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悪役令嬢に転生して傍若無人の限りを尽くしたかったけど、空きがないと言われたので極悪聖女を目指します!  作者: 藤谷 要
第五章 呪われたドレス

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基礎魔法単位の危機

 猫が目を細めて笑ったような三日月が、夜の街を静かに照らしている。


 クリステルが住まうフェルスタインの城下町は、高台にそびえ立つ大きな城を中心に造られていた。

 城の周りには国の主要な施設が立ち並び、贅を尽くした屋敷も多くみられる。

 さらに外周の地域になると、民家や商店街などが通りに面して隙間なく立ち並ぶ。

 人間の繁栄で彩られていた。


 それを上空から一人の女が悠然と見下ろしていた。漆黒のコウモリのような羽を背中で羽ばたかせ、宙に浮いている。


「フフフ、この城に封印されているのね。初代聖女に屈服させられてこき使われた可哀想なドレスが。メリンカが聖女にボコボコにやられたって言うし、このドレスを救出して我ものにできれば、私がナンバー2になれるかも! これで魔王様の寵愛は私のものよ! ウフフ、アハハハハ!」


 紅の燃えるような長髪を夜風になびかせながら女は高笑いする。大きく口を開けたとき、八重歯をチラリと覗かせる。


「とは言っても、この警備のきつそうなお城にどうやって入ったらいいのかしらね。んん?」


 樽を載せた荷台が淡々と城に入っていく様子を眺めていた。


「なるほど」


 女はドロンと小さなコウモリに変身していた。


「荷物に紛れて入ればいいのね」


 可笑しそうに目を細めて笑う。

 金色の鋭い瞳が、月光を反射して輝いていた。



 §




 再びやってきた平日の朝。

 学院の校門前に到着したとき、わたしの口から思わずため息が漏れた。


「どうしたのクリス? せっかくの可愛い顔がもったいないよ。朝ごはんが足りなかった?」

「違いますわ、お兄様」


 お兄様の格好良い制服姿を横目に、わたしは力なく首をプルプルと振る。

 決してソーセージの本数がお兄様より一本少なかったせいではない。


「今日も先生が待ち構えているかと思うと、心苦しいんですわ」

「ああ、エルク先生のことか。でも、あれって下僕になれって言ったクリスのせいじゃないのかな……」

「ううう……」


 お兄様は苦笑しているけど、素っ気ない。そんな冷たい対応をされて、しょんぼりと肩を落とすしかなかった。


「クリステル様! おはようございます! 今日もお会いできて嬉しいです!」


 元気よく挨拶してくれたのはエルク先生だ。

 満面の笑みを浮かべている。

 栗色の癖毛と彼の眼鏡が、朝日を受けてキラキラと輝いていた。

 慌てて来たのか、片方の襟がひっくり返っている。


 先週の下僕化のあと、エルク先生の変わり身はすごかった。

 毎日欠かさずニコニコとわたしを本館入口で出迎えるようになったのだ。

 一回だけ別の入り口に迂回したことがあったけど、そのときも何故かエルク先生がいて、彼から逃げられないことを驚愕とともに悟った。


「あの、毎日お手数ですし、迎えに来なくてもいいんですよ? 先生だからお忙しいでしょうし」


 ただでさえメリンカさんの騒動で注目を浴びてしまったのに、先生に出迎えられたら、なおさら目立ってしまう。

 遠慮すると、彼はとんでもないといった風に首をブンブン横に振る。


「クリステル様がお越しになると、額のあたりがムズムズするんですよね。だから、行かなきゃって使命感が沸いて走り出してしまうので、あまりお気になさらないで下さい」


 エルク先生はなんでもない風に話すけど、かなり深刻な事態ではないだろうか。

 下僕の契約のせいでエルク先生の行動に影響が出ているなんて、とてもじゃないけど見過ごせなかった。


 先生の襟も直したかったので、チョイチョイと手を動かし、先生においでと身振りで伝えた。

 すぐに近づいて来た先生が、わたしの顔をのぞきこむように膝を曲げた。

 その先生の襟を直しながら、じっと目の前の黒い瞳を見つめる。

 いつもは知的な目つきが、このときばかりは無防備でつぶらだ。なぜか、少し頬が赤く染まっている。


「エルク先生、命令です。学院内ではご自分の仕事を優先してください」


 強気で言いつけると、エルク先生はハッとした顔でわたしの目を見た。


「……わ、わかりました」


 渋々といった口ぶりだったけど、エルク先生は了承してくれた。尻尾と耳があったら、しょんぼりと垂れていそうな雰囲気だ。残念そうに彼は会釈してこの場を後にする。


「はぁ、ひとまずこれで大丈夫でしょうか」

「うん、まさか先生が下僕になるなんてね」


 お兄様ですら困った顔をして先生を見送っていた。

 結果的に先生には申し訳ないことをしちゃったけど、先生が下僕だからと言って何か彼に無茶ぶりをしなければ大丈夫だよね。


 ゲームでは勉学に真摯に励むヒロインにエルク先生が惹かれていた。

 さすがに今の主従関係では、彼の攻略フラグはボッキリと折れただろう。

 これだけは不幸中の幸いよね。




 それからお兄様に案内されて教室へ向かった。

 今日の一限目の講義は基礎魔法だ。


 先週は魔力の属性以外にも講義があったけど、わたしの苦手な神様の種類と名前についてだった。

 一応、有名どころの神様は知ってはいたけど、それでも知らない神様がかなりいたわけで。

 なんとか意地で覚えて小テストをクリアしていた。

 神様に関しては、先々紋章まで覚える必要があるみたいなので、密かにガクブル案件になっている。

 基礎魔法、結構大変よね。

 今日はなんの講義なのか、ドキドキしちゃう。


「本日の授業は、実際に魔力を扱います」


 先生は学生一人ずつに魔法具の動力源となる魔タンクを配布していた。


「これに魔力を注ぎます。自分の体の中にある魔力を認識することが目的です。魔タンクに魔力を流しこむイメージでやってみましょう」


 みんな手のひらサイズの魔タンクを持って集中している。乾電池みたいな仕組みらしい。本体はガラスのような長細い透明な容器の中にゲルみたいな液体と金属っぽい粉が入っている。両端に魔法具とつなぐための接続部品がついているので、両手をその部分に触れる。


 すぐに変化が現れた学生がいた。

 ガラスの容器に入っている液体が光りだしていた。


「液体全体が光りましたら、補給は完了です。魔力を流しすぎると、中身が沸騰して壊れてしまうので、気を付けてください」


 ほとんどの学生がすぐに光った魔タンクを手にして楽しそうな顔をしている。

 属性によって色が変わるらしい。黄色や茶色、赤色など色彩がはっきりしたものや、混ざった色の魔タンクを持っている人もいた。


「みなさん、できましたか?」


 先生の呼びかけが聞こえて内心慌てる。

 聖属性の魔力を垂れ流しのわたしでも大丈夫かな。

 不安があったので、まだ触ってなかった。でも、講義に遅れてしまうので、おそるおそる試そうとした。


「あっ!」


 両端に触れた瞬間、「パリンッ!」と音を立てて中から破裂するように、あっけなく壊れてしまった。

 床に液体が零れて落ちていく。


 音に驚いて「大丈夫?」と心配する学生たちの声がかかる。


「あら、クリステルさん。割れたガラスは危険だから直接触れてはいけませんよ。後で掃除の担当者にお願いしておきますから」

「先生、申し訳ございません」


 立ち上がって先生に頭を下げた。


「魔力を入れ過ぎたのかしら?」

「そうみたいです。わたくしは魔力が多すぎるみたいで、しかも垂れ流し状態なので、触っただけですぐにいっぱいになったんです」

「まぁ、触れただけで? ここまで多いなんて大変ですわね。でも、調節できるように、少しずつ魔力を流せるようになりましょう。できなければ、残念ながら単位は認められません。過剰な魔力を調節できないなんて、危険ですから」

「ええ!?」


 基礎魔法の単位が取れないと、それ以降の必須の講義を受けられない。そうなれば魔法士コースの履修は不可能だ。

 わたしの最強悪女計画が早々に頓挫しそう!


「あの、コツはありますか? 流す魔力を少なくするような……」

「コツは自分の魔力をきちんと認識することです。まずは魔力の流れを一度止めてみては? 触れた一瞬で魔力が流れるのは今後色々と困ります。予定とは違う属性の魔力を流しても大変でしょう?」


 先生の説明はごもっともだ。


「魔力を止められたと分かるような道具はありますか? 魔タンクに触れて、また壊したくないんです」


 調整が上手にできると自信を持てないと、魔タンクに怖くて触れられなかった。


「それなら魔力計測器はどうかしら? 特別に貸し出しますので、練習されては?」

「はい、ありがとうございます!」


 魔力測定器なら、魔力の有無が調べられる。しかも、振り切れてはいたが、故障はしなかった。先生、グッドアイディアだ。


「魔力の量や質は、個人によって違うので、ひたすら練習あるのみです。クリステルさん、頑張ってくださいね」

「はい」


 周囲にいた学生たちも「聖女様、頑張って!」と応援してくれる。

 わたし、頑張るわ! 立派な悪女になるために!

 残りの時間もひたすら魔力制御の練習に励んだけど、わたしだけ時間内にできなかった。

 休日に訓練しないと、みんなからどんどん遅れてしまう。少し不安が残ったまま講義を終えた。

 単位を取るために練習あるのみね!


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