ヴュンガの応援
放課後になり、お兄様と一緒に学院内を移動していると、校門側の掲示板エリアに人だかりができていた。
「なんでしょう?」
わたしが尋ねると、お兄様が何か思い出したような顔をした。
「そうだ! ヴュンガのチーム発表が今日だったんだ」
「え、今日だったんですか?」
「そうだよ。ちょっと見てきてもいい?」
「ええ、もちろんですわ」
ヴュンガは、八名同士で対戦する戦闘ゲームだ。チェスに似ている。
王が負けるか、陣地を盗られたら、勝敗が決まりゲーム終了となる。
シンプルだからこそ、選手の力量がものを言う。騎士の間でも流行っているゲームなので、国際試合となると、大変な盛り上がりになる。
「お兄様、申し込んだって言ってましたよね?」
「ああ」
学院では、三年生から五年生の希望者から優秀な人が選ばれる。
三チームあって、優秀なチームは学院代表として、他国の学校との試合に出場できるらしい。
実力主義なので、三年生から選ばれるのは、すごく稀で栄誉なことだ。
人混みをかき分けて張り紙の前まで行き、名簿の確認をする。
「あら、お兄様の名前がありましたわ! おめでとうございます!」
「まさか本当に選ばれるとは思ってもみなかったよ」
他に誰が知っている人がいるのか確認したところ、三年生の中では王女が選ばれていた。
「あの女、許せない……」
賑やかな声に混じって、低い恨めしそうな声が聞こえた。まるで誰かを呪い殺しそうな憎しみを感じた。
驚いて振り向くと、近くに赤毛のベナルサス様がいた。
彼は昏い目をしていて、掲示板の張り紙を睨みつけていた。
その別人のように恐ろしい表情を見て、わたしは思わず息をのんだ。
「ベナルサス様?」
彼はわたしに気づいて目が合った途端、黙礼して逃げるように去っていった。
どうしたんだろう?
「クリス、お待たせ。さぁ、帰ろう」
お兄様がわたしの手を握って先導して、人混みの中から抜け出た。
「早速今度の休みに練習試合があるんだ。クリス、お留守番を頼むよ?」
「えっ? わたくし、応援に行きたいですわ」
「気持ちはありがたいけど、僕がいないと護衛がいないよ。来てくれるなら、他に誰か護衛してくれる人を誘ってみて?」
「はい……」
他に行ってくれる人か。誰だろう。
馬車に揺られながら考えてみた。
お父様はきっとお仕事で忙しいから無理よね。
王子? 誘えば了解してくれそうだけど、アルメリア様に申し訳ないわ。
ウィルフレッド様? 騎士団長だし、お父様みたいに忙しそう。
エルク先生は、頼めば了承してくれそうだけど、下僕だから用事があっても引き受けてしまいそう。
ベナルサス様は、まだ不仲のままだ。きっと断られそう。
それに、とても大事なことがあったじゃない?
ほら、こんなデートっぽいイベントで、攻略キャラを誘っていいはずがない!
絶対にダメよ!
となると、もしかして誰もいない?
ガーン、どうしよう!?
「お父様、どうしたらいいでしょう」
夜に帰宅したお父様にすぐさま相談してみた。居間のソファで寛ぐお父様の横にわたしも甘えるように座る。
「ああ、それなら私と一緒に行けばいい。三年生からヴュンガの選手だなんて、私も鼻が高いぞ。はっはっは!」
「それはとても嬉しいのですが、お父様のお仕事は大丈夫なんですか?」
「非番の人と交代してもらうから大丈夫だ。クリスとお出かけなんて、陛下の養女になったらできなくなるからな。何よりも優先するとも。まぁ、少しばかり同僚に心遣いは必要だがな。最近騎士団ではプリンが人気だから、それで大丈夫ではないか?」
「まぁ、それならわたくしでもお役に立てそうですわ!」
プリンがみんなに好評で良かった!
早速お礼用のプリンを作らなくちゃ。
お兄様の応援のために学院の屋外にある練習場にいた。
広い砂地のスペースには、あらかじめヴュンガ陣地用の白線が引かれている。
野球場みたいに周囲に観客席もあるので、そこでお父様と仲良く敷物の上に座っていた。
わたしたちだけではなく、他の学生たちや、学生の保護者もちらほらと見学に来ている。
「あら、アルメリア様! いらっしゃったんですか?」
なんと王子と一緒に来ていた。二人の仲が順調そうでなにより。
良かったー! 王子を誘わなくて!
にやにや見つめていると、王子から恥ずかしそうに視線を逸らされた。
「クリステル様もいらっしゃったんですね。お兄様が選ばれたので、応援に来ましたの」
「まぁ、どの方ですの?」
「あちらにいる人ですわ。四年生ですの」
アルメリア様が指差したほうを見ると、彼女によく似た男子学生がいた。
あら、よく見ると、お兄様とも雰囲気が似ているわ。
髪と瞳の色が同じせいかしら。
「アルメリア様じゃないか」
「あら、ロートル様!」
黒髪の男子がアルメリア様に近づいてきた。彼女と挨拶をしている。わたしたちと同じ年頃に見える。
「こちら、当家と遠縁にあたるロートル様ですの。同じ学年ですのよ」
「クリステル嬢のことは良く知っている。学院では、有名だからな」
「ありがとうございます。ロートル様、お話できて嬉しいですわ」
親戚だから彼もアルメリア様と雰囲気が似ていた。
右目の下にあるほくろが印象的だった。
わたしたちと同じ学年らしいけど、彼のことは全然知らなかった。
そのあと、少し世間話をしたあと、アルメリア様たちと別れた。
二人のお邪魔をしたら悪いし、せっかく一緒に来てくれたお父様を放置したら申し訳ないもの。
ロートル様はアルメリア様ともっとお話をしたそうだったけど、王子と来ているからとあっさりと断られていた。
そっか。学院は学ぶだけではなく、貴族にとって社交の場なのよね。
「お父様、お兄様の駒は何ですか?」
「歩兵らしいぞ。まぁ、三年生だし、様子見を兼ねてそんなものだろう」
歩兵三人以外には、騎士、魔法士、王妃、王がいる。駒によって装備や行動が制限される。
さっそく練習試合が始まっていた。
お兄様は幸いなことに王女とは別のチームで、今回は王女チームとは戦わないようだ。
正方形の陣地が用意され、区切られたマスの上で駒たちが王の指示で動く。
チェスと同じように駒ごとにマスの進み方は違う。
歩兵は前方に配置されているので、すぐ色んな敵の駒と対峙する。
さっそくお兄様のマスに敵方の歩兵がやってきた。
チェスと違うのは、最初の敵の先制を防げば、反撃できる点だ。上手く攻撃がヒットしたり、武器を落とさせたり、相手をコマから押し出したりすれば、相手の駒が盤上から消える。
歩兵の装備は、小型の盾と小型の模造剣だ。刃はついていない。
マスに侵入した敵から先制攻撃する。
敵は大きく剣を振りかぶってお兄様を狙うが、寸前で避けて剣で反撃する。わたしには見えなかったが、敵のどこかに当たったんだろう。
防具からピンクの煙が出て、敵の駒は盤上から去っていく。
全ての駒は、安全のために全身に防具を身につける。その防具は特殊で、攻撃が当たったら反応があり、すぐに勝敗が分かるようになっている。
「お兄様! さすがですわ!」
絶賛していると、他からも感心したような歓声が上がっていた。
「うむ。アルトの動き、見事だった」
お父様も満足そうにうなずいている。
それから何度か攻防を繰り返し、お兄様が敵側の陣地の最後まで進み、勝敗を決した。
「あの、歩兵なかなかやるな」
「三年生らしいぞ」
うふふ。お兄様の話をしているわ。
お父様とニヤニヤしながら聞き耳を立てていた。
次は、勝ったお兄様チームと、王女がいるチームが対戦するようだ。
王女が余裕の笑みを浮かべて王の横にいる。
王妃の装備は、勝敗の判定用の防具は必須だが、それ以外には制限がない。何か秘密兵器を隠し持っているのだろうか。
試合が始まり、王の指示で駒たちが動き出す。戦闘が行われるたびに客席から歓声や応援の声が上がる。
お兄様は歩兵として大活躍している。魔法士の魔法攻撃すらも、自分の防御魔法で防いだ。歩兵は防御だけなら魔法を使える。
お兄様は盾にかけた反射魔法で敵の魔法を弾き返し、敵を見事に倒した。
会場に感嘆の声が大きく上がったとき、思わず興奮して拳を握ってしまったわ。
「三年生でアレが使えるのか」
「しかも無傷か。見事だな」
うふふ。お兄様が注目されているわ。
お兄様は素晴らしいんですよ!
そのあと、ゲームを見守っていると、王妃の駒である王女もマスを進め、なんとお兄様と対戦することになった。
王女は装備していた剣でお兄様に斬りかかる。剣同士ぶつかり合った瞬間、お兄様が持っていた剣があっけなく砕け散った。
なんと、お兄様が負けて盤上から退いてしまった。
残念だけどゲームのルールだから仕方がない。
「クリス、王女の剣をよく見るんだ。かなり強力な魔法がかかっている」
お父様に言われて目を凝らしてみた。確かに王女の剣が魔力を帯びてわずかに光っていた。
「三年生の中から選ばれるだけあって、王女様は強いんですね」
感心しながらつぶやくと、お父様は微妙な反応をされた。
「いや、でも剣まで破壊するなんて強すぎる。もしかして、あの王女の兜だが、あれは聖騎士の鎧のものではないか?」
王女の兜は、白銀の金属製だ。表面に細かい装飾がされている。量産品とは違い、見るからに値が張りそうだ。
頭は攻撃不可なので、当てただけで相手の駒は盤から退場になる。だから、判定用の防具ではなく、各々頭部用の防具を用意していた。
「聖騎士の鎧って、なんですか?」
「知らないのか? 初代国王になった聖騎士が、女神から鎧を賜ったんだよ。その兜を王女が今かぶっているようだ。加護つきだから、とても高性能だと言い伝えられていたが、まさか城から持ち出してヴュンガで使うとは」
「でも、王妃の駒は、特に装備に制限はないんですよね?」
「そうだが、強力すぎるものを使われてもな」
お父様は面白くなさそうな顔をしていた。
要は兜のおかげでお兄様に勝ったのだと言いたいらしい。
「まぁ、装備が自由なのは、王妃の駒だけですし。元々女子へのハンデのためだったんですよね」
「うむ」
それからゲームを観戦していたが、王女が次から次へとお兄様チームを撃退していき、圧倒的な攻撃力を見せつけていた。
ゲームが終わったあと、王女は誇らしげに笑っていた。だが、周囲の反応は極端に分かれた。王女にあからさまに擦り寄る者がいれば、お父様みたいに不服そうに見つめている者もいた。
何度か試合をしたあと、休憩時間になったので、お兄様のもとへお父様と向かう。
その途中、見知った赤髪の男子を見かけた。
ベナルサス様だ。観客と混じって選手に向かって移動していた。
彼も誰かを応援しに来たのだろうか。
でも、すぐに彼の異変に気が付いた。
ベナルサス様の右手には、ナイフみたいな小刀が握られていた。
彼の視線の先には王女の姿が。彼女はチームの男子と話していて、ベナルサス様の接近に気づいていない。
掲示板のときに聞いた彼の恨みの声を思い出す。
このまま見過ごしたら、ベナルサス様がとんでもないことをしでかす気がした。




