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事務室前

 その後、わたしたちは馬車乗り場に行くため、校舎内を急いで移動していた。

 きっと護衛の騎士を待たせてしまっているから。


 本館の正面入り口に向かっている途中、ちょうど事務室前を通りかかったら、人だかりができていた。

 事務室の正面入り口や、通りに面した壁は透明なガラスでできているので、中の様子が見渡せる。

 ワイワイとたくさんの学生たちが立ち入って賑やかなので、一体何が起きているのかと気になったところ、ある言葉が耳に入ってきた。


「メリンカさん! このままじゃ卒業までに魔法士コースを履修できません!」


 どうやら抗議をしにきた学生たちが集まっているようだ。「そうだ、そうだ」と一緒にいる学生たちは激しく同意している。

 学生たちで埋め尽くされているため、入口が閉まらず開きっぱなしになっている。そのため、声が筒抜けになっているようだ。


「あら、去年からカリキュラムは変更になっていたんですよ? お気づきにならなかったのかしら?」


 よく通る女性の声も聞こえてきた。


 思わず彼らのやり取りが気になって、足を止めてしまった。事務室に近づくと、お兄様もわたしについてきて聞き耳を立てている。


「そんな大事なこと、なぜもっと早く言ってくれなかったのですか!? それなら私たちだって最初から気を付けたのに!」

「あら、ちゃんと見れば、基礎魔法を二年生からとったら履修には間に合わないって分かりますよね? 逆に言いますけど、そんなことも分からなかったんですか?」

「分かりづらくて分からなかったんです!」

「ふーん、そんなことも分からない人に、そもそも履修なんて無理だったのではないですか? 話はそれだけですか? 忙しいので帰ってください」

「そんな酷い! 学院はなぜカリキュラムを勝手に変えたんですか? 元に戻してください! 魔法士コースを履修できないなんて、困ります!」


 泣きそうな悲痛な学生の声が響き渡る。


「メリンカさん、あなたじゃ話にならない!」

「学院長に会わせてください!」

「学生が困っていることを伝えたいんです!」


 学生たちの必死な声が次々と沸き起こり、騒ぎが大きくなる。


「黙りなさい!」


 すると、信じられないくらい大きな女性の声で一喝が入り、一瞬で学生が静まり返った。


「これは学院長もご存知のことです。本校は去年から専門性に特化したカリキュラムになったのです。これ以上騒ぐなら、学院への反逆とみなして、退学処分にいたします。いいですね?」


 退学という言葉に学生たちは大いに動揺して怯んでいた。

 さすがに退学は困るのか、学生たちは一人二人と、事務室から無念そうな足取りで去り始めていく。

 その学生たちの表情は暗く、絶望的だった。誰一人納得はしていない。泣きそうになり、目を赤くしている者もいた。


 ここまで学生を打ちのめすなんて、すごい悪女だ。さすが学院長を狂わせた張本人だ。

 是非、顔をしっかりと拝みたい。記念に挨拶をしてみたい。なんなら握手もしてみたい。

 学生を困らせてまで、脅してまで、彼女がここまで情け容赦なく振舞う目的はなんだろう。


 興味を引かれるまま事務室の中に入ろうとしたとき、お兄様に手をつかまれて制止された。


「ダメだ。気持ちはわかるけど、クリスまで目をつけられちゃうよ」

「でも……」


 お兄様は首を横に振って、わたしをそのまま馬車乗り場まで強引に連れていく。





 我が家の紋章を掲げた馬車を見つけて乗り込むと、なんとそこには美丈夫な騎士団長がいた。

 昨日と同じように護衛騎士であるウィルドの格好をしている。暗い金髪を今日もやんわり編んで下げている。


 騎士団長は攻略条件を満たさないと、二度と出現しないはずでは?

 なぜ、なぜなの。

 そうか、プリンね!


 瞬時に謎が解けて、一安心できた。

 今までゲームとは少し違った出来事が起きている。これもきっと同じだろう。


「ウィルド様、今日もよろしくお願いします」

「ああ。それにしても、少し遅かったのではないか?」


 騎士団長はたくましい両腕を組んで少し不満そうである。


「申し訳ございません。クリスが居残りを先生から命じられました」


 お兄様が正直に説明すると、騎士団長の眉が少し上がり、面白そうに輝いた緑の目をわたしに向ける。


「初日から一体なにをしたんだ?」

「もー、聞いてくださいよ」


 今日起きた出来事を愚痴のように騎士団長に話すことにした。


「去年から騎士コースと魔法士コースの履修が同時にできなくなったんで、騎士コース希望の一年生は、基礎魔法を今年受講できないんですよ。そうしたら、なんで聖女が受講しないんだって文句を言われるし、騎士コースの剣技の実技には四人しかいなくて女子ぼっちだし、散々だったんですよ」


「剣技に四名だと!?」


 騎士団長はさすがにその事実に飛びついていた。

 そうだよね。騎士団のトップだもんね。


「そうなんですよ! 一年生のときに専攻コースを選ぶので、魔法士コースが大人気だったんですよ。このまま放置したら、騎士団に入る卒業生が少ないと思いますよ」

「それは困るな」

「やっぱりそうですよね」


 わたしがびっくりしたくらいだから、騎士団長もびっくりだろう。

 数年後には、学院卒のエリート騎士が激減だ。


「以前の三年生から専攻コースを選ぶには理由があった。実際に学ばないと適性が分からないからだ。結局魔力はあっても魔法士の専門的な講義についていけるのか分からないのに、騎士コースすら履修していないのでは、最悪魔法士コースがダメだったときに、取り返しがつかない状況になる。最悪履修が完了せず卒業できない」


 騎士団長が眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしている。


「クリスは魔力のコントロールのために基礎魔法を二年生で受講する予定ですが、選んだコースの履修に関係のない講義をわざわざ受講する人も少ないでしょうしね」


お兄様もとても深刻そうだ。


「そ、そうだったんですね……」


 今日色々と話を聞いていると、元のカリキュラムのほうがよかったみたいだよね。

 専門性を目指すのも悪いことだと思わないけど、間違って受講した人のフォローもないのは変だよね。

 わたしもお兄様に指摘されるまで分からなかったくらいだから。

 まぁ、でも、そういう難しい問題は、頭のいいお偉いさまたちが考えればいいよね。


 今、わたしがとても気になるのは、騎士団長の横に置かれているカゴだ。

 そのカゴの上に布巾がかかっているけど、隙間から中身がちらっと見えている。

 そう、卵だ。それも大量の。その他にも入っているみたいだけど、絶対昨日の食事のお礼だよね。


 わーい、この卵で何を作ろう。

 騎士団長はプリンのツルツルで滑らかな食感に感動していたんだよね。

 また作ってあげたら喜ぶかな。大好きだもんね。


「そういえば、アルトフォード殿。お主の屋敷の警備だが、聖女がいる割には緩くないか? 護衛が少なすぎる」

「警備用の魔法具を使っているので、悪意がある人間は入れないようになっています。昨日、ウィルド様を当家にお招きしたのもそのためでした」


 温度管理ができる魔法具≪オーブン≫があれば焼き菓子も作れるけど、うちにはそこまで性能がいいやつがないから難しいよね。

 頑張ってお金を貯めて購入しようかな。

 はぁ、お金か……。わたしもないけど、お父様も生活費ギリギリみたいだし、お兄様みたいに何か割のいい仕事をしたいわ。

 わたしでもできる仕事ってなんだろう?


「ほう、私を試したというのか」

「いえ、試したというよりは、疑っていたのです。あなたの護衛騎士の服があまりにも新しかったですし、靴が護衛騎士の割には良すぎます」

「ふむ。まだ若いのによく見ているな」


 料理なら結構得意だけど、貴族の令嬢がやる仕事じゃないわよね。きっと相手が恐縮しちゃう。

 あっ、そうよ。料理よ!

 それなら騎士団長へのお礼もお菓子だけじゃなくていいんだ。

 卵たっぷりの、ふわふわオムレツやオムライスなんて、絶対美味しいわよね。


「あなたに害意はなかったみたいですけど、念のため身元の確認をさせてもらったんです。父上にお願いしたら、昨日すぐに返事が返ってきました。ウィルドという人物は護衛騎士の中にはいないと」

「ほう、ウィルドはいないと知っていながら、今日なぜ護衛対象と私をこんな近くに同席させたのだ?」


 フレンチトーストも美味しいわよね。

 とろりとした食感だから、案外騎士団長の好みかも。

 あー、食べ物のことを考えているだけで幸せ。

 むにゃむにゃ。


「あなたに心当たりがあったからです。だから、念のために同級生の王女様にお尋ねしたんです。僕が推測した方の特徴を。そうしたら、ある高貴な方とウィルド様は同じ特徴をされていました」

「ほう、それは誰だったのだ?」

「まあ、あえてお名前はこの場では言いません。でも、もしもその方なら、今の学院のカリキュラムの問題を見過ごすとは思えませんけど……って、クリス? 今までの話を聞いていた?って、寝ているの?」


 スンスン。お兄様のいい匂いがする。素敵。


 何事もなく馬車は自宅に着いたみたいで、お兄様に起こされた。どうやらお兄様の膝の上で爆睡していたみたい。

 他人の騎士団長もいるのに恥ずかしかったけど、きっと彼の中でわたしの株はだだ下がりよね。


 降り際に、案の定プリンのお礼だと言われて騎士団長から卵と甘味料がたくさん入ったかごを渡された。


「こんなにたくさんありがとうございます! お礼にまた何か作りますね!」

「うむ、楽しみにしている」


 騎士団長は今日はすぐに去っていったけど、口元には笑みが浮かんでいた。

 本当にプリンを楽しみにしているみたいだった。


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