陛下の決定
ウィルフレッドは兄である国王陛下に呼ばれて執務室を訪れていた。
そこには陛下と宰相だけではなく、甥にあたるレリティールまでいた。
揃った面子を見て、今回の用件の内容をすぐに察した。
「ウィルフレッド、昨日はご苦労だったな。ドレスが浄化されて聖女のものになったと聞いた」
やはり、その件か。
その呟きは心の内に留める。
「お言葉ありがたく存じます、陛下。ドレスの件は、ご報告どおりです」
レリティールと同じ容姿をした陛下の労いに対し、ウィルフレッドは手に胸を当て、丁寧に礼をする。
「初代並みに強力な力を持つ聖女と国として認め、相応の待遇を用意する必要がある」
陛下はため息をつくように話した。
本音では面倒くさいらしい。
言葉を選ばないで言えば、強力な聖女を国として野放しのまま置いておけないだけだ。
だが、聖女の扱いは、女神の御心にも沿わなくてはならない。
「しかし、リフォード卿は、陛下に忠実な騎士です。陛下に不利な縁組をするとは考えられません」
ウィルフレッドの進言に陛下はそのとおりだとうなずく。
リフォード卿の実直な人柄は、とても信頼が置けた。また、その家族も当主同様気の良い者たちばかりだ。
「だが、肝心の聖女はいまだ婚約していない。厄介な相手に取り込まれたら面倒だ。ところが、リフォード卿の地位は男爵で、それほど高くない。上位の貴族から縁組を申し込まれたら、卿の性格的に上手く断りづらいだろう。だから、早めに手を打ちたい。其方たちのうち、聖女を好ましく思う者はいないのか」
要は、王族が婚約して身元を引き受けろと陛下は言いたいらしい。
全ての貴族が王族に従順というわけではなかった。
「クリステルは、良き聖女だと思います。けれども結婚相手となると迷います」
レリティールがすぐに答えた。
甥はアルメリアとも懇意にしていた。二人の間で決めかねているようだ。
「私は、気にはなっていますが、女神に愛を誓えるほどではありません」
ウィルフレッドも答えると、陛下は「そうか」と残念そうだが納得してくれたようだ。
聖女との結婚は、女神に愛を誓う必要がある。打算による政略的な結婚は女神は認めていなかった。
だから、好意さえ偽りではなければ、誰にでも伴侶の可能性はあった。
ただ国として聖女を囲みたい思惑を優先させているだけに過ぎない。
クルステル嬢はリフォード卿が自慢するとおり、可愛いらしい娘だ。
だが、見目が良い女性はいくらでもいた。それが理由で今まで心が動いたことはなかった。
たかが料理と思っていた自分の常識をひっくり返した彼女にウィルフレッドはとても感服したのだ。
料理のやり方次第で、無限の可能性を秘めている。それをあのとき知った衝撃を今でもよく覚えている。
だから、クリステル嬢こそ、我が伴侶にふさわしいと思った。膝を折り、求婚することに躊躇はなかった。
だが、ウィルフレッドは思い出す。あのとき、聖女が呪われたドレスに襲われたときのことを。
魔物を軽々と喰らうドレスに皆が恐怖している最中、クリステルが襲われた。
そのときウィルフレッドは何もできなかった。
ドレスが放つ強烈な瘴気のせいで、信じられないほど力を奪われていた。
そんな中、危険も顧みずに聖女に駆け寄ることはできたのは、アルトフォードただ一人。
彼が身を挺して彼女に抱きついた直後、二人揃ってドレスに丸のみにされていた。
聖属性もないのに、瘴気まみれのドレスに近づくなど、自殺行為と同じだ。
自分を犠牲にしてまで相手を大切にする、あの献身こそ、女神が説く『真実の愛』のように感じた。
あの二人の絆を目撃した直後では、聖女に結婚の申し込みなど恥ずかしくてできそうになかった。
自分が抱いていた彼女への想いは、とても浮ついたものに感じたからだ。
求めるばかりで、相手の気持ちを特に考えたこともなかった。
そんな未熟な自分にウィルフレッドは初めて気づいた。
そのとき、陛下のため息が聞こえてきたので、思考から中断して視線をそちらに向ける。
「では、その聖女を余の養女としよう。それならば、聖女の婚姻も余が管理できる」
陛下の決定の声が、静かに部屋に響いた。
第五章、ここで終わりです。
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