悪女らしく
アルメリア様なんて、ショックのあまり顔が強張り、泣きそうになっている。
彼女のお母様の表情も笑顔から一変し、真顔になっている。
わたし自身も王子のあまりの仕打ちに頭の中が真っ白になっていた。
それからふつふつと沸騰したように怒りが湧いてきた。
わたしの大切なアルメリア様に対して、なんて仕打ちだ。
ひどいと咄嗟に叫びたくなった。
ありえないと王子をきつく責めたくなった。
でも、ちょっと待って。
悪を糾弾する立場だと、まるで正義の味方。聖女らしくなってしまう。
スーと怒りが潮のように引いた。少し客観的になれた気がする。
そうよ。ここは一つ、悪女らしく傍若無人に振舞わせていただくわ!
「まあ、レリティール様ったら、アルメリア様ご本人の前で除け者になさるのですか? わたくしびっくりしましたわ」
椅子から立ち上がり、思いっきり王子に文句をぶちまけていた。
「ク、クリステル……」
お父様が横から制止してくるが、今は悪いけどスルーさせてもらう。
「なぜアルメリア様にそんなことをおっしゃったんですか? 大好きな彼女がいらっしゃらないなら、わたくしも参加しませんわ」
王子はアルメリア様に何か言われるたびに嫌そうにしていた。その理由を直球で尋ねてみた。
冷静になってから気づいたが、王子は攻略キャラなので誰かをのけ者にするような、そんな悪役っぽい言動をとる設定ではなかったはずだ。
わたしが知らない何か理由があるのでは――。その可能性に思い至っていた。
すると、王子は自分は悪くないと言わんばかりに不満そうに口を尖らせた。
「其方も聞いていただろう。私に対する彼女の嫌味を。いつも揚げ足ばかりとるアルメリア殿が嫌なのだ」
「そんなことありませんわ」
アルメリア様のお言葉は、とても気遣いに溢れていた。だから、すぐに王子の言葉を否定したが、彼はますます気色ばんだ。
「そんなことあるとも! 最初に椅子までエスコートしなかった私に対して、女性に丁寧に接することができないお前など誰も好きにはならないと嫌味を言ったんだぞ? しかも、他の者だったら笑いものになっていたと遠回しに嫌味を言ってきたのを其方も聞いていただろう? そんなことばかり言われてみろ! どうせ私は彼女より劣っていると思い知らされる」
王子は苦しそうな表情を浮かべる。
言葉のかげに隠された彼の葛藤をひしひしと感じた。
王子にとって、同じ年で身分が近いアルメリア様は、ライバルだったんだ。
「レリティール様、あなたは誤解されていますわ」
「誤解だと?」
わたしの言葉が意外だったのか、王子は緑の瞳をしかめていた。
「アルメリア様はレリティール様を支えたいから、気になった点について助言をされていたのです。アルメリア様は聖女と認定されるより前に年齢的にもレリティール様の相手として常に周囲から意識されてきたはずです。そのためにアルメリア様は努力されてきたのです。あなたの横に立つために。だから、レリティール様のために役に立とうと、色々と進言してきたんですわ。ねぇ、そうですよね? アルメリア様」
彼女を見ると、泣きそうな顔をしながら深く何度もうなずいていた。
本心とは全く違うように王子に言葉を受け取られてしまい、アルメリア様はかなり傷ついているようだった。
「信じられない。そんな好意を彼女から感じなかった」
「レリティール様は嫌味に聞こえたかもしれませんが、わたくしには違いました。最初に『女性に丁寧に接してくださる殿方に女性は惹かれる』とアルメリア様がおっしゃったのは、そうしてくれたほうがアルメリア様は嬉しいというお気持ちを伝えたかっただけです」
「そ、そうだったのか?」
王子はびっくりした顔をしてアルメリア様に視線を送る。
彼女はウンウンと悲しそうに必死にうなずいていた。
「他にも、『これがわたくしでよかった』とおっしゃったのも、アルメリア様なら気にしないと言いたかっただけですわ。そうですわよね、アルメリア様?」
また確認すると、彼女は素直にうなずいていた。
王子はまだ納得できないのか、戸惑った表情をしている。
「其方のいうとおり、私が誤解していたとしよう。だが、私はアルメリア嬢から社交辞令以上の好意的な言葉を聞いたことがない。そんな状態で、今までの指摘を好意的に感じろというのは無理がないか?」
どうやらアルメリア様は、王子に鞭ばかり与えていて飴を与えていなかったようだ。
まぁ、確かに。彼女の遠回しな言い方から、彼女の魅力を感じるのは難易度が少し高いかもしれない。
わたしはゲームの設定を知っているから、アルメリア様の本心を知っていたしね。
でも、こんなに可愛らしいアルメリア様の魅力が理解できないなんて、わたしはすごく許せない。
だから、この王子の頭の中をなんとしてでも矯正してみせますわ!
「レリティール様。それはですね、アルメリア様が照れていらっしゃるからですわ」
「信じられぬ」
即否定の言葉が返ってきて、わたしは思わずイラっとして顔が引きつりそうになった。
ぐぬぬ。ここまで強情とは。
「そうですね。ここまでレリティール様が分からず屋なら仕方がありません。じゃあ、アルメリア様! 彼の前でご本心をどうぞ!」
アルメリア様に大仰に手を向けて、いきなり彼女に話を振った。
「そんなわけ……」
王子はわたしの話を信じていないのか、馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべて否定しようとした。
ところが――。
「そ、そんな恥ずかしいこと、言えるわけないですわ!」
アルメリア様のよく通った声によって、王子の台詞は遮られた。
彼女は顔を真っ赤にして、肩をふるふると震わせている。紫のきれいな目には、涙がいっぱいたまっている。
アルメリア様が切羽詰まって、身動きが取れなくなっているように感じた。
現に彼女はそれ以降、何も言えないまま、唇を噛み締めていた。
わたしはそんな彼女に静かに歩み寄り、彼女の両肩にそっと手を労わるように置いた。
「わたくしは、そんなアルメリア様の恥ずかしがり屋さんなところ、とても好きですわ。だから、王子にその良さが伝わっていないのは、とても無念で残念なのです」
アルメリア様もとても悔しそうにわたしを見上げた。
王子に全然気持ちが伝わっていなくて悲しくて辛い想いが、その瞳から感じてきた。
「アルメリア様、幸せって当たり前にあるものではないとわたしは思っています」
じっとアルメリア様の目を見つめながら話し続ける。
このとき、ふと前世の自分を思い出していた。
自分でも言うのもなんだけど、わたしはとても「いい子」だった。
幼いころから両親は、喧嘩ばかりしていた。だから、二人に仲良くしてほしくて、両親の言われるとおり、手がかからないようにおとなしく「いい子」にしていた。
本当は喧嘩をするたびに止めてって言いたかった。でも、以前仲直りしてほしいと言ったときに、「子供が口を挟むな」って怒られてから、嫌われるのが怖くて何も言えなかった。
だから邪魔しないように、自分の部屋で、じっと静かにしていた。
わたしが両親の望みどおり、「いい子」にしていたら、きっと以前のように仲良くなれると信じていた。
でも、結局ダメだった。両親は離婚することになり、わたしをどちらが引き取るかで揉めていた。
いつの間にか、わたしは二人のお荷物になっていた。
お母さんは家計を支えるために働きに出た。毎日帰りが遅かったから、大変なお母さんを支えるため、わたしはバイトしながら家のことを手伝った。
お母さんが喜んでくれると思って。
お母さん、お帰りなさい。ご飯作っておいたよ。口に合うといいな。掃除も洗濯もしておいたよ。
少しでも役に立ちたくて、必要とされたくて、わたしは「いい子」でい続けた。
でも、お母さんはだんだんと家に帰らなくなり、会社の人と再婚して、「あなたはしっかりしているから一人で大丈夫よね」とわたしはあっさり捨てられた。
一体、何が悪かったんだろう。
夜に一人きりの時間が長かったから、スマホでゲームをしたり、テレビも観ていたりしていた。
その物語の中の悪役は、自分の欲望のために手段を選ばず、自分の望みを手に入れていた。
とても輝いてみえた。
自分の気持ちにとても正直で、すごく羨ましかった。
ひたすら両親の顔色を窺い、自分の気持ちを殺していたわたしとは全然違った。
そう気づいた瞬間、わたしは声を上げて一人きりで泣き続けた。
そうだ。わたしもこの悪役のようにすればよかった。
「いい子」でいて、いいことなんて、一つもなかった。
そう後悔しても、失ったものは戻ってこなかった。
幸せは、自分の手のひらをすり抜けて、いつかなくなっていく。
だから、わたしは自分の幸せを、自分の大切なものを、失いたくないから、それらを守れるようになりたい。
そのために、事故で死んだとき、もし生まれ変わるなら、今度は「いい子」じゃなくて、悪役になろうって、決意したの。
わたしは再びアルメリア様の目を見つめる。
「幸せは手のひらの隙間から逃げていってしまうものなのです。だから、失くさないように落とさないように、しっかりと握りしめていなければならないと考えています。だから、わたしは大切なものを失わないように、いつも気を付けています。もし、その大切なものが人だったら、相手の気持ちが離れないように好きだという気持ちを伝えるようにしています」
わたしの真意がアルメリア様にも伝わったのか、彼女の瞳が少し揺れて視線が泳いだ。それまで張り詰めていた顔つきを曇らせて、彼女は落ち込んだように俯いてしまった。
「アルメリア様と友達になれてわたくし幸せですわ。だから、アルメリア様が今回悲しいお顔をされているのは、わたくしもとても悲しいのです」
話が終わると、アルメリア様は言葉なく黙り込んでいた。
でも、その沈黙はほんの少しだった。
しばらくしてから顔を上げた彼女の顔つきは、少しも迷いがなかった。いつものように自信に溢れた華やかな笑顔を浮かべていた。




