お茶会
いよいよ休みの本日は、王子とのお茶会だ。
午後の休憩時間に会う約束をしている。
ふふふ、実は本日のお茶会に強力な助っ人を呼んでいるの。
なんとアルメリア様!
王子とのお茶会で失礼があったら不安だと、アルメリア様に事前に相談したら、彼女の母親経由で王妃様にも伝わったらしく、王妃様から王子にアルメリア様も誘うようにお口添えがあったようだ。二人の母親は親戚だったから、融通をきかせやすかったみたい。
だから、王子とアルメリア様とわたしの三人でのお茶会になり、わたしはピンチを脱していた。
これで王子からグイグイ来ても、フォローしてくれる人がいれば不安感がだいぶ減る。
早く二人がくっついてくれれば、万々歳なんだけど!
王子の住まいであるお城にお父様と一緒に来たけど、あまりの上質さに頭がクラクラする。
材質からして違う。床や壁が白くてツルツルな石材よ。チリ一つ見当たらず、ピカピカに磨かれている。
わたしより大きい美術品まで平気で数えきれないほど飾ってある。
天井にまで国宝級な絵が描かれている。
部屋の広さだって教室より大きい。学院長の部屋も豪華に感じたけど、さすがに国の最高機関なだけあり、贅を尽くした内装になっている。
住む世界が違う。使用人がたくさんいるし、どこの美術館だろうって感じ。
以前も来たことはあったけど、あのときと訪れた理由が違った。
わたしも貴族の端くれだけど、身分が違うって、こういうことを言うんだね。どちらかと言うと、わたしの環境は庶民の金持ちと近い気がする。
それからお父様と一緒に王子がいる部屋に案内される。そこには接待用の丸テーブルと椅子が置かれていた。
王子はすでに座って待っていた。
入り口で控えていた王子の側仕え筆頭にまずお父様が挨拶する。
学院内ならともかく、外で他人同士の男女が、二人で会うことは外聞的に悪いそうだ。
本日はアルメリア様も同席する予定だけど、何かのタイミングでわたしが王子と二人きりになっても困るので、保護者が見守る必要があるらしい。
貴族社会は、外聞が超重要なのよね。
庭に面したガラス張りの開放的な場所だったので、外の庭から爽やかな風が吹き込んでいた。
「よく来てくれた。クリステル、リフォード卿。こちらに掛けるとよい」
王子は座ったまま声をかけてきた。
王族は基本偉いので、わざわざ席を立たないでゲストを迎えるようだ。
と思ったら、後ろにいた側仕えが王子に素早く耳打ちする。すると、王子がすぐに立ち上がって、わたしを出迎えにきた。
「失礼。私的な付き合いの場合は、出迎えたほうが良かったようだ」
「まぁ、レリティール様自らのお迎えなんて光栄ですわ」
「そうか」
王子がキラキラとイケメンオーラを発しながら微笑む。
彼のエメラルドの瞳が窓からの日差しを受けて輝く。彼の長い白銀の髪には神々しいほどの光沢があった。
あ、ヤバイ。つい、いつもどおり普通に返しちゃった。彼の信奉値が上がったら大変なのに。気をつけないと。
今度は悪女モードで頑張ろう。
「この度はご招待ありがとうございます。これはささやかな品ですが、お納めください」
「うむ。卿の気遣い、感謝する」
土産は彼の側使いがお父様から受け取る。
それからわたしたちは指定された席に座った。
今度はアルメリア様が母親同伴でやってきた。
アルメリア様は薄緑のワンピースだ。ふんわりしたスカートに重ねられた花柄のレース編みが華やかで、彼女にとてもよく似合っていた。
見るからに非常に手の込んだ仕立てだ。
「レリティール様。本日はお招きありがとうございます」
「よく来てくれた。礼を言う」
王子の迎えにアルメリア様は頬を赤く染めて嬉しそう。彼女の母親が土産を側仕えに手渡していた。
「そこに座るといい」
王子は空いている席を教えると、すぐに自席に戻ろうとした。
「あら、席までエスコートしてくださらないのですか?」
アルメリア様はすかさず王子に進言していた。
王子が振り返り、キョトンと不思議そうな顔をしている。
「女性に丁寧に接してくださる殿方に女性は惹かれるものですわ」
アルメリア様がニコニコと優しい口ぶりで王子に女子受けする振る舞いを教えている。
なんてお優しいのでしょう。
そう感動していたら、王子の表情が不満そうに一瞬歪んだ。
「そうか。それは失礼した」
王子が仏頂面で椅子までアルメリア様に付き添い、椅子を引いて優雅に親子をエスコートしていた。
おお、すごい。王子も言われればできるのね。
「フフ、これがわたくしでよかったですわ」
さすがアルメリア様。王子の気遣いがちょっと足りなくても、自分なら気にしないとおっしゃるなんて。
でも、王子はその返事が気に食わなかったのか、笑顔すら浮かべず、席に戻っていった。
王子の側仕えが目の前でお茶をいれ、お菓子を用意してくれる。
先にホスト側が口をつけ、周囲にも飲食を勧める。
それから学院での出来事が話題になり、会話に花が咲いた。
アルメリア様が興味津々な様子で王子を見つめている。
「わたくしの属性は、聖属性と火属性、それから風属性でしたの。レリティール様はどうでしたか?」
さすがアルメリア様だ。三つも属性があるなんて。
「私は聖属性はないが、残りは同じだ」
「まぁ! そうだったんですね」
アルメリア様が王子と同じでとても嬉しそう。
「クリステルはどうだったのだ?」
「わたくしは、聖属性以外は不明でした」
「なぜだ?」
「聖属性の魔力が多すぎて、判別不能だったんです」
「そうか。だが、家族の属性が分かっていれば、おおよそ見当はつくだろう? どうなんだ?」
わたしがお父様に視線を送ると、「……私は土属性で、妻は風属性です」と少し言いにくそうに答えていた。
お父様、一体どうしたんだろう?
「ほう。珍しいな。相反属性か。それなら、其方は聖属性だけの可能性が高いかもしれない」
「そうなんですか?」
理解しきれず首を傾けると、王子に意外な顔をされた。
「知らぬのか? 子供の属性は、親の属性で決まる。聖属性は突然授かることがあるが、それ以外の属性は、親の属性を引き継ぐ。ただし、相反している属性同士の組み合わせだと、子供が親の魔力の資質を受け継ぎにくくなる」
「そうなんですね。存じませんでした」
親の属性を引き継ぐなんて、血液型に似ている気がした。
でも、ゲームの知識があるわたしでも知らなかった。
ゲームの世界と実際の世界とでは、色々と違いがあるんだね。これまでも知らなかったイベントが起きていたし。
ただ、聖属性が後天的に付与できる事実だけは知っていた。
なぜなら、ゲームのお兄様攻略ルートでは、お兄様に聖属性を追加しないと攻略できない仕様だったから。
なにせ、お兄様エンドを迎えるためには、お兄様を聖騎士にしないといけなかった。
ゲームの攻略サイトで書かれていたけど、「聖魔法を戦闘中にかける」必要があったらしい。
その数、一万回以上!
でも、ゲームでお兄様ばかりに魔法をかけていたら魔物がスムーズに倒せない。
他の攻略キャラの信奉値も一定以上ないとダメだったけど、この面倒くさい手間も前世でお兄様ルートを早々に諦めた原因の一つだった。
まぁ、お兄様を攻略するためには、これ以外にも満たさないといけない条件があるんだよね。
たしか、なんだったかしら……。
そう、三愛だ!
「真実の愛」と「愛の口づけ」と「愛の誓い」の三つ!
愛の女神の祝福を最後に受ける必要があるから、胸焼けしそうなほど愛づくしのイベントだった気がする。
それにしても、なぜお兄様だけこんなに難易度が高かったのかしら。
ゲームのテーマが禁断の恋だったから、本当は血の繋がらないけど兄妹っていう設定は、結構重く扱われていたのかな。
「来週には呪われたドレスの封印の儀式を行うそうだな。それは大変なものなのか?」
王子の問いに考え込んでいたわたしは我に返った。
アルメリア様が首をわずかに傾げる。
「封印用の聖杯に聖魔法を込めると聞いていますわ」
「わたくしもそのように聞いています」
わたしたちが聖女と認定されてから初めての儀式だ。
聖杯の大きさが分からないので、どのくらい魔力を消費するのか不明だ。
チラリとお父様を見ても何も説明がないので、お父様も詳しい内容を知らないようだ。
「ふむ、どうだろう。その儀式が終わったら再び会わないか? 私が今日みたいに労ってやろう」
「それは……」
王子の提案に正直なところ気が乗らなかった。
仕事を終えたら、気疲れしているだろうし、さっさと家に帰りたい。
家族に抱き着いて癒されたい。
王子の誘いを断るのは大変だけど、ここは悪女らしく断らせていただこうかしら。
「でもレリティール様。明日は大事な儀式と聞いております。わたくしはともかくクリステル様は、きっとお疲れでしょうから、後日にされたほうがよろしいのでは?」
わたしが何か言う前にアルメリア様が先にお断りしていた。
さすがだ。
そんな細かやな気遣いがあるからこそ、的確な口利きができる。
ところが、王子はまたもや微妙な顔をする。
どうしたのかしら。アルメリア様の助言に対して、本日は良いお顔をされていないみたい。
「そうだな。また招待状を出すから来てほしい。今度はアルメリア嬢抜きで」
王子のトゲのある発言によって、場の空気が凍った気がした。




