三つの用件
翌日、戦争に行くような気分で学院に登校したところ、勝ち誇った王女と廊下で出会った。
「まさか、陛下のご命令にまで逆らうつもりはないでしょうね?」
こちらが黙っていると、王女はせせら笑いながら取り巻きたちを引き連れて去っていった。
あちらはもう勝った気でいて、わたしたちの企みに全然気づいていないようだ。
でも、陛下への面会願いまで却下されたら、わたしたちは万事休すだ。
不安を抱えたまま、落ち着かない状態でなんとか一日の講義を終えた。
放課後になり、帰りの馬車でわたしたちを迎えに来てくれたのは、なんとウィルフレッド様だった。
頼もしい味方が来てくれて、かなり心強かった。
自然と笑顔が浮かぶが、相手は少し緊張した顔つきをしていた。
「話はリフォード卿より聞いている。陛下が会ってくださるそうだ」
「まさか本当に会ってくださるとは」
お兄様が安堵の声を漏らした。断られることも想定していたようだ。
わたしも一安心してお兄様と見つめ合って微笑んだ。
「もしかして、ウィルフレッド様がお口添えしてくださったのでしょうか?」
わたしが尋ねると、彼は小さくうなずいた。
「ああ、だから私も同席することになっている」
「それは、まことにありがとうございます」
ウィルフレッド様に今度お礼しなくちゃ!
「ああ、気にするな。それより、護衛の変更について陛下から命令があったそうだが、騎士団長である私に話が通ってなかった」
ウィルフレッド様は眉間に皺が寄せながら両腕を組んでいた。
「その問題にマクリーナ王女が関わっていると聞いたが、まことか?」
おっと。この意外そうな反応は、ちょっと予想外だった。
お兄様も目を見開いて驚いている。
「もしかして、ウィルフレッド様の中ではマクリーナ王女の評価は結構高いのですか?」
わたしの問いに彼はすぐにうなずいた。
「ああ。礼儀正しい態度であったし、成績も優秀だと聞いている。はじめ聞いたとき、意外に思ったくらいだ」
あの悪役王女が次期女王として認められている状態を不思議に思っていたけど、どうやら城の中では模範的な後継者として振る舞っているようだ。
「そうだったんですね。わたくしから見た王女は、とてもわがままなお子様に見えます」
ウィルフレッド様の片方の柳眉がピクリと上に動く。
彼は何やら面白いものでも見つけたみたいに翠瞳を輝かせた。
「かまどの神の加護を受け、学院を混乱に陥れた魔物を見事見破って追い払い、呪われたドレスを圧倒的な力で浄化したクリステル嬢がそこまで言うなら私も信じよう」
ニヤリと意味深に笑うけど、そこまで期待をされても、聖女として名声を上げる気はサラサラないですからね!?
むしろ悪女として頑張る気満々で、ウィルフレッド様の肝を冷やしちゃうかも。
もうすでに心の中でわたしの悪女伝説のプロローグが勝手に流れ始めているもの。
「是非、楽しみにしていてくださいませ」
フフンと意地悪くほくそ笑んだ。
ウィルフレッド様とお兄様と共に城に入り、お父様と合流したあと、陛下のもとに向かう。
悪女になりきっているせいか、以前よりはビビらなかった。
ウィルフレッド様は慣れた様子で、城の中を進んで行く。さすが王弟って感じだ。
警備兵がいる部屋の扉をノックして彼は入室する。
わたしたちも続いて入ると、部屋の主が不機嫌そうな表情でわたしたちを待ち受けていた。
陛下の執務室だと思うけど、いくら調度品が最高級のもので囲まれていようと、今のわたしは気にしている場合ではなかった。
「ウィルフレッド、ご苦労」
陛下は椅子にふんぞり返り、こちらを値踏みするような不躾な視線を向ける。
その後ろには文官が二人控えている。
「クリステル嬢、挨拶は抜きでいい。余に申したいことはなんだ?」
陛下の姿形が、王女ともそっくりだ。さすが親子。中身まで似ているのだろうか。そこまで性格が悪いとお父様からは聞いていなかったけど、ちょっと心配になる。
でも、言いたいことは言いますけどね!
「陛下、用件は三つあります。一つ目は、わたくしの護衛の件。二つ目は、マクリーナ王女のこと。三つ目は、養女の件ですわ」
「うむ」
手短に返事が来たので、さっさと説明することにした。
「陛下からの下知があり、わたくしの護衛の変更を命じられました。陛下はそのことをご存知ですか?」
「其方の護衛の件は、何も聞いていないが?」
陛下の顔色が変わった。本当に知らなかったらしい。
「ですが、陛下の印璽が押された書状をお父様が渡されたのです」
「その書状を見せてみよ」
お父様が持参した書状を陛下に差し出した。見た瞬間、眉間に皺が寄っていた。
「この書状を誰から渡されたのだ?」
「マクリーナ王女です」
「マクリーナを呼べ」
すぐに王女が現れた。
最初陛下に呼ばれて嬉しかったのか王女は笑顔だったが、わたしたちに気づいた瞬間、顔色をなくして強張った。
「この書状を其方がリフォード卿に渡したと聞いたが、まことか?」
「はい。そのとおりでございます。陛下」
淑女らしい礼をする。王女らしく品のある振る舞いだ。
「だが、余はこの書状に印璽を押した覚えはない。もしや、其方がやったのか?」
王女はとても申し訳ないと言った殊勝な表情を浮かべた。
「申し訳ございません、陛下。お願いに上がった際に不在だったので、お手を煩わせるのも悪いと思い、私が書状を作成しました」
王女が認めた!
あっさり過ぎて、むしろ不気味すぎる。
「勝手に印璽を使うなど、あってはならないことだ。公文書偽造だぞ」
「申し訳ございません。私の考えが甘かったです」
陛下は疲れたようにため息をつく。
「しかも、護衛の任命は騎士団の管轄だ。其方はウィルフレッドの顔にも泥を塗るつもりか」
「本当に申し訳ございません。私、本当に愚かでした」
王女は泣きそうになりながら、必死に頭を下げていた。
まるで本当に自分の浅慮を反省しているように。
とても素直な態度だったので、王女をさらに責め立てる者はいなかった。
「処分はこれから考える。それでクリステル嬢。次の用件はなんだ?」
陛下は無表情で何を考えているのか分かりにくかった。
「王女の学院での態度です。身分を問わないはずですのに、権力を笠にきた発言を何度もされていました。護衛の件もわたくしに直に命じていたんです。次期女王に逆らうなんて許さないと。それだけではなく、他の女子学生ともトラブルを起こしていたようで、その相手は王女のお茶会の帰りに暴漢に襲われて髪を切られたそうです。このまま看過してはご本人のためにならないと思いました」
「それはまことか?」
陛下は視線を王女に変えて静かに確認する。
「いいえ、違います! 誤解ですわ!」
王女は悲痛な表情をして、真っ向から否定した。
「確かにクリステル嬢のおっしゃるとおり、護衛の変更についてはお願いしました。次期女王の私に仕えたほうが、将来あなたの兄のためになると。また、私としても次期女王として優秀な人材を傍に置きたかったのです。理解を求めるためにその点を丁寧に説明しましたが、もしかしたらそれが圧として感じられたのかもしれません。ごめんなさいね。そんなつもりはなかったの」
王女は人が変わったようにわたしに謝ってきた。
「お茶会の件はどうなのだ?」
陛下はさらに王女に尋ねていた。
「とても珍しいネックレスをされていたので、それを褒めたんです。すると、相手がそのネックレスを私が欲しがったみたいに受け取ってしまったみたいで、気分を害してしまったんです。その場では謝ったんですけど、トラブルになったと噂になってしまったみたいなんです。さらに、不運なことにその方が帰り道に暴漢に襲われたそうですの。タイミングが悪かったのか私が何かしたように疑う人もいたみたいです」
王女の目から涙が流れている。悪い噂を流されて、本気で悲しんでいるように見えた。
見事な言い訳と演技力にわたしは思わず感心してしまう。
なるほど! これなら評判の良さに納得だわ。
「そうか。クリステル嬢、マクリーナの言い分を聞くと、どうやら何かお互いに行き違いがあったようだぞ。噂についても、身分ゆえに揚げ足取りのようなやっかみも多いのだ。王女の未熟な点は、余が責任をもって指導するので安心するがいい」
その言葉を聞いて、慌てて首をブルブルと横に振った。
「いえいえ、安心とはほど遠いです」
「なに?」
陛下は不快そうに眉をひそめた。
「余の決定に不服があると申すのか」
「はい。マクリーナ王女の見事な演技に陛下がすっかり騙されていたものですから」
淡々と事実を述べると、陛下は怪訝そうな顔をする。
「演技だと? 何を証拠にそんなことを申すのだ」
「そうです。誤解とはいえ陛下の御前で酷いですわ」
王女は被害者といった風に美しい目に涙をたたえ、さめざめと悲しみに打ちひしがれている。
庇護欲を掻き立てるような見事なふるまいだった。
まるでわたしのほうが、王女にいちゃもんをつける悪党みたいだ。
「証拠がない以上、何を言っても水掛け論だ。この話題はこれで終わりだ」
「ですが陛下」
わたしがなおも食い下がろうとすると、王女の悲痛な泣き声が部屋に響き渡った。
「申し訳ございません……。私が至らなかったばかりに」
王女は嗚咽を上げて泣き始めていた。それを見つめる陛下の眼差しに少し同情が込められていた。
「王女も深く反省している。それでもなお責めるつもりか」
陛下がわたしに非難の目を向ける。鋭い眼光と語気は、さすが国王なだけあり、威圧感が半端なかった。
ヒックヒックと泣きじゃくる王女の声が先ほどからずっと聞こえる中、わたしと陛下はしばらく睨み合った。
その緊迫した空気を打ち破ったのは、陛下だ。
「さっさと次の用件を話せ」
正直なところ、陛下の結論にものすごくがっかりした。
ネックレスの件も話題に出したのに、その相手から確認する素振りも見せなかった。二件も続けて同様のトラブルがあっても、怪しいと思わず王女の言い分を完全に信じて誤解だと済ませた。
それならわたしも遠慮なく悪女をやらせてもらうわ!
こちらを面倒くさそうに見つめる陛下をギラリと睨みつける。
「わたくしを信じてくださらなかったことは本当に残念です。これから養女として迎えてくださる方が実子を優先されるなら、わたくしにも考えがありますわ」
そう強気で言い放った。
「クリス、陛下に失礼だぞ」
今まで黙って見守っていたお父様が、さすがに喧嘩腰になったわたしを止めに入った。
隣にいたお兄様でさえ、わたしの背中をツンツンと突いて止めに入っていた。
「いいえ、お父様。わたくしの後ろ盾になってくださる方がこんなに頼りないなら、養女の件はなかったことにしてくださいませ」
「リフォード卿! 其方、娘の教育を誤ったようだな! 陛下に失礼だぞ!」
陛下の後ろで見守っていた文官の一人が、激しい叱責をぶつけてきた。
席にいる陛下の口から、呆れたように重いため息が漏れた。
「話は終わりだ。去れ。これ以上、聞く気になれぬ」
陛下も不快そうに拒絶を口にすると、追い払うように手を振り払った。
刺々しい雰囲気が室内を充満する。
もうわたしの話を聞いてくれる状況ではなかった。
お父様が申し訳ございませんと土下座しそうな勢いで頭を下げていた。
王女をちらっと見つめたら、両手で顔を覆っていたが、彼女の口の端がわずかに上がって笑いを堪えているようだった。
王女は完全に自分の勝利を確信しているようだった。
それを見た瞬間、激しいライバル心がわたしを奮い立たせる。
悪女として上なのは、このわたしよ。
このまま泣き寝入りなんて、するわけないでしょ。




