず嫌いらしい。


 年子の姉がいるが、どうやら彼女と常に競い合うように育ってきたようだ。

 だからなのか、自分の伴侶となる女性には、自分と同じだけの能力か、自分より秀でたところがないと嫌だと宣ったらしい。

 膝を折り求婚するならば、自分を屈服させるほどの相手がいいと。


 それを聞き、自信のあった女性や、勝負にさえ勝てば玉の輿と喜び勇んだ女性たちは、彼に次々と挑戦を申し込んだ。けれども、女性の得意分野にて出された課題でも彼に勝つことができず、彼を得ることができなかったようだ。


 そして今に至る訳だ。


 果たして彼みたいなハイパーチートな人に勝てる女性なんて、今後もいるのだろうか。

 彼は自分でハードルを上げてしまい生涯独身まっしぐらだけど、めざせ悪女なわたしにとって、少しだけ共感できる。

 うんうん、結婚だけが幸せじゃないよね。


 実は騎士団長は、お兄様ほどじゃないけど、他のキャラよりは攻略の難度が高い。

 今日彼が帰るまでに彼からの信奉値を上げなければ、今後何もイベントが起きなくなる。

 つまり、今回穏便に彼にお帰りいただければ、彼との恋愛フラグを立てずに済む。


 ゲームのテーマが「禁断の恋」だから、歳の差のカップリングとして彼が攻略キャラだったけど、今は現実。

 彼を年下子供好きの変態にさせてしまったら大変可哀想だ。


 だからこそ、彼との関わり合いを避けようと固く決意していた。


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