入学
三年後、王立の修学院にわたしは無事に入学した。
まぁ、その間に色々とあったけどね。
避暑地で家族と一緒に過ごしていたら、なぜかふだんは生息しない魔物に襲われたので、仕方なく聖女の力で浄化したら、魔物のドロップアイテムがレアアイテムだったのよ。
他にも、お父様たちと狩りに出かけたら、なぜか瀕死の聖獣を見つけたけど、可哀そうだから聖女の癒しの力で助けた結果だと、懐かれて眷属になっちゃったし。
残念なことに聖女としての名声が、少し広がってしまったみたい。
やはり聖女の運命値はかなり手強い。
でも、絶対に運命なんかに負けないんだから!
「クリス、頑張るんだぞ」
「はい、お父様! お見送り、ありがとうございます!」
馬車の中でお父様に抱き着いて、その頬にちゅっと親愛のキスした。
「では、行ってまいります! お兄様、よろしくお願いしますわ」
「ああ、足元に気を付けて」
お兄様に手を貸してもらって、馬車を降りた。
目の前には学院の正門がある。
「案内するよ、行こう」
「はい」
エスコートしてくれるお兄様に従う。わたしと同じ制服に身を包んでいる。
カッコイイお兄様とお揃いだなんて、とても新鮮な気分だわ。
改めてお兄様をじっくりと見つめる。
すらりと引き締まった体躯。怜悧そうな顔つき。うん、自慢のお兄様だ。
一緒に並んで歩けるなんて、とても鼻が高いわ。
予定どおり、お兄様は聖女の護衛騎士見習いの一人になった。
制服の胸に護衛を示す剣と盾をモチーフにした小さなバッジをつけている。
お兄様はわたしを広間に送ったあと、すぐに自分の生活に戻っていく。
ここからは一人きり。
一瞬胸をよぎった心細さと不安な気持ちを、期待と希望で覆い隠して、広間に入っていく。
もうすでに多くの新入生が集まっていた。何人かのグループで集まり、おしゃべりに花を咲かしている。
会場には、丸い円卓と椅子がいくつも用意されている。座って待っている学生もいた。
わたしはさっそくお目当ての人物を目で探し始める。
すぐに見つかった。だって、憧れの人だから。
彼女に足早に近づくと、慌てて礼をとった。
「あの、初めまして! わたくし、クリステルと申します」
「あら、お初にお目にかかりますね。わたくしはアルメリアといいますわ」
彼女は肩にかかる豊かな黒髪を優雅な所作で払う。綺麗に巻かれた長い髪がふわりと舞うように宙に弧を描く。
「アルメリア様、お会いできて光栄です!」
念願だった彼女との対面を果たして、興奮しないわけがない。
彼女も聖女で、ゲームでは主人公のライバル的な立場だった。
様々な場面で主人公を邪魔する彼女は、悪役の見本としてわたしの心を見事に射止めた人物だ。
「あら、クリステル様ったら、ただの学生の一人であるわたくしに会えて、何をもって光栄だなんておっしゃるのかしら?」
彼女は口元に手を当ててこれみよがしに嘲笑い始める。
彼女は公爵令嬢なので、新入生の女子の中で、一番身分が上だ。
わたしの挨拶を身分に対して述べたのだと勘違いされたらしい。
アルメリア様のわたしに対する揚げ足に対して、後ろに控えていた彼女の友人たちも反応する。
「学院内は、身分を問わないというのに」
「何もご存知ないのかしら」
彼女たちはクスクスと嗤いながら、刺々しい空気を放ってくる。
それを感じた途端、背筋に電流のような痺れが走る。
「挨拶をもう少し学ばれたほうがよろしいのでは?」
アルメリア様は見下すように眉を顰める。
彼女から発せられる言葉を聞くたびにわたしの心臓が激しく鼓動する。
「……ばらしい」
「あら? いま、なんとおっしゃったのかしら?」
アルメリア様は口元に手を添えて妖艶に笑みを浮かべながら、嘲るような視線を向けてくる。
「ああ、なんて素晴らしいんでしょう!」
わたしは両手を胸の前で握りしめ、アルメリア様の美しさと吐き出される毒の数々に心を奪われていた。
「凛としたまなざし、神々しい美しさ! 若くして淑女としての所作はとても洗練されていて見本のよう! 闇夜を照らす月の女神ルードリアの祝福を授かったような黒髪! まさにわたしの理想そのものですわ! お会いできて本当に感激です!」
ゲームの画面で何度も彼女を見たけど、本物はやっぱり違う。
感動はひとしおだった。
アルメリア様は大きな目をさらに大きく見開いてわたしを見つめる。
目を何度かまばたきする様子もとても素敵。
わー、まつ毛がすごく長い! 扇みたい!
ニコニコと満面の笑みでアルメリア様と見つめ合っていたら、彼女から突然視線を逸らされた。バリッと無理やり引き剥がすみたいに。
しかも、何かを堪えるように口元に手を当てていた。
「女神のお名前を出すとは、ずいぶんと大げさですわね」
すると、アルメリア様に続いて友人たちの追撃が素早くやってくる。
「神々の名前を軽々しく口になさるなんて」
「本心ではないときに神々の怒りを買うことをご存じないのかしら?」
わたしはそんな彼女たちににっこりと笑いかけた。
「日頃から思っていることですから、スラスラと言えるんです!」
現に女神が反応し、わたしの周囲に加護の光がキラキラと現れていた。
「なんですって?」
アルメリア様が信じられないといった目で凝視してきた。
「ク、クリステル様にお褒めに預からなくても、わたくしが優れているのは当然ですわ! では、ごきげんよう」
素っ気なく返答があって、ますます嬉しくなる。
颯爽と去っていく後ろ姿だって、とても艶やかだ。
「ごきげんようですわ! 良い一日を! アルメリア様!」
語尾にハートマークがつくくらい愛情たっぷりに別れの挨拶を返した。
やはり想像どおりアルメリア様はとても素敵だった。
彼女の高貴な身分から、本当なら王子の婚約者としてすでに決定してもおかしくはないのに、わたしという聖女がいるから、まだ確定していない。
しかも、彼女自身、王子に実は想いを寄せている。
だから、わたしと王子が仲良くすると、彼女はやきもちをして、あんなツンツンな態度をとってくる。
うふふ、彼女はすごく聡明で可愛らしい方なの。
ああ、こうして会話できるなんて幸せすぎる。
悪役令嬢に生まれ変われなかったけど、この人生においての醍醐味を見つけることができたわ。
でも、そんな風に感動に浸っていたから、新たに近づいてくる気配にすぐに気づけなかった。