王女のお茶会
呪われたドレスの騒動があった翌日。
マクリーナ王女主催のお茶会が、城にて催されていた。
招待された学生たちは、にこやかに円卓のテーブルを囲んで座っている。
きらびやかに着飾った王女を見つめながら。
彼女は現国王陛下の長子であり、次期女王である。
王女の癖のない白銀の髪は、絹のように滑らかで、美しい光沢を放っている。
新緑のように鮮やかな翠瞳は、深く澄んでいて、見る者の心を強く惹きつける。
優雅に椅子に腰掛ける姿は、まるで百合のように可憐だ。
現在学院の三年生でも、まだ婚約者がいない。その状況も、招待された男子たちの心を浮つかせる。
「昨日、聖女の一人が呪われた装備品を浄化したらしいですね。なんでも、初代聖女以外誰も扱えず、厳重に封印されていたものらしいのですが」
招待客の一人が話のネタを提供すると、ホストである王女が失礼にならないように反応する。
「まぁ、すごいですわね。その聖女は、サルクベルク家のお嬢様でしょうか」
「さすが公爵家のご息女ですわね」
みんなが褒め称えている最中、リリアンが「あの、それは違いますわ」と控えめながら訂正を口にする。王女と同学年で、濃い赤毛がとても印象的な女子だ。
彼女は今回王女に初めて招待されたので、緊張で少し強張った笑みを浮かべている。
「リフォード家のご令嬢です。名前はクリステル様ですわ」
「まぁ、そうでしたの。そちらの聖女は存じ上げませんでしたわ」
王女が作ったような笑みを浮かべる。ところが、リリアンは王女の機微に残念ながら気づかなかった。
「私の親戚のベナルサス様が、クリステル様の護衛見習いをしているので、よく彼から話を聞いているんです。以前、王女様の護衛をされていたアルトフォード様もご一緒なんです」
リリアンは自慢げに話すと、王女は一瞬あからさまにつまらない顔をして目線を逸らした。
「そうですの。ところで、リリアン。あなた、とても素敵なネックレスをなさっているのね」
王女の視線は、リリアンの首元に注がれる。
緑がかった大きめの魔石のネックレスだ。それだけでも珍しいのに、さらに周囲に小さめの透明な宝石を豪勢にあしらっている。
「ありがとうございます。王女様が以前魔石のネックレスに興味をお持ちだったので、本日選んでみました」
「そうでしたの。それにしても、その宝石の色は素敵ですわね。私の瞳とよく似合うと思いませんこと?」
そう王女が周りに尋ねると、王女と懇意にしている学生が何人も同意してうなずく。
「本当に、王女様によくお似合いですね。まさに王女様のために誂えたようですね」
「運命の出会いですわ」
「そうだわ。そのネックレスを王女様に使っていただいたら? そうすれば、もっとそのネックレスの価値が広まるのでは?」
「え?」
リリアンが周囲の反応に驚き、目を見開いて顔を引きつらせる。彼女の手がネックレスを守るようにさっと当てていた。
他人の持ち物をねだるなんて、なにかの冗談だろう。そう思い、相手の反応を窺うが、誰も常識外れの発言を諫める気配はない。
それどころか、王女はニコニコと微笑み、発言を許容していた。
「もちろん、そうして頂けたら、代わりに褒美をとらせますわ」
「大変申し訳ございませんが、これは当家の家宝なので、王女様といえども差し上げることはできません」
「まぁ、残念ですわ。私のお願いを聞き届けてくださらなくて」
「申し訳ございません。でも、王女様には、これよりももっと素晴らしい宝石をたくさんお持ちでしょう?」
その言葉に王女は悲しげな笑みを浮かべる。
「いいえ、その珍しい色の魔石は見たことはありませんわ」
王女はそっと頬に手を当てて、落ち込んだ表情を浮かべる。
「王女様、お可哀そうに。もしかして、あなたは王女様が真似できないと分かっていて、自慢するためにわざわざそのネックレスをつけてきたのかしら?」
「いいえ、とんでもございません!」
王女の友人からの非難にリリアンは顔色を青くして、必死に首を横に振る。
周囲にいる者たちは、みなリリアンを咎めるように見つめていた。
なぜ、この場の雰囲気を壊すのだと、言葉なく視線だけで責めていた。
リリアンはそれに気づき、怯えの表情を見せる。
「本当に残念ですわ」
王女はリリアンの顔色をちらりと見つめながら、最後の通告だと言わんばかりにわざとらしくため息を漏らした。
周囲もタイミングを計ったようにピタリと黙る。
みんな、小動物のように怯えるリリアンからの返答を待った。
無言の圧力がリリアン一人にのしかかる。そんな中、彼女は意を決して王女を見つめ返す。
「あの、申し訳ございません。私の一存では、応えかねます。それに、失礼があったようなので、今日はお暇させていただきます」
リリアンは慌てて席を立とうとしたが、王女に「あら、お待ちになって」と止められた。
「気分を害されましたか? そんなつもりはなかったの。ごめんなさいね」
リリアンは雰囲気の悪いこの場にこれ以上いたくなかったが、迷った末に腰を再び下ろした。
王女の言葉に引っかかるところはあったものの、王女がわざわざ謝ってくれたのだ。ことを荒立てるのは良くないと思った。
そのとき、王女が控えていた側仕えに目配せすると、その者は一礼して黙って部屋から出て行った。
「王女様のお願いを聞けないなんて、失礼な人ですわね」
「ネックレス一つ惜しんだばかりに、王女様を悲しませるなんて」
「大事なネックレスなら、大事にしまっておけばいいのに」
王女の友人たちが彼女を庇うように次々とリリアンを非難する。ここには彼女の味方は一人もいなかった。
次期女王を敵に回す者などいない。
「聖女の護衛が親戚にいるとおっしゃっていましたけど、どうせ大した働きをしてないのでは」
「ベナルサスという名前すら聞いたこともございませんし」
失笑で場が賑わう。
リリアンは顔色をなくして、ただ俯いていた。
「一方で、王女様の元護衛見習いだったアルトフォード殿は大変ご活躍しているみたいですね」
ある男子がそう言うと、
「まぁ、どんな活躍ですの?」
王女は目を好奇心で輝かせながら、話の続きを催促する。
「学院で魔物が出たとき、聖女をお守りしたと聞いてます。また、先日も城にて聖女を護衛したとき、立派な働きをしたらしいと、文官の父から聞いております」
「まぁ、やはり私の見立てどおり、護衛としても立派だったのね」
王女は自分のことのように誇らしげに微笑む。
「学院でも、とても優秀な方ですわよね」
「それほど優秀なら、彼は王女様の護衛のほうが適任なのでは?」
「ええ、そうね。そのとおりね。どうして次期女王である私に仕えていないのかしら」
王女は面白くないといった不満そうな顔を一瞬見せた。
やがて、お茶会はお開きになり、リリアンは暗い顔をして部屋から出て行った。
そんな彼女の後ろ姿を王女は鋭い視線で睨みつけながら側仕えに耳打ちする。
「分かっているわね。私に逆らったらどうなるのか、よく教えてあげなさい」
リリアンは帰りの馬車の中で、お供の侍女に愚痴をこぼしていた。やっと王女から解放されたが、生きた心地がしなかった。
次期女王である王女の反感を買ってしまった。これからの貴族社会は、針のむしろのようなものだ。
王女から誘われたから義務と思って参加したが、あんなに王女がわがままだったとは、思いもしなかった。
「私のせいでお父様たちにご迷惑をおかけしてしまいました」
「お止めできず、申し訳ございません。でも、あの王女の振る舞いは許されるものではありませんわ。人の物を欲しがるなんて浅ましい」
侍女は側で控えていて、あの現場を目撃していたが、実害がなかった以上、差し出がましい真似はできなかった。
相手が王女だったゆえに。
馬車はゆっくりと石畳を進んでいく。
学院に通うため、伯爵家のリリアンは自分の領地ではなく、王都の屋敷に滞在していた。
貴族たちの住う区画なので、綺麗に道は整備されている。静かな佇まいで、人気は少なかった。
「これからどうなるのでしょう」
リリアンは不安のあまり泣き言をこぼしたときだ。
いきなり走行中の馬車の扉から激しい衝突音がした。外で何かがぶつかったと思ったら、突然扉が無理やり開けられた。
顔を布で隠した男がリリアンの視界に映る。男は馬車にしがみついていたので、恐怖のあまり悲鳴を上げた。
「無礼者! お嬢様に何をする!」
侍女がリリアンを庇おうとするが、彼女は男に手首を掴まれて、外にあっという間に放り出された。
「いや、やめて!」
男の目が、リリアンのネックレスに向けられている。
「お前だな」
男は馬車の中に入り込むと、リリアンの長く垂らした髪を乱暴に掴み、そしてーー持っていたナイフでバッサリと力づくで切り落とした。
「きゃあああああ!」
リリアンの絶叫が馬車の中に響き渡る。
男は来たときと同じように目にも止まらぬ速さで馬車から出て行く。
御者が異変に気付いて、馬車の中を見たときには、泣き叫ぶリリアン以外は誰もいなかった。




