12 黒き剣帝の帰還
ギルド『癒しの盾』では、若きギルドマスターが苦悩していた。
「はあ……」
執務室で書類仕事をしながら、ソフィアはため息をもらす。
「ジラルドさんと……母さんがそんな関係だったなんて」
堕天使ノアとの戦いの際、彼女のスキルは今までよりもはるかに高まった。
そしてジラルドとともに、彼の過去を垣間見る機会があったのだが──。
そこでソフィアは知ってしまった。
かつて、自分の母がジラルドと恋人同士で会ったことを。
同時に気づいてしまった。
少なからずショックを受けている自分自身に。
「ジラルドさん……」
つぶやきつつ、そっと自分の唇に触れた。
あのとき、無我夢中で彼に口づけしてしまった。
ソフィアにとって生まれて初めての体験だった。
「私……もしかして、ジラルドさんのことを……?」
ソフィアの頬が熱く火照っていた。
彼の名は──『黒き剣帝』の勇名はふたたび広がりつつある。
なんといっても、邪神軍で最強の一角といえる第一階位堕天使を撃退したのだ。
その功績は計り知れない。
以前の大戦で『黒き剣帝』が主に活躍したのは、海を隔てた別の大陸である。
だが今度は、この大陸でも彼の名が広まりそうな気配だった。
そしてそれに伴い、『癒しの盾』の名も広まりつつある。
すべてはジラルドのおかげだ。
『癒しの盾』を盛り立てていく──。
以前、彼はそう約束してくれた。
「あ、でもそれって……母さんの残したギルドだから、っていう理由よね。ジラルドさん、もしかして今でも母さんのことを……?」
考えると、胸の奥に疼くような痛みが走った。
母に嫉妬している──。
そんな自分に気づき、ソフィアはまたため息をつくのだった。
※
ノアとの激闘を終え、異能の里から帰還して二日。
『癒しの盾』の本部内で受注予定の依頼書を見ていると、
「お体の具合はどうですか、ジラルドさん?」
ソフィアが歩み寄ってきた。
ノアとの戦いでは、今まで以上に闘気を使った技を連発した。
さらに奥義中の奥義ともいえる『剣帝の闘気』まで使用したのだ。
それを使った際、俺は闘気だけでなく肉体の耐久力も全盛期にまで戻っていた。
ソフィアのスキルの、新たな段階だ。
おかげで、スキルが解けて元の状態に戻った後も、体への反動はそれほど大きくない。
とはいえ、ダメージが皆無というわけでもなかった。
「まあ『剣帝の闘気』はあくまでも切り札──最後の手段という位置づけにしておいたほうがよさそうだ」
俺は苦笑交じりに説明した。
「私は、ジラルドさんのお体が心配です」
ソフィアが言った。
「えっ」
「冥皇封滅剣のことや大戦当時の『黒き剣帝』の話などを、この二日であらためて調べていたんです。私が思っていた以上に、肉体に反動がかかる技なんですね……」
「まあ、な」
だからこそ、普段の俺は並みか、それ以下の実力の冒険者に甘んじているのだ。
「きっと、今までの戦いやこれからも闘気を使ったダメージは蓄積していくと思うんです。それでもジラルドさんは冒険者を続けるのですか?」
「一度は引退するつもりだったよ。『栄光の剣』を追い出されたときに」
ソフィアの問いに答える俺。
「だけど今は続けようと思うし、続けたいと思う。『癒しの盾』を立て直すために。そして邪神軍に立ち向かうために」
「そう言うと思っていました」
ソフィアはため息をついた。
「では、やはり闘気のダメージを解消する方法を探すべきですね。スキルか、あるいは魔法か……きっと何か手段があると思うんです」
「ソフィア……?」
「だって、ジラルドさんは、私の大切な──」
言いかけて、彼女の顔が真っ赤になった。
「あ、いえ、その……とにかくジラルドさんのお体が心配ですので」
『もう、あんたはいつも無茶ばかりするんだから! もっと体を労わりなさい!』
若いころ、恋人だったレフィアに言われたことを思い出す。
似たようなセリフを、今度は娘であるソフィアから聞くことになるとは──。
「確かに、体は大事にしないとな」
苦笑交じりに答える俺。
「邪神軍の攻勢はこれから強まっていくだろうからな。若いころみたいに無茶ばかりしているわけにはいかない」
その辺は四十四歳の、年齢相応の肉体と相談しつつ。
俺は『癒しの盾』所属の冒険者として、そして邪神軍に対する戦力の一端として──これからも剣を振るっていこう。
次回から第7章になります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
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