9 かつての居場所、今の居場所
その日、俺はミリエラに稽古をつけていた。
場所は『癒しの盾』本部の裏にある小さな庭だ。
「ソフィア、スキルを頼めるか」
と、呼びかける。
「わかりました。スキル──発動!」
ソフィアが右手をかざした。
青白い光が俺の全身を包む。
体の内部から激しい炎が弾けるような、いつもの感覚が生じた。
「くおおおおおおおおおおおっ!」
咆哮。
吹きあがる闘気は物質化し、黒い鎧となって俺の体を覆う。
身体能力や反射神経なども、人間の限界を超えてはるかに強化されていた。
『戦う意思』をトリガーとし、人の持つ生命エネルギーを自在に制御、増幅する術──俺が習得した冥皇封滅剣の奥義である。
その能力は多岐にわたり、闘気を物質化したり、術者の能力を増幅したり、あるいは他者の治癒や強化といったことも可能だ。
「時間が限られてるんだ。俺が『全力』でいられるうちに──やるぞ、ミリエラ」
「りょーかいっ」
少女剣士は生き生きとした顔でうなずいた。
「本気の師匠とやりあえるなんて嬉しい。あたしの全部を出し切るからねー!」
ミリエラの全身から青い炎が吹き上がった。
魔力の、炎。
さすがにエルフだけあって、強大な魔力だ。
やはり本気モードの俺と対峙して、モチベーションが上がっているんだろう。
「いっくよー!」
叫んで駆け出すミリエラ。
前回同様、魔力の炎を後方に噴射し、その勢いで加速する。
「以前よりも魔力のコントロールが上手くなっているな」
前回の戦いで、彼女なりにコツをつかんだんだろうか。
もともとミリエラは、魔力の制御がかなり不安定だったそうだ。
故郷であるエルフの森でもなかなか上達しなかったとか。
だが、実戦は最上の訓練だ。
入会審査を兼ねた模擬戦とはいえ、俺と立ち会ったときの経験が、彼女の魔力制御の上達を促したんだろう。
そんな『弟子』の成長を見るのは、俺としても嬉しい。
「だが……まだまだだな」
俺の目には、その動きの『欠点』が見えていた。
最小限の動きで避け、カウンターの剣を繰り出す。
模擬剣の一撃が、ミリエラのみぞおちを打った。
かなり手加減した一撃だが、それでも彼女にはきつかったのか、
「うう……ぐっ……」
うめいて、その場に崩れ落ちる。
「──大丈夫か」
「う、うん……」
息を乱しつつも、気丈に答えるミリエラ。
「けど、全然歯が立たない……うーん」
「ミリエラ、もっと集中だ。君の中には、まだ眠っている力がある」
俺は彼女の肩にポンと手を置いた。
「自分の強さを自覚しろ。感じ取れ。そして解放しろ」
「あたしの……眠っている力……」
ミリエラには、事前に教えてあった。
エルフだけあって、彼女は強大な魔力を秘めている。
もしかしたら、資質だけなら【青の魔女】に匹敵するかもしれない。
ただし、彼女はそれをコントロールする術を知らなさ過ぎた。
いくら上達したとはいえ、まだまだムラがある。
現に先ほどの加速も、スピードの伸びが途中から鈍化していた。
だから俺は簡単に動きを見切ることができたのだ。
「魔力の流れを感じ取れ。イメージしろ。【青の魔女】は常にそうしていた」
「イメージ……」
ミリエラは俺の言葉を繰り返す。
もちろん、こんなことはエルフの森でも繰り返し教わってきただろう。
ただ、知識として知っているのと、実戦でそれを扱うのはまるで違う。
俺との対戦を通じて、彼女が覚醒することができれば──。
あるいは、そのきっかけを少しでもつかめれば。
ミリエラは、『化ける』かもしれない。
「さあ、続きと行こう。悪いが俺が『全力』を出せる時間は限られているからな」
「あ、そうだね。ありがと、師匠」
一礼して、ふたたびミリエラが突進する。
「はあああああああああああああああっ」
気合いとともに加速。
が、やはりその動きはまだまだ緩慢だった。
俺は軽く身をひねり、彼女の突進をいなす。
「うう、やっぱりだめか~」
「まあ、一朝一夕に成果が出るものじゃないさ」
「……がんばる」
「その意気だ」
ミリエラは、とにかくへこたれない少女だ。
どれだけ打ちのめされても、すぐに立ち上がる。
それは強くなるために、もっとも重要な資質だと思う。
「焦るな、ミリエラ。君はまだ若い。強くなるのはこれからだ」
俺のようなロートルと違い、彼女には輝かしい未来がある。
そう思うと、教え甲斐があった。
「ありがと、師匠」
ミリエラがはにかんだような笑みを浮かべる。
「ジラルドさん! お久しぶりです!」
突然、背後から声がした。
そこに立っていたのは、まばゆいばかりの美少女。
炎のような深紅の髪を長く伸ばした、軽装鎧姿の剣士だ。
年齢は十七歳ほど。
いかにも勝気そうな容姿は生気にあふれている。
「ヴェルナ──」
俺は彼女を見て、驚く。
「なぜ、ここに」
「なぜって──ジラルドさんを追ってきたんです。あたしの他にもいますよ」
ふふっと笑うヴェルナ。
その背後には、四人の冒険者の姿があった。
「サーナたちまで……」
「お知り合いですか、ジラルドさん?」
ソフィアがたずねる。
「ああ、彼らは『栄光の剣』に所属している冒険者──つまり、俺が前にいたギルドの仲間たちだ」
……仲間、か。
内心でその言葉を繰り返す。
俺は『栄光の剣』でパワハラやセクハラなどの罪をでっちあげられ、追放同然に解雇された。
仲間だと思っていた連中からの罵声や暴力は、今でも覚えている。
思い出すだけで、胸が痛む。
彼女たちも──俺のことを軽蔑しているんだろうか。
パワハラやセクハラが事実だと誤解されているなら、きっとそうだろう。
なら、一体何のためにここまで来たんだ。
まさか、俺を糾弾するために追ってきたのか?
「あたしたち、『栄光の剣』を抜けてきました」
が、ヴェルナの言葉は予想外のものだった。
「えっ……?」
「全員、辞めてきたんです。ジラルドさんへの仕打ちが許せなくて」
ヴェルナが告げる。
切れ長の瞳に、怒りの炎が燃えているように見えた。
「あたしたちはこれから、新しいギルドを作るつもりです。ジラルドさんには、ぜひそこのマスターになってもらいたいと思って──迎えに来ました」
俺をギルドマスターに、だと……!?