7 エルフの少女剣士
「とりあえず、ギルド連盟の会館に募集広告を貼ってきます」
ソフィアが言った。
「広告か。どれくらい効果があるかな」
「うーん……うちみたいな弱小ギルドだと、効果はあまり期待できないかもしれません」
俺の問いに、うつむくソフィア。
「確かにランクアップしたとはいえ、『癒しの盾』はEランクギルドですからね」
受付嬢のコレットがうなった。
「どうせ所属するなら、少しでもランクの高いギルドに──というのは、大多数の冒険者が考えることだと思います」
ランクの高いギルドほど、強力な冒険者が多く在籍する傾向にある。
討伐や護衛などのクエストなら、強い冒険者と組んだ方が危険が少なくなるし、当然成功率も上がる。
逆にランクの低いギルドなら、あまり強い冒険者が在籍していないことが多く、前述のようなクエストの危険度も段違いに上がるだろう。
ただし、ランクの高いギルドほど、入会の審査が厳しかったりもするので、結局ほとんどの冒険者は実力相応のギルドに所属することになる。
そこで実績を上げれば、よりランクの高いギルドに移籍したり、逆に働きが悪ければ解雇され、もっとランクの低いギルドに移る……というのも、この業界ではよくあることだ。
まあ、要するに低ランクギルドは冒険者にとって魅力が薄く、人気がないということである。
「──いや、待てよ」
ふと思いついたことがあった。
「募集広告に『Sランクモンスターの討伐実績あり』『将来性のあるギルドです』という感じの文言を入れてみないか?」
「なるほど! いいですね」
うなずくソフィア。
「ジラルドさんがSランクモンスターを討伐してくれたおかげで、宣伝効果が出ますね。ありがたいです」
コレットが微笑む。
初対面では俺に対してあまりいい印象を持っていなかったようだが、先日の討伐以来、その態度はかなり軟化していた。
彼女の言う通り、魔炎竜討伐はきっと宣伝効果があるはずだ。
Sランクモンスターを狩れる冒険者が所属しているギルドなら、これから先もっとギルドランクが上がっていく──と考える冒険者だっているだろう。
その将来性に魅力を感じて、入会してくれる者が現れるかもしれない。
──広告を貼った翌日、さっそく入会希望者が訪れた。
「あたし、ミリエラといいまーす! こちらのギルドに入会希望なのっ!」
その少女は、突然やってきた。
美しい金色の髪を三つ編みにした、活発そうな美少女だ。
尖った耳はエルフの特徴だった。
外見は十代後半といったところだが、長命のエルフ族だからもっと年齢が高いかもしれない。
「入会希望……!? ほ、本当に、うちに……!?」
ソフィアが呆然とした顔で言った。
「希望者なんて何か月ぶりでしょう……うう」
コレットが泣いている。
よかったな、二人とも。
俺としても冒険者仲間が増えるのは嬉しいことだ。
「ん? 冒険者ランクはFなのか?」
彼女が下げているペンダントを見て、気づく。
Fといえば、最底辺ランクである。
「えへへー、実は先週に冒険者認定を受けたのっ」
ミリエラはなぜか誇らしげだ。
「冒険者になりたてということか」
「人間の世界に来たのも一週間前だよ。二十年くらい前に、エルフの森の長老が冒険者をやっていたみたいで。邪神相手にも大活躍した話を聞いていて、あたしも前から冒険者に憧れてたから」
「長老?」
まさか──。
俺はハッとなった。
「【青の魔女】アルジェラーナのことか?」
「そうだよ! うわぁ、やっぱり有名なんだねー」
ミリエラが嬉しそうに叫んだ。
アルジェラーナは俺と同じく、邪神大戦の折に活躍して五大英雄の一人に数えられているエルフの魔法剣士である。
二つ名は【青の魔女】。
その絶大な魔力と優れた剣技で、多くの堕天使や聖獣を討伐した。
大戦終了後は旅に出たため、今はどこにいるとも知れないが──。
「しかし、Fランクか……」
俺はうなった。
「いくら人手不足といっても、誰でもいいというわけじゃない。あまりにも実力が低ければ、最低限度のクエストもこなせないし、そもそも危険だ」
「ですね。冒険者としての適性があまりにもないようでしたら、こちらとしても入会は認められません。あなた自身のためにも」
と、ソフィアが真剣な顔で言った。
──この辺、営利を第一目的にするようなギルドだと、実力が見合わない冒険者でも、とりあえず数合わせとして入会させ、入会金や年会費をせしめる……というところもあるらしい。
「実力の世界だっていうのは承知してるよ。じゃあ、テストして。あたしの力をっ」
ミリエラが俺とソフィアを見た。
「力を示せば、入れてくれるんでしょ? あたし、がんばる! 強くなりたいの。誰よりも、何よりも──」
まっすぐな瞳だ。
うん、なかなかいい目をしている。
──いい目をしているんだが、実力は伴っていなかった。
「ううう……も、もう一本……」
俺が軽く放った一撃で地面に伸びていたミリエラが、ふらふらと立ち上がる。
「もうよせ。力の差は明らかだろう」
俺はソフィアにスキルをかけてもらい、全盛期モードで彼女の力を試した。
どうやら彼女はアルジェラーナと同じく魔法と剣技を併用して戦うタイプ──いわゆる魔法剣士のようだ。
ただ、その実力はアルジェラーナとは天と地ほどの差があった。
普段の、Cランク相当の実力のままでも俺が問題なく勝つだろう。
エルフだけあって、潜在的に高い魔力を秘めているようだが、それを活かすだけの技量と経験が不足している。
少なくとも即戦力には程遠い。
「すごい……こんなに強い人間がいるなんて……」
ミリエラが剣を構える。
「まだ、戦う気か」
根性は大したものだ。
「言ったでしょ。あたしは強くなりたいの。誰よりも、どんな存在よりも。そう、邪神や竜王よりも、ね!」
彼女の全身から青い輝きがあふれた。
魔力が、炎のようなオーラとなって吹き上がっている。
「だって、あたしはアルジェラーナ様みたいになりたくて──あの方に憧れて、ここに来たんだから! 何も成し遂げられずに、おめおめと帰れない! 帰らないよ!」
青い光をまとったミリエラが駆ける。
剣を手に、まっすぐに。
パワーもスピードも、まるで足りない突撃。
だが一直線に向かってくる彼女の姿に──。
俺は一瞬、見とれてしまった。
「アルジェラーナ……?」
【青の魔女】と呼ばれた天才魔法剣士の姿が、一瞬ミリエラと重なったからだ。
郷愁にも似た懐かしさが胸を駆け巡る。
「はああああああああああああああああっ!」
刹那、ミリエラの気合とともに、青い輝きがさらにあふれた。
同時に、爆発的に加速するエルフの少女。
魔力を後方に噴射し、その勢いで移動スピードを上げたのだ。
「──くっ」
繰り出された斬撃を、闘気を込めた剣で受け止めた。
一瞬ヒヤリとさせられたが、対処できないほどの攻撃ではない。
「はあ、はあ、はあ……」
今ので力を使い果たしたのか、地面にへたり込むミリエラ。
さすがにもう立ち上がれないようだ。
「やっぱり、強いね……今のあたしじゃ、どうあがいてもかなわない。あはは」
大の字になって笑うミリエラ。
「全力を出しきったから、負けてもすっきりだよ」
すがすがしい笑顔だった。
俺もつられてほほ笑む。
「……!?」
あることに気づいて、表情がこわばった。
「なんだと……!?」
俺の剣に、わずかに亀裂が走っていたのだ。
闘気でコーティングした刃に、だ。
闘気で覆った剣を、物理的な力で破壊することは難しい。
一番手っ取り早いのは、それを上回るエネルギー──たとえば同じ闘気か、あるいは魔力などでコーティングした刃でもって切り裂くこと。
一瞬ではあるが、『黒き剣帝』としての俺の闘気を、彼女が上回っていたというのか。
だとすれば──。
潜在能力だけなら、【青の魔女】に匹敵するかもしれないな、彼女は。
「……面白い奴だ、君は」
俺は笑みを深めていた。
「どうだろう、彼女のギルド入会を認めてみたら」
「ジラルドさんがそうおっしゃるなら」
と、ソフィア。
「あたしは戦いに関しては素人ですし、ジラルドさんの見立てを信じます」
コレットも異存がないようだ。
「じゃあ、決まりだな。君は今日から『癒しの盾』の一員だ」
「本当? やったー!」
倒れたまま喜びの声を上げるミリエラ。
こうして──『癒しの盾』に二人目の所属冒険者が誕生したのだった。