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初日から居残り

 四時限目の講義が終わったあと、すぐに帰宅の予定だったけど、居残りを命じられたので、教室に残っていた。


 エルク先生と二人きりになってしまうので、迎えにきたお兄様にも立ち会ってもらう。

 黒板の前で先生と立ち話となった。


「一体、何があったんですか、先生?」


 お兄様が心配そうに先生に尋ねたので、一部始終をわたしから説明をした。

 すると、お兄様はわたしの失敗を謝るどころか、非難の目を逆に先生に向けていた。


「聖女はいるだけで魔を遠ざける清い存在です。クリスが魔性化した猫を浄化してしまい、先生の講義を妨げたことは大変申し訳なかったですが、先生の注意不足もあったのではないですか? 魔性化した猫をケージの中に入れてあったとはいえ、特に注意もなく先生は傍を離れていたそうですから」


 すると、先生は苦笑いを浮かべた。


「確かに私の注意不足はありましたけど、今回クリステル嬢に残ってもらったのは、彼女を叱責するためではないんです」

「では、どうされましたか?」


 お兄様は怪訝そうに尋ねると、エルク先生は視線をずらしてわたしを見つめた。


「放出している聖魔法が多すぎるんですよ。指先が触れただけで浄化しただなんて、普通ではありえません。だから、クリステル嬢が心配になったんです。疲れやすいとか、そういう体の異変はありませんか?」


 エルク先生が尋ねると、お兄様は顔色を変えた。


「そういえば、クリスはこの年でもよく昼寝をするんです。昨日も僕がソファで抱っこしていたら、すぐに眠ってしまったんです。いつものことなので、気にしていなかったんですが、もしかして聖魔法を放出しすぎていることが原因だったんでしょうか……」


 先生が「え、抱っこ?」って別のところで引っかかっていたけど、今はそこを気にしている場合ではないと思う。

 けど、お兄様も「それがなにか?」みたいな冷ややかな顔をしているので、先生は色々と察したのか、わたしたちからソッと目を逸らした。


「えーと、もしかしたら、そうかもしれないですね。でも、昼寝くらいなら、そこまで辛そうではなくてよかったです。また、幸いなことに基礎魔法で魔力のコントロールも講義で扱うので、問題はすぐに解決すると思います。魔物学の講義では、今日みたいに実物を扱う予定なので、さすがに聖魔法をずっと放出されているのは困りますから」


 エルク先生の言葉を聞いて、お兄様はハッとしてわたしを見下ろした。


「クリスは今年基礎魔法をとらないんです。受講するのは来年になってしまいます」


 お兄様の説明を聞いて、エルク先生は愕然とした顔をする。


「えっ、どうしてですか? カリキュラムが変わって一年生のときに魔法士コースの必須科目を受講しないと、魔法士として認定されなくなってしまいますよ?」

「それはわたくしが騎士コースを希望したからです。カリキュラムが変更になったそうなので、わたくしは魔法士コースを諦めました」

「なぜですか!? 魔力も多いですよね? もったいないと思わないですか!?」

「心配してくださるお気持ちに対して大変申し訳ないですけど、よくよく考えて決定したことなので、変更することはありません」


 説得は不要ですと、はっきりと言い切ると、エルク先生は言葉を失って立ち尽くしていた。

 そんな先生にさらに言葉を続ける。


「本日はご迷惑をおかけして大変申し訳なかったです。講義で瘴気を使う場合は事前に教えてもらえますか? なるべくそれに近づかないようにしますので。それではこれで失礼してもよろしいでしょうか?」


 確認をとると、エルク先生は急に不機嫌な様子になる。


「いや、ダメです! 絶対に」


 エルク先生の激しい拒絶に呆気にとられた。


「庶民の私がここで教鞭をとれるようになったのも、魔力があったからなんです。この世の中は魔力こそがモノを言うんですよ。それなのに、魔力が当たり前にあるあなたはそのありがたみが何もわかっていないから、そう簡単に捨てるような選択をしてしまうんです! そんな愚行を私は見逃すわけにはいかない!」


 エルク先生が平民出身だってことをすっかり忘れていた。彼は高い魔力を認められて、学院に残ることができ、身を立てることができた。

 その苦労は並大抵ではなかっただろう。


「でも、わたしは騎士コースを履修して騎士を目指したいんです」

「ダメったら、ダメです! もしクリステル嬢が基礎魔法を受講しないなら、魔物学の単位の取得は認めません!」


 エルク先生の強引なやり方に言葉を失う。


 まさか単位をネタに脅迫までするなんて。

 なんて悪役らしいのでしょう!

 熱心で生徒想いな先生かと思いきや、こんな風に弱みにつけ込むようにごり押ししてくる先生をわたしはすっかり見直していた。


 普通の聖女なら、彼の苦労を察したり、先生の意を汲んだりして、説得されるかもしれない。

 でも、わたしは彼とは違う。出世を望んだ彼とは違って、悪女を目指して頑張っている最中だ。


 先生がこんな風に単位をちらつかせて屈服させようと、わたしに敵対するなら容赦はしない。

 わたしも自分の目的のために手段を選ばない。だから、そのために先生に今からひどいことを言うわ。

 ついでに先生の攻略フラグを折るために。


 肩にかかる自分の髪を手で振り払い、威圧するように先生を見上げた。


「なら、先生はわたくしが見過ごせないなら、なぜ改悪なカリキュラム変更を野放しにしているのでしょうか? 以前までは騎士コースも魔法士コースも両方履修できたんですよね?」

「うっ……!」


 エルク先生は、見るからにたじろいだ。

 かなり効いたのか、しっかりとダメージを受けてそうだ。

 よし、次はとどめよ!


「魔法士コースも剣士コースもやる気と実力さえあれば以前は履修できたのに、学びたいと願っても、現状ではできません。その状況を作ったのは学院側ではないですか。わたくしに魔法士コースを履修させたければ、まずはそこから考え直したほうがよろしいのでは? 立場の弱い学生を脅す前に」


 エルク先生はとても苦しそうに顔を歪めている。肩が揺れて握り締めた拳までもプルプルと小刻みに震えている。


「……私だって、本当はこんなカリキュラムを受け入れたくない。でも、それに反対した教授は学院長によって首にされた。だから、助手である私が教鞭を取らざるをえなくなったんです」

「そうだったんですか……」


 剣技の先生が学院内がピリピリしていると言っていたが、このことだったんだ。

 しかも、逆らった先生が首になっていたなんて――。

 だんだんと学院の中で悪人の存在を感じ始めて興奮してきた。


「他の先生たちは恐れて何も言えなくなりました。みんな今の地位を失いたくないから。私たちにも生活がかかっているんです……」

「でも、どうして誰も学院長を止められないんですか?」

「それは、上の言うことは絶対だからです。学院長は先々代国王のご兄弟ですし、その他の先生もそれなりに身分の高い人ばかりです。そんな中で私みたいに後ろ盾のない人間はひとたまりもないです」

「なるほど」


 頬の手を当ててため息をつくと、隣にいたお兄様が口を開いた。


「学院長はずっと以前から学院にいらっしゃいますが、なぜ去年からカリキュラムを急に変更したんでしょうか」


 エルク先生はお兄様の質問を聞いた直後、眼鏡の奥の漆黒の瞳を憎しみに変えた。


「あの女が来てからです。あの女を重用するようになってから、学院長は人が変わったようにおかしくなってしまったんです」


 その女性によほどの恨みがあるのか、エルク先生は怒りに満ちた顔をしている。


「あの女とは、誰ですか?」


 お兄様が尋ねると、エルク先生は名前を出すのもおぞましいといった苦々しい表情をする。


「メリンカです。黒毛の女性で、学院の事務員として採用されてから、すぐに学院長のお気に入りとなりました」


 色恋が学院長を狂わせたのだろうか。昔から傾国の美女っていうよね。


「そういえば、今日学院長を見かけたとき、傍に胸の大きい美人がいたんですけど、その女性がそうですか? 黒くて長い髪をハーフアップにして、瞳の色はよく覚えてないけど、黒い感じだった気がするんですが」


 確認のために尋ねると、エルク先生は小さくうなずいた。


「そうです。彼女ですね」


 エルク先生は辛そうに歯を食いしばっていたが、やがて力尽きたようにうなだれた。それどころか、この世の終わりのような顔をしていた。

 顔を両手で押さえて、うめき声をあげる。


「あぁ、なんていうことだ。あの学院長たちのやり方に怒りを感じていたのに、私はクリステル嬢に同じやり方をしてしまった……! 私はなんて最低なんだ! すまない、先ほどの私の発言は忘れてくれ。申し訳ない、失礼する」


 エルク先生は打ちひしがれた様子で、逃げるように教室から去ろうとした。


「待ってください、先生!」


 慌てて呼び止めると、先生は力なくフラフラな様子で振り返る。


「猫をお忘れです」


 ケージに入った猫を指さすと、先生は「ああ、メルロー! 君を忘れるなんて、私はなんて最低なんだ!」とさらに落ち込んでいた。

 そのままフラフラとケージを重そうに抱えて今度こそ去っていく。


 これで恋愛フラグは折れたに違いない。

 悪女にまた一歩近づいたわ。

 ちょっと先生が心配だけど、悪行のための多少の犠牲はやむを得ない。


「大丈夫でしょうか?」

「先生も大変だよね」


 お兄様も浮かない顔をして先生を見送っていた。


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