王女との関係
放課後になり、お兄様と一緒に学院内を歩いていた。
ベナルサス様がいない状態にまだ違和感を覚える。
今日の中休みも彼は来ないはずと分かっているはずなのに、彼がひょっこりと笑顔で現れる気がしていた。
でも、来ない現実を見て、それはただの幻想だって思い知らされた。
「王女様の護衛の件ですが、お兄様は妹のわたくしがいるから護衛を続けられなかったとか、そんなことはないですか?」
一応、念のために本人の意思確認をしてみたところ、お兄様は嫌そうに顔を歪めた。
「クリスの護衛が僕の中で最優先だよ。本当は、王女の護衛の打診があったとき、はじめは断っていたんだ。でも、一年だけでもいいからと言われたし、クリスの護衛をする際に勉強になるかなって考えなおして護衛の契約をしたんだ。あちらは王族だから、護衛がすでに三人いたから、僕がいてもいなくても影響は少ないと判断したしね」
「そうだったんですね。お兄様、ありがとうございます」
お兄様はわたしのために護衛を引き受けてくれた。その気持ちが嬉しくて、にこにこと笑顔を浮かべると、お兄様も機嫌を治してくれた。
「じゃあ、年末のパーティーのときにパートナーとして二年連続で王女と出席されたとベナルサス様から聞きましたけど、それはどうしてですか? お兄様と王女の関係に親密な噂があったと彼は言っていましたけど」
すると、お兄様が顔を強張らせた。
「それは――」
お兄様が説明しようとしたとき、館内放送が流れてきた。
「連絡いたします。一年のクリステル・リフォード。放課後に学院長室まで来てください」
もう一度同じ内容を繰り返して、放送は終了した。
思わずお兄様と顔を見合わせた。
今度はなんの呼び出しかしら?
わたし、まだ何もしていないはずですけど!?
わたしはお兄様と一緒に学院長室に向かった。
復旧工事された部屋は、すっかり元通りになっていた。
色々と壊れて台無しになったので、家具が一新されていた。
出迎えてくれた新学院長の他にも、一人の老人がすでにソファに座っていた。
「あら、お久しぶりです。もうお加減はよろしいんですか?」
前学院長は、座ったままにっこりと笑顔を浮かべていた。
「はい。すっかり良くなりましたよ」
学院長に席を勧められて、わたしたちは並んで空いているソファに座った。
「忙しいところ、来てもらってすまないね。謝罪とお礼を伝えたかったんだ。私が至らないばかりに迷惑をかけて申し訳なかった。また、学院を魔物から救ってくれてありがとう」
前学院長は深々と頭を下げてきた。
「ご丁寧にありがとうございます。前学院長先生は魔物の被害者なんですから、あまり気に病まないでくださいね。もうお加減は大丈夫なんですか?」
過去をあっさりと水に流すと、前学院長はホッと安堵した表情を見せた。
「ああ、瘴気にあてられ、意識がもうろうとしていたが、完全に抜けたので大丈夫だ」
「まあ! 瘴気って、生き物を魔性化するだけではなく、人間を操ることもできるんですね。怖いんですね……」
呪われたドレスのとき、大勢の人間たちがほとんど動けなかった。
わたしやアルメリア様は聖属性があったから大丈夫だったけど。
そう考えると、あのときわたしを庇ってくれたお兄様は本当にすごいわ。
「城で保管されていた呪われたドレスの件も聞いた。こうまで魔物たちの動きが活発になっているなら、すでに魔王が復活しているかもしれない。これからも用心して学院生活を送ってほしい」
「はい、気を付けたいと思います」
被害者の言葉はとても重かった。
わたしたちは真摯に受け止めて、学院長室を後にして帰路についた。
就寝時間になっても、昨日に引き続き、考え事がいっぱいで、いつものように寝られなかった。
ベッドの上でごろごろしていたら、誰かが静かにドアを開ける音が聞こえた。チラッとそちらを見れば、人影が隙間から中を覗いていた。
影だけでそれが誰なのか分かった。
「お兄様?」
声を掛けると、「やっぱり起きていたの?」ってお兄様の小さな声が返ってきた。
「お兄様は、どうされたんですか?」
「今朝寝つきが悪かったって言っていたから寝かしつけに来たんだけど、来ないほうがよかった?」
「そんなことないですわ。お兄様、どうぞお入りになって!」
ベッドの隅に素早く移動して、お兄様のスペースを確保した。
空いているシーツの上をペシペシと軽く叩いてベッドへ促すと、お兄様がクスクスと忍び笑いしながら近づいてきた。
「今日はよく眠れるといいね」
「お兄様がいれば安心ですわ」
お兄様にすり寄って、温もりを感じているだけで、あっという間に穏やかな気分になれる。
「クリス、僕と王女の間には何も関係がないからね」
スンスン匂いを嗅いでリラックスしていたとき、いきなりお兄様から話を振られたので、落ちそうだった意識がびっくりして再浮上した。
「やっぱり、そうだったんですね」
眠くてぼんやりした頭でなんとか答えた。
もしお兄様の大事な人だったら、家族に報告くらいするだろう。
そう思っていた。
「護衛を譲れと迫ってきたみたいに王女がパートナーになれと命じてきたんだ」
「……なるほど」
あの王女の強引な振る舞いを見たあとだったので、その様子をまざまざと想像できた。
「でも、ベナルサス様みたいに周囲に誤解されてしまったみたいですね。もしかして、そのせいでお兄様にお見合い話がないんですか?」
「まあね。でも、そのうち忘れ去られるよ」
「気になっていたんです。お兄様は素敵なのに浮いた話が一つもないから。……早く素敵な相手が見つかるといいですね」
回らない頭で、なにげなくつぶやくと、お兄様から息をのむ音が聞こえた。
「クリスは僕が誰かと結婚してもいいの?」
ショックを受けたような声と予想外な返答を聞いて、逆にわたしが戸惑った。
「え? ずっとお兄様はそういうおつもりだと思っていましたけど、もしかしてお兄様も結婚は嫌なんですか?」
お兄様が入学するとき、お父様もお母様も言っていた。
お兄様は跡継ぎだから、これから誰かと婚約するけど、なにも寂しくない。お姉さまが増えるだけだから。わたしとお兄様との関係は、何も変わらないから大丈夫だよって。
それを聞いて、わたしはずっと安心していたのだけど、改めて考えると今までと違う気持ちになっていた。
胸が重くなるような、嫌な気持ちが湧いてきて、そんな自分に驚いていた。
「お兄様も? クリスも結婚するつもりはないの?」
「ええ」
「そっか。僕もだよ」
そうつぶやくお兄様の声が、ご機嫌な様子に変わっていた。
お兄様の腕がわたしの背中に回されて、まるでお兄様に包まれているみたいになった。
先ほどまであった重苦しい気持ちが吹き飛んでいく。
お兄様の匂いがいっぱいだ。
お兄様、大好き。
おかげで力を出てきた気がする。わたし養女回避のために頑張るわ!




