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学院長からの呼び出し

 それから二日後の放課後、わたしは学院長に呼ばれた。

 講義が終わって、さぁ帰るぞってときに、館内放送が流れたの。

「クリステル・リフォード。学院長室に至急きてください」って。


 あのときのクラスみんなの視線が痛かったわ。

 また何をやらかしたんだって、あの目は言っていたわ!

 魔物学での前科があっただけに!


 なんだろう。わたし、今度は何をしたのかしら。

 全然身に覚えがなくて、護衛にきたお兄様と一緒に顔を見合わせてしまった。


 お兄様と一緒に学院長室に向かい、部屋をノックする。

 声が返ってきて扉を開けると、高級そうな内装の部屋が目の前に広がっていた。


 床には芸術品みたいな柄が織り込まれた絨毯が敷いてあり、靴で踏んだら恐れ多い気がした。

 周囲に置かれた上品な木製の調度品は、見るからに丁寧な作りで、ワックスで表面が綺麗に磨かれて艶やかだ。


 さすが学院長室である。

 重厚そうな作りの椅子に学院長がゆったりと腰掛けていた。


 わたしたちを見て、ソファに腰掛けるように鷹揚に勧めてくる。

 このソファも高級そうだ。

 おそるおそる腰を下ろすと、下半身が包み込まれるような座り心地だ。

 でも、リラックスできるような状況ではないため、キョロキョロと落ち着きなく様子を窺っていた。


「そんなに緊張することはない。今日はお願いがあって来てもらったんだ」


 学院長が席を立ち、年寄りらしく少し頼りない足取りでわたしたちの向かいにあるソファに移動した。

 彼はそこに腰を下ろすと、わたしの顔を見つめながら、「実はだね」と早速用件を切り出す。


「クリステル・リフォード。君は騎士コースを希望していると聞いたが本当かね?」


 学院長は白いお髭をゆっくり撫でながら質問をしてきた。

 そうか、今度は学院長自らの説得か。

 ついに来た学院のラスボスが!

 わたし、悪女伝説のために頑張るわ!

 心の中で激しく闘志を燃やし、学院長と向き合う。


「はい、そうです」

「だが、君は聖女だろう。魔法士コースを修めないのはもったいない。学院としても、これから国のために働く聖女の教育の間違いを見過ごすわけにはいかない。まだ間に合うから、魔法士コースを履修しなさい」

「でも、講義を自由に選べるのは、学生の特権ですよね? カリキュラムにも、自由に選択できると書かれていました」


 わたしに反論されると思っていなかったのか、学院長は年老いた顔を少し不快そうに歪めた。


「何度も言うが、君は聖女だ。専門性に特化したカリキュラムの不備をつくように、わざわざ騎士コースを選択するのは止めたまえ。魔法士のほうが向いていると、誰しもが指摘しているぞ」

「では、変更後のカリキュラムが分かりづらくて、魔法士コースを履修できなくなった学生たちの言い分は、無視しても良いと? 誰しもが指摘しているみたいですけど」

「貴様、誰に向かってものを言っている?」


 学院長の表情が、剣呑なものに変わった。それまであった穏やかな話し合いの雰囲気が、一気に消えてなくなる。


 不穏な気配を感じたのか、お兄様がこっそりわたしの背中を突いている。

 これ以上、やらかすなと言いたいらしい。

 お兄様が言いたい気分は、すごくわかる。


 でもね、わたしは悪女なの。自分の目的のためには手段を選ばない悪党なのよ。


「慈悲深い学院長に、ですが?」


 煽るようにニッコリ答えると、学院長が突然立ち上がった。


「退学だ! 貴様のような生意気な学生は本校には不要だ!」


 学院長は震えながら指を差し、怒りに満ちた目を向ける。


「でも、聖女を退学にしてもいいんですか? それこそ国から抗議されませんか? 学院を卒業しないと、魔法とか使い物になりませんよ?」


 冷静に突っ込みを入れると、学院長の顔色が明らかに変わった。


「それは確かにマズイな……いや、ダメだ! 首だ!」


 学院長がいきなり頭を抱えて苦しみだした。


「首にしてはまずい。だが、私に逆らう者は首だ。あああああ、首首首くびクビ」


 彼は壊れたように言葉を繰り返す。しかも、白目をむいていた。口から泡のような唾を飛ばし、明らかに様子がおかしかった。


「クビだ、クビだ。逆らうものは、全員……」


 学院長は壊れたように、ずっと同じ言葉を繰り返し、最初にいた自分の席に戻っていく。

 力尽きたように座り込むと、ブツブツと意味不明な言葉を言い続ける。

 やがて、口を開けたまま静かになってしまった。瞬きすらしていない。


 学院長は一体どうしてしまったの。


 不安になってお兄様と顔を見合わせたとき、ガチャとドアが小さく音を立てて静かに開く。


 すると、胸の大きな美しい女性が、お茶をお盆にのせて入室してきた。


「どうぞ」


 呟くような小声で、わたしたちにお茶を振る舞ってくれる。

 数日前の廊下ですれ違った黒髪の女性だ。名前は確かメリンカさんだった。

 間近で見たら、すごい美人だ。


 彼女は配膳が済んだらすぐに部屋を出ようとした。


「あのっ!」


 学院長の件もあり、思わず立ち上がり、メリンカさんを呼び止めていた。


「なにか?」


 彼女は怪訝そうに振り返り、わたしを見つめる。憧れの人の黒いきれいな目に見つめられて、すごくドキドキ緊張してしまう。


 あの学院長の異変をどう説明すればいいのか、咄嗟に言葉が出てこなかった。


 学院長がおかしいですって率直に言ったら失礼だと思ったから。

 でも、どうすればいいのかしら。


 悩んだ直後、すぐにいい案を思いついた。


 わたしが彼女に近づき、「来てください」と彼女の手を取って学院長のもとへ連れて行けばいいのよ。

 そうすれば、ついでのメリンカさんと握手もできて一石二鳥!

 なんて素敵なアイディア!


 さっそくメリンカさんに近づいて、「あの、ちょっといいですか?」と、彼女に手を差し出した。

 彼女の白魚のような柔らかい手に触れた瞬間、突然異変が起きた。


「ぎゃあああああああ!」


 目の前でメリンカさんが絶叫したのだ。

 しかも、わたしが握っているメリンカさんの手が黒い煙を上げて激しく燃え出している。


「クリス、離れろ!」


 血相を変えたお兄様が立ち上がり、わたしをメリンカさんから引き離す。すかさず彼女の前に素早く立ちふさがる。お兄様はわたしを守るように背中に隠した。それから流れるような速さで、収納用魔法具バッグルンから護衛用の短剣を取り出し構えていた。


「クリス、マシロを呼び出せ!」

「はい! マシロ出てきて!」


 わたしに声に応じて、マシロがすぐに足元から出てきて、メリンカさんを早速警戒し始める。


「アノオンナ、マモノ」

「魔物ですって?」

「ノミモノ、ドク」

「飲み物が毒!?」


 マシロから教えられる情報に頭が混乱してしまう。

 だって、おかしくない?

 メリンカさんの目は金色じゃなかったよ?

 魔物は瞳が金色って習ったばかりだよ?


 そんな中、メリンカさんは苦しそうに叫び続けて、苦しそうに顔を歪める。彼女の体に異変が起きて、どんどん煙を発して燃え始めている。

 メリンカさんは苦しそうに前に体を屈めた。

 そのとき、彼女の顔から床にボトリボトリと続けて何かが落ちた。

 コロコロと床を転がるそれは、二つの目だ。黒い瞳の。


 なんで、そんなものが。

 そう思って背筋が凍ったとき、メリンカさんが突然狂ったように高笑いを発した。


「アハハハハ。せっかく人間の死体から目玉を拝借して魔物の特長を隠したのに、聖女のせいで全部おじゃんですわ。わたしが魔物だと良く気づいていたわね!」


 再び体を起こしたメリンカさんの顔を見れば、彼女の両目は金色に輝いていた。

 確かに魔物だ。

 全然彼女の正体には気づいていなかったけど、わたしの垂れ流しの聖魔法のせいで、勝手に浄化されたみたいだ。

 メリンカさんの体が燃えていくけど、代わりに何か得体のしれないものが、体の中から生まれようとしていく。蠢く黒い触手が何本も見える。


「逃げろ!」


 お兄様に促されて出入口に向かおうとしたら、メリンカさんから黒い触手が目にも止まらぬ速さで伸びてきてわたしたちの進行方向を塞ぐ。

 お兄様がすぐさま剣で切りつけるが、びくともしない。


「くっ……!」


 お兄様がうめくと、メリンカさんがホホホと高笑いする。


「わたしの名はメリンカ・キヌス。これでも魔王様の右腕と呼ばれているわ」


 なんと、まさかの強敵!


「なぜ、魔物が学院にいるんだ!?」


 お兄様が冷静さを失わずにメリンカさんに話しかけていた。


「それは全部聖女、お前のせいよ。わたしが精魂込めて育てていた魔物をお前が殺したから復讐しにやってきたんですわ!」

「魔物? いつの話ですか?」


 全然思い出せなくてピンとこなかったら、メリンカさんは怒りをあらわにした。


「二年前ですわ! あんなにも強い子だったのに、覚えてもいないなんて!」


 二年前? そういえば、レアアイテムを出すほどの強力な魔物を浄化して退治したことがあった。それのことかな?


「だから、わたしはお前が入学する学院をめちゃくちゃにして、隙あらばお前を殺してやろうと思ったのよ! でも、聖女が色々と騒ぐせいで、カリキュラムの不備がみるみる明らかになり、計画が狂ってしまったではないの!」


 そんなことを言われても。

 悪女を目指していたら、勝手に騒ぎになっただけなのに!


「でも、いいわ。ここでお前を殺せば魔王様も喜んでくれるに違いない。覚悟するといい!」


 メリンカさんは、もはや人の形を保ってない。

 手らしきものをわたしのほうに向けると、そこが怪しく光りだす。


「死ね!」

「マシロ!」


 わたしの声に反応して、マシロが口から炎を吐き出す。

 メリンカさんの発した魔法と激しくぶつかり合い、とてつもない爆音と衝撃が発生する。

 室内はガタガタと激しく揺れて、大きな地震が起きたみたいに物がボトボト落ちている。


 このままではメリンカさんにやられてしまう!

 わたしはすかさず祈るように手を組む。


「集え、聖なる力よ。我に授けよ、浄化の炎。邪悪なものを焼き尽くせ」


 口にしたのは、神殿で教わった聖魔法の呪文だ。

 いかにも聖女っぽい魔法だし、中二病くさくて恥ずかしいから、本当はすごく使いたくないんだけど!


 体の奥から力がものすごい勢いで放出されていく感覚とともに、わたしの前から渦のように聖なる炎がメリンカさんに向かって襲い掛かっていく。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 メリンカさんの体があっという間に丸焦げになる。

 かろうじて人型の本体っぽいものは残ったけど、見るからに瀕死の状況だった。


「こ、こんなに聖女が強いなんて、ありえない……!」


 メリンカさんは、ブルブル震えてかなり戦意を消失している。


 しかも、あと一撃を加えたら、彼女にとどめを刺せそうだ。


 そのとき、椅子に座っていた学院長が、空気を読まずにフラフラと立ち上がり、「あー」とおかしな声を発しながら部屋の中をさまよい歩きだした。


 ちょっと、危ないわよ!

 彼の身を案じてハラハラと心配したとき、急にメリンカさんが彼に向って動き出していた。


「お、おのれ……。こうなったら」


 全身真っ黒になったメリンカさんは、近づいてきた学院長に背後からしがみついていた。


「この男を殺されたくなかったら、護衛たちを下がらせなさい! 武器を捨てなさい!」


 なんとメリンカさんは学院長を人質にとってしまった。


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