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中休み

 制服に着替えて鍛錬場の前にいると、護衛としてベナルサス様が来てくれた。

 登校時にお兄様が言っていたとおりだ。


「ベナルサス様、ありがとうございます!」


 赤毛の彼はにっこりと愛嬌のある笑顔を浮かべる。


「待たせてしまい、申し訳ございません」

「大丈夫ですよ。わたくしも今来たところです」

「それはよかったです。本館二階のテラスでアルトフォード様と待ち合わせでしたよね。向かいましょう」


 二階のテラスは、開放感のある天井の高い造りだ。ほとんどガラス張りで、本館の正面にある庭園が一望できる。

 広いフロアにテーブルと椅子がいくつも置かれていて、自由に使えるみたいだ。

 喫茶店も併設しており、そこで頼んだメニューも食べられるようだ。


「中休みは三十分の休みがあるので、この間に軽食や持ってきたおやつを食べる学生もいますね」

「そうなんですね。教えてくださり、ありがとうございます」


 一日の講義の時間は、最大六時限目まであるが、選択した科目によっては、午前中で終了することがある。

 本日は四時限目までなので、終わるころにはお昼の時間帯を結構過ぎている。だから、家に帰るまで何も食べなかったら、腹ペコで死にそうになりそうだ。

 おやつの時間は、かなり重要だと感じた。


「あの、よかったら、召し上がりますか?」


 ベナルサス様がそう言って差し出してきたのは、なんとクッキーが入った小さな缶の容器だ。

 色々な種類の焼き菓子がある。見るからに高価そうだ。


「あの、いいんですか?」


 ベナルサス様がご自分のために持ってきたものなのに。


「ええ、お兄様にクッキーを食べられて悲しかったとおっしゃっていたので、よほどお好きなんですよね?」

「まあ、ありがとうございます!」


 ベナルサス様を前回脅かしすぎたせいか、お菓子で懐柔してご機嫌をとりにきたようだ。

 わたしもやり過ぎたと自覚があったので、ここは素直に彼の思惑にのってあげることにした。


 ボリボリ。


「うーん、バターが濃厚で美味しいですわ」


 でも、餌付けされるほど、わたしはチョロい女ではない。

 手なずけられたと思われないためにも、お返しはしっかりとしないと。


「ベナルサス様はどんなお菓子がお好きなんですか?」


 どうやら彼はお菓子ならなんでも好みのようだ。

 好き嫌いがないなんて、ケチのつけどころがなくて立派だわ!


 色々と彼とお話しているうちに賑やかな団体がテラスにやってきた。


 一目でわかった。女性たちに囲まれる中、少し頭身が高い存在。

 黒いサラサラな長髪と、馴染みのある気配で、すぐにお兄様だと気づいた。


 お兄様はテラスまで女子学生をエスコートしていた。その相手の女子は、お兄様の腕に親しそうに手をかけている。


 互いに見つめ合い、微笑みを浮かべながら会話している。


「あの女子学生は、マクリーナ王女ですね。アルトフォード様と同じ学年で、去年彼が彼女の護衛をされていたんですよ。年末のパーティーのときにパートナーとして二年連続で王女に選ばれていたので、お二人の関係に親密な噂があったんです。アルトフォード様は端正な顔つきをされていますし、大変優秀ですから、王女の目に留まったのだろうと」


 わたしがじっとお兄様たちを見つめていたので、ベナルサス様がこっそりと教えてくれた。

 護衛は新一年生では担当できないので、二年生になった時点でお兄様は引き受けたようだ。


「なぜ二年連続でパートナーに選ばれると、そういう噂につながるんですか?」

「決まった相手がいない場合は、毎年相手を変えてパートナーを探すんですが、毎年同じだとそういう意味になるんですよ。クリステル様もお気をつけくださいね」


「そうだったんですね。わたくし、パーティーの決まりも噂のことも全然知りませんでしたわ」


 お兄様は家では一言も護衛のことも王女様のことも話していなかった。

 ただ、学院内で割の良い仕事をしていると言っていただけだ。


 すると、ベナルサス様は意外そうな顔をする。


「そうなんですか。仲がよいご兄妹なので、なんでも話されていると思ってました」


 それを聞いてわたしはうなずく。


「そうですよ。お兄様は大事なことはきちんとお話ししてくださいますわ」


 お兄様は王女様と別れたあと、テラスを見渡してわたしたちを探しているようだった。

 だから、わたしは椅子から立ち上がってお兄様に自分の存在をアピールした。すると、お兄様はすぐに気づいて、笑顔を浮かべてこちらにやってくる。


 そのとき、気づいてしまった。お兄様の背後でじっとこちらを睨みつける存在を。

 先ほどまでお兄様と話していた王女様が、わたしだけを恨めしそうに見ていた。


 王女様はわたしと目が合うや否や、プイッとあからさまに視線を外すと、取り巻きと共にテラスから消えていった。


 なぜわたしに敵意を向けるのだろう。心当たりが全くなくて、首を傾げながら、お兄様を歓迎する。


「お兄様、お疲れ様ですわ」

「ああ、すまない。ちょっと用事があってね」

「そうでしたの」


 ニッコリと微笑むと、お兄様も同じように笑顔で返してくれる。それから視線の先が、わたしの手元に移った。ベナルサス様からもらったクッキーに気づいたようだ。


「何か飲み物を買ってくるよ」


 お兄様はそう言って三人分テイクアウトしてきてくれた。


「お兄様、ありがとうございます」


 わたしが飲もうと手を差し出したとき、お兄様はなんと手で遮ってきた。


「ちゃんと毒見した?」


 お兄様がにっこりと笑っているので、わたしの背中に冷や汗が流れた気がした。


 はい、すっかり忘れてクッキーを食べていました。

 聖女は魔物だけではなく色んな人間にも狙われやすいから、家の外では気を付けなさいと注意されていたのに。

 でも、護衛であるベナルサス様からの差し入れだから、そこまで慎重に警戒する必要もないと思うけど。


 慌てて「マシロ出てきて」と聖獣を呼び出すと、わたしの足元の陰からマシロが登場した。

 眷属の証である印が、額の上に浮き出ている。そこには、わたしが名付けたマシロという文字が書かれている。


「うわ! それはなんですか?」


 ベナルサス様がびっくりして、少し後ずさっていた。

 マシロの姿は、白銀の毛並みをした小型の犬だ。本来はもっとデカイ大型の狼だけど、姿を変えられるというので、小さくしてほしいとお願いしていた。


「以前助けたら、懐かれた聖獣なんです」


 名前が欲しいというから、特に深く考えずに白っぽい毛並みを見て「じゃあ、マシロはどう?」と返事をしたら、なんとわたしの眷属になってしまった。

 お傍を離れませんと言われ、ずっと姿を潜めて一緒にいる。

 後で知ったことだけど、聖獣は契約をして主人を得ることによって、主人とつながることができ、そこから加護を得られるらしい。

 わたしからもらえる加護ってなんだろうね? 食いしん坊かな。


 マシロはくんくんと犬らしく食べ物や飲み物の匂いを嗅いで、毒などの危険がないか調べてくれる。


「ダイジョウブ」


 マシロが安全を確認してくれたので、わたしは今度こそ飲み物を手にすることができた。


「はー、お茶はクッキーと相性がいいですわね」


 温かいお茶は、リラックス効果もある。先ほどの運動で喉が渇いていたから、すごく美味しく感じた。のんびりタイムは大事だ。

 わたしの足元でマシロも目を細めてご褒美のクッキーをボリボリ食べている。


「いや、それよりも聖獣を毒見役って、どういうことですか? 聖獣って、神に仕えるものですよね? 人に仕えるものなんですか?」


 ベナルサス様がなにやら混乱しているけど、お兄様がヒソヒソとフォローしてくれているから、きっと大丈夫だろう。

 わたしもどうして聖獣が自分に従っているのか理解不能だったので、尋ねられても正直なところ困る。


「さて、そろそろ講義が開始するころだ。移動しよう」

「はい」


 お兄様が予鈴を合図に素早く席を立つ。

 目的の教室に向かって廊下をスタスタ歩いていると、進行方向から大人たち一行が近づいてくる。

 周囲にいた学生たちは一斉に壁側に寄り、頭を下げて道を譲る。


 誰だろう?


 かなりの年配の男性が先頭にいたので、それなりの地位にいると思われた。ぱっと見の服装が高価そうだったから、きっとお給金もよいのかも。

 しかも側にいたお供の女性が巨乳の美人だ。歩くたびに揺れている。すごい。

 お兄様も同じようにお辞儀をしていたので、わたしも空気を読んで、周りにならって頭を下げる。


「今の人って誰なんですか?」


 大人たちが通り過ぎたあと、お兄様に尋ねていた。


「学院長だよ。一番偉い人」


 ああ、なるほど。


 その後、三時限目が始まる前に教室に移動した。

 アルメリア様たちはすでに着席していたので、さっそく彼女の隣に相席する。

 彼女たちと会話を楽しんでいたところ、先生が入室してきたので、おしゃべりは終わりになった。

 次は必須科目である歴史学だ。


 これも結構大変だ。王国の歴史について学ぶ。詰め込み式だから、ひたすら暗記だ。お兄様からあらかじめ予習を受けておいてよかった。これは最後の講義のときに合否テストがあるらしい。

 受からないと単位が取れないから、少しも気が抜けない。


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