広間にて
「其方はクリステルだな? あえて嬉しいぞ。私はレリティールという」
「えっ? は、初めまして」
急に横から男子学生に話しかけられ、びっくりして相手を見つめる。
珍しい白銀の美しい髪が目に入る。
王子だ。王子がいる。
後ろに同級生を従え、眩しい王族イケメンオーラをキラキラと発している。
そういえば、わたしと同じ新入生だったね。彼も攻略キャラなのに彼の学年をすっかり忘れていた。
王子のエメラルドの瞳を警戒してじっと見つめていると、彼はにこりとご機嫌に笑った。
「一緒に学べるとは楽しみだぞ。友誼を深めるためにも、本日城に来ぬか?」
「え?」
思わず戸惑った。だって、相手が受け入れやすいように余裕をもって誘うのが目上からの配慮だとお父様から聞いていたから。
王子に誘われて目下の者が断るなんて非礼になってしまうでしょ。
このマナーを無視した振る舞いを見て思い出した。
ああ、そうだった。この王子は俺様キャラでした。
こんな感じでグイグイ近づいてくるから、言いなりになっているとドンドン信奉値が上がっちゃうんだよね。
ここで出鼻を挫かないと、悪女計画が台無しよ!
「えーと、お気持ちはありがたいのですが……」
あらかじめ断り文句を決めてなかったから、上手く言葉にできない。
こういうときって、どういう風に断れば、角が立たないのかしら。
相手は王子だし、本当は彼に従って穏便に済ますべきなのよね。
そう思うけど、どうしても譲れない事情が、わたしにはあったの。
悪女の目的以外でも。
「あの、その……」
しどろもどろになって困っていても、いつもはそばにいるお兄様がいないので、誰もフォローしてくれない。
こんなにお兄様の不在を不安に感じたのは、初めてだった。
いつもお兄様にいっぱい助けてもらっていたのね。
「ごめんなさい、今日は無理です……」
かっこ悪い返事だったけど、断りをなんとか言った。
「む、なぜだ? 先約でもあったのか?」
「はい。今日は兄と一緒に帰ることになっているのです」
「ああ、そうか。それなら其方の兄には私の側仕えより伝えて先に帰ってもらうとよい。其方は私と一緒に城へ向かい、帰りも責任を持って送るから足については心配する必要はない」
「でも保護者の同伴なしで、わたくし一人でお城に行っても大丈夫なのでしょうか?」
遠回しに問題があるよね?って伝えてみた。
「ああ、学生同士の交流なのだから、気にする必要はないだろう?」
「え?」
未成年の貴族の令嬢が、親に許可を得ないで一人で外出なんて、問題あると思うんだけど。
「……レリティール様が良くても、わたくしが困りますわ」
「なに?」
王子から不満そうな声が漏れた。顔つきも先ほどより険があり、とても不満そうだ。
あ、どうしよう。不穏な気配の予感。
「どうしてだ? 私の誘いが気に食わないと?」
後ろにいた王子の側近っぽい新入生たちも、非難するような視線をわたしに向けてくる。
なぜ王子に歯向かうのかと。
彼らから苛立ちと不満を感じずにいられない。
じわりと背中に嫌な汗を感じた。
わたしは聖女とはいえ、実家の貴族的な身分は高くない。
しかも、王子という最強な身分相手には、聖女効果が薄そうだ。
実家に迷惑をかけるわけにもいかない。大変不本意ながら、ここはわたしが折れるしかないのかしら。
そう思ったけど、やっぱり違うと思った。
その対応は、良識のある聖女のすることだ。
わたしは悪女を目指すのだから、傍若無人でいいじゃないと開き直ることにした。
悪女のように口元に手を当てて、余裕の笑みを浮かべる。
「レリティール様の家に招かれて手ぶらなんて、恥ずかしくて嫌ですわ」
「な、なんだと……?」
王子はわたしの豹変具合を見て、明らかに戸惑っている。
「レリティール様はそんなこと気にされないと思いますが、ちゃんとレリティール様に気を遣って対応した人から見たら、わたくしはとても失礼な人になってしまいます。だから、きちんと礼を尽くしたいので、別の日にお招きくださいませ」
お断りをはっきり口にすると、周囲はシーンと静かになった。
すると、コツコツと硬いヒールの音が立てて誰かがこちらに近づいてくる。
「お話し中、失礼しますわ」
突然、一人の女子学生が割り込んできた。
アルメリア様だ。
わたしと王子は、驚いて彼女を見つめる。
「レリティール様、クリステル様がお困りになっておりますわ。学院内での約束なら学生同士で交わせますけど、学院の外での約束は保護者を通す決まりとなっているんですよ?」
「おお、そうだったのか」
王子は知らなかったのか、感嘆の声を上げる。
ああ、なるほど。先ほどの違和感の正体は、これだったんだ。
王子は学院の規則を色々と誤解していたみたいね。
「クリステル、知らぬとはいえ失礼した。先ほど其方の発言には驚いたが、もっともなことだった。其方の立場では注意もしづらかっただろう。心遣いに感謝する」
「いえ、お気になさらず……」
あいまいに微笑みを浮かべる。王子の神妙な態度にびっくりして、反応に困ったから。
どうやら仲裁のおかげもあって、今回は上手くお断りの方向で話は済むらしい。内心、ほっと胸をなでおろしていた。
「うむ。では、後ほど其方の家に招待状を送ろう」
「はい、よろしくお願いします」
ペコリと令嬢らしく礼をとる。
後日に届くなら、今度は家族の知恵を借りて対処《お断り》できるはず。
「さすがは聖女だ」
「相手を立てつつ穏便に済ませるとは」
予想外のことに周囲から称賛の声が聞こえてきた。
えっ、どういうこと?
悪女を狙って、さっきはあんな傍若無人なことを言ったのに。
聖女として株が上がっちゃうなんて、ホント信じられない!
王子はわたしとの話はもう済んだのか、満足そうな顔をしてその場から去っていく。
さっと周囲の人たちが散って、今度はわたしとアルメリア様が残される。
「あの、助けてくださり、ありがとうございます」
「別にあなたに先ほど褒めてもらったお返しではなく、レリティール様をお助けしただけですわ。勘違いなさらないで」
彼女の悪女的な台詞を聞くたびに嬉しくてゾクゾクする。
相変わらず堂々とツンツンして輝いているわ!
「アルメリア様のおっしゃる通りです!」
賞賛を込めて崇めるように見つめると、なぜかアルメリア様は顔をいきなり背けてしまった。
「わ、分かれば良いわ。ではご機嫌よう」
アルメリア様は前回と同じようにそそくさと逃げるように去っていった。
どうしてだろう。もっと構って欲しかったのに。ちょっとがっかり。
そう落胆していたけど、
「わたくしに憧れているなんて、調子が狂って困りますわ」
アルメリア様が頬を赤らめて照れていたことに、背中を向けられていたせいで全然気付けなかった。