1 黒き剣帝VS第一階位堕天使、ふたたび1
「ち、ちょっと、離しなさい! いいかげんに離してくださいませっ!」
空中から怒りの声が響く。
ノアは一人ではなかった。
彼女の手から光り輝くロープのようなものが伸び、一人の少女を縛っている。
どうやら神術で拘束しているようだが──。
「リーネ……!?」
かつての五大英雄の一人『白の賢者』の孫娘、リーネだった。
なぜノアと一緒にいるのか分からないが……。
ノアは輝く翼をたたみ、リーネを拘束したまま着地する。
俺たちの数メートル前方だ。
「あなたは仮にもこの私を本気にさせた猛者。だからこそ見せてあげようと思ったのよ。たとえ世界最強の英雄剣士であろうと、私には勝てない──と」
ノアの手から伸びる光のロープが弾けて消えた。
「人間ごときが私には勝てない。その事実を知り、ひれ伏すがいいわ」
「……黒き剣帝!?」
リーネが俺のほうを見た。
「それに『碧の聖拳』も──」
「あ、ガウディオーラさんのお孫さんね」
ミーシャがにこやかに手を振る。
「は、初めまして、リーネ・ガウディオーラと申しますっ」
リーネは緊張した様子で一礼した。
頬がほんのりと赤い。
……俺に初めて会ったときは割と敵意むき出しだったのとは、ずいぶん違うな。
「綺麗……」
リーネはポウッとした顔でミーシャを見つめていた。
「えへへ、そんなふうに言われると照れるかな。もうおばさんだよ、私」
「そんなことないですっ。噂にたがわぬお美しさです!」
「ふふ、ありがと」
目をキラキラさせて熱弁するリーネに、ミーシャは満更でもない様子だ。
今にも堕天使との戦いが始まろうとしている状況とは思えない和やかさだった。
「そろそろお気楽トークは終わりにしていい?」
ノアが冷たい声音で言った。
「私は『黒き剣帝』を殺しに来たの。そっちの『碧の聖拳』はいい。弱いし」
と、鼻を鳴らす。
ミーシャは無言だ。
前回の戦いでノアに叩きのめされたことを思い返しているのか、険しい表情だった。
「リーネ、あなたはそこで見ていなさい」
ノアがリーネに微笑んだ。
「私が『黒き剣帝』を殺すところを」
「……わたくしがジラルドさんに加勢すれば、あなたに勝ち目はありませんわよ」
リーネがきっと堕天使をにらむ。
「加勢? 魔力がほとんど底をついたその状態で?」
嘲笑するノア。
「……くっ」
リーネは悔しげに唇をかみしめた。
──なるほど、彼女はノアと一戦交えた後、ここまで連れてこられたわけか。
「全員離れていてくれ。ノアとは俺が一対一で戦う」
俺はみんなを見回して告げる。
「ごめん、私では役に立てない……がんばって」
ミーシャが俺の手をギュッと握り、話した。
「ジラルドさんなら勝てます! 絶対に! わたくし、信じていますわ!」
声援を送るリーネ。
「ふん、里を守れるのはあんただけだからね。気張ってもらおうか」
ブイドーラが鼻を鳴らす。
「ジラルドさん……」
ソフィアが俺に歩み取った。
「頼む、ソフィア」
「はい。スキル──発動!」
体の内側か炎が吹き上がるような感覚が訪れる。
「いつも、あなたに頼ったばかりですみません」
ソフィアが頭を下げた。
「……何を言う。戦うのは俺の仕事だ」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「君はギルドマスターだろう。命じてくれ。俺に。奴を倒せ──と」
「ジラルドさん……」
ソフィアははにかんだような笑みを浮かべた。
レフィアによく似たその笑顔に、俺は見とれてしまう。
「では、ご武運を」
「ああ、行ってくる」
そして俺は──。
堕天使との戦いに臨む。
俺とノアは五メートルほどの距離を置いて対峙した。
ソフィアたちはさらに十メートル程度離れてもらっている。
「『聖武具召喚』」
ノアの手に一振りの長剣が出現した。
「聖武具──確か、第一階位堕天使は専用の武器を持っているんだったな」
俺は剣を構え直し、警戒を強めた。
奴らの聖武具の攻撃力はすさまじい。
全開にすれば、一瞬で都市一つを消滅させてしまうほど。
「これが私の剣『フラガラッハ』よ。前回は随分と私を殺してくれたけど──」
剣を手に、ノアが笑う。
攻撃的な微笑だった。
殺意がたっぷりこもった、喜悦の笑みだった。
「今度は私があなたを殺してあげる。千の肉片に斬り刻んで、ね」
【20.3.22追記】
五章が思ったより長引いてしまったので、真ん中で二つに分けて後半部を第六章『黒き剣帝の帰還』に変えさせていただきます。
投稿内容は同じで、章分けが変わるだけですm(_ _)m