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思い出した前世

「今ね、多いんですよ」


 この神様の台詞を思い出したのは、十歳のとき神殿で聖女判定を受けたときだ。

 突然、記憶がよみがえったの。

 日本の女子高生として生きていた前世だけじゃなく、死んだときのことも。


「女性なら特に悪役令嬢に生まれ変わりたいって希望が多くてね。なんでも悪役になって別のことを目指したいみたいで。早くて八十年待ちになっちゃいますね」

「そんな! 生まれ変わるなら悪役が良いって思っていたのに!」


 昔から物語の悪役が好きだった。

 潔いくらいまで自分勝手で、清々しいくらい分かりやすい思考回路が愛おしい。

 まさに我が道をいく感じ。

 わたしもあのようにありのままの傍若無人で生きたいと願っていた。

 だから、生まれ変わるなら、悪役に憧れるのは当然のことだった。


「空いているのは、正ヒロインの聖女ですかね」

「じゃあ、本物の聖女を追放しちゃう、なんちゃって聖女のほうは空いているんじゃないですか?」


 確かアレも最後にざまぁされるけど、悪役だったはず。

 わたしならもっと上手くやれるわ、たぶん。


「転生枠ではないので無理ですねー」

「そんな! わたしは悪役を目指したいのに! 絶対に聖女はイヤよ!」

「とは言っても、聖女しかないですし、運命値最強なので聖女以外を目指すのも無理なので、頑張ってくださいねー」

「えっ」


 再び文句を言う前に神様によって「じゃあねー」と問答無用でサクサクッと転生させられた。



§



「クリステル、其方を聖女として認める」


 大神官の言葉で我に返った。

 台座に置かれた水晶が、虹色に光り輝いている。その水晶から手を離した途端、元どおり暗くなった。


 そうだ、ここは神殿だった。

 あまりにも周りで不思議なことが起きるから、家族に連れて来られたんだ。


 わたしが聖女?


 前世の記憶もよみがえり、混乱した中で、出た答えは一つだった。


 絶対に聖女なんかになりたくない!


 叫ぼうと思ったら、隣にいたお兄様にいきなり肩を抱き締められた。


「クリス、大丈夫? 聖女になっても僕がついているからね」

「さすがだ、我が愛娘よ! やはり聖女だったか!」


 お父様にまでぎゅーと抱きしめられる。


「ふがふが」


 聖女になりたくないと主張したかったけど、二人にもみくちゃにされちゃって、それどころではなかった。


「お母様にも報告だ」


 喜んで舞い上がったお父様によって馬車まで慌ただしく連行されたから。

 神殿に抗議する暇もなかった。


 石畳の上を我が家の馬車がパカパカと蹄の音を響かせながら進む。

 馬車の内装は、対面式の座席だ。


「いやー、さすがはクリスだ。当家から聖女が現れるなんて、リフォード家の誉れだ」


 わたしの向かいに座るお父様は、豪快にアハハと笑う。


「はい、父上のおっしゃるとおりです。クリスは自慢の家族ですね」


 お兄様がわたしの横で真面目にうなずいている。


「うむ。アルト、其方は三年後もまだ在学中だから、クリスの学院入学に合わせて護衛に任命されるであろう。それまでに精進するように」

「はい、父上」


 国王から騎士の栄誉を授与され長年傍で仕えるお父様が、ここまで確信した発言をするなら、もう決定事項だと思う。


 あー、記憶が戻って頭の中がぐちゃぐちゃだったけど、やっと整理がついてきた。


 そう! 高校生だった前世を思い出して気づいた!

 ここは乙女ゲームの世界だ。

 ありとあらゆる悪役をわたしは網羅しようと、悪役がいるゲームは色々とプレイしまくったから!

 そのプレイした中の一つと同じだ。

 聖女を目指す少女が、ライバルと競いながら魔物と戦いつつ学院内で恋愛するゲーム!


 その名も「禁断の恋と真実の愛」だわ。


 魔力のある子どもは、十三歳になる年に学院への入学を認められるから、そこで物語が始まるの。


 黒髪美少年のアルトお兄様は、可哀想なことに五人いる攻略キャラの一人だ。

 お兄様もわたしも現時点では知らされていないけど、実はわたしたちは血の繋がった兄妹ではない。


 思い出して、わたしもびっくりー。


 お父様は、わたしと同じ金髪碧眼で、筋肉ムキムキの男爵リフォード家の当主。

 病弱なお母様に代わって、わたしたち兄妹をたくさん可愛がってくれる。


 先ほどのお父様のお話だと、どうやらゲームの設定と同じ筋書きみたい。

 とすると、現状では聖女まっしぐらなのよね。


「はぁ」


 頬に手をつき、ため息をつく。


「わたくしに聖女なんて務まりませんわ。むしろ、」


 悪女になりたい、という台詞は最後まで言えなかった。


「まだ幼いのに、なんという謙虚さだ。父として、誇らしいぞ」

「クリスは不安なんだよね。さっきも言ったけど、学院に行っても僕が傍にいるから」


 お兄様が覗き込むように見つめてくる。その紫の目は、温かく優しい。


 お父様とお兄様が誤解している。


 はっ! もしかして、これが神様が言っていた、運命値が最強のせいで聖女以外にはなりえないってやつ!?

 そんなものに負けないわ!


 この世界には魔物がいるけど、そんな奴らにとって聖女は天敵。だから常に狙われる。


 しかも、聖女の名声が上がり過ぎると、ラスボスの魔王襲撃イベントが突然発生しちゃうの。


 なにせこのゲームは、ゲームバランスが鬼畜と言われるくらい魔物との戦闘は超ハードで有名だった。


 ゲーム中に数えきれないほど殺されてコンテニューする羽目になり、何度泣きを見たことか。


 クリアまでとても苦労したせいで、内容をよく覚えていた。


「母上もきっと喜んでくれるよ」


 続けて発せられたお兄様の言葉で衝撃の事実を思い出した。


 そうよ。わたしが攻略キャラとラブラブになったり、聖女の名声が上がったりしたせいで実家からしばらく離れると、お母様死亡イベントが必ず発生するの!


 大好きなお母様が死んじゃうのよ!

 そんなイベント絶対、起こさせるわけないでしょう!


 聖女になって良いことなんて、ほんと全然ないわ。

 自分の運命は自分で切り開いて、立派な悪女になってやるんだから!


 拳を掲げてプルプル握りしめていると、お兄様に手を取られ、甲にキスされる。


 驚いて目を瞬くと、お兄様に茶目っ気たっぷりに微笑まれる。

 伸ばした黒髪を後ろでまとめた涼しい顔が、わたしをじっと間近で見つめている。


「クリス、大丈夫? 話をちゃんと聞いていた?」

「……あっ、ごめんなさい」


 前世からだけど、わたしって注意力がちょっと足りない。

 それを優しく注意してくれるなんて、さすが頼りがいのあるお兄様だわ!


 お兄様も攻略キャラだけど、公式ガイドブックに攻略方法が書かれていたにも関わらずネットの掲示板でクリアした人を誰も見かけたことがないくらい超難関キャラだったので、前世では一回もクリアしたことがなかった。


 基本的に悪役令嬢とのやりとりが見れれば満足だったから。


 だって、お兄様ルートを選ぶと、他のキャラの信奉値(好感度ともいう)を上げづらくなり、ゲーム自体の進行難易度が跳ね上がるのに、他のキャラの主人公に対する信奉値が一定値以上ないとお兄様の攻略イベントが起きないのよ。


 ところが、今の人生では、その前世の知識が大役立ちだわ。


 悪女を目指す結果、攻略キャラたちに好かれないから、お兄様ルートの攻略イベントが絶対起きない。


 つまり、今までどおり家族として仲良くしていても何も問題はないってこと。


 こんなに優しくて素敵なお兄様を避けずに済んで良かった!


「お兄様、大好きですわ」

「ぼくもだよ」


 わたしの手を握るお兄様の手に力がこもる。


「はっはっは、我が家の兄妹は仲睦まじいな!」


 そんなお父様のお言葉は、目をきらきらと輝かせて尊敬のまなざしでお兄様を見つめる能天気なわたしの耳には一切入らなかった。


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