3 スキル解析
「奴は──第一階位堕天使ノアは、時空干渉系の神術を使っていた」
俺はブイドーラに言った。
「何度倒しても、そのたびに『倒す前の時間』まで戻って復活してしまう。奴は途中で消耗限界が来たのか、逃げ帰ったが……次もそうなるとは限らない」
「ふむ、そいつは厄介な力だねぇ」
うなるブイドーラ。
「この里にいるスキル使いで時空干渉系はいないのか? そいつにノアの『復活』を妨害してもらう、というようなことができれば勝機はあるはずだが──」
「時空干渉系は希少だからねぇ。今、この里には一人もいない」
首を振るブイドーラ。
「『時使い』の一族も随分前にこの里を離れてしまったんだ。おそらく、あんたの母親もそこに交じっていたんじゃないかねぇ」
と、ブイドーラがソフィアを見る。
「では……たとえば、私のスキルでノアの神術を妨害できる可能性はあるのでしょうか?」
今度はソフィアがたずねた。
「うーん……時空干渉といっても、あんたの場合は、おそらく他者の状態を回復させる系統だ。広い意味ではノアの神術と同じ種類のものだね。その性質をコントロールできれば、あるいは……」
「性質をコントロール……」
「とはいえ、それはスキルを自在に扱えて初めて可能になることさ。ただでさえ、時空干渉は難易度が高い。いきなり成功させるのは無理だろうねぇ」
「それでも──私も、ジラルドさんの力になりたいです」
ソフィアが身を乗り出す。
「ジラルドさんがギルドに入ってくださったおかげで、『癒しの盾』は解散を免れました。父や母が守ってきたギルドをなくさずにすみましたし、新しいメンバーも増えました。ジラルドさんは、私たちに未来をくれたんです。だけど、もらいっ放しで終わりたくありません。だから、私は──」
おとなしい性格の彼女が、驚くほどの熱弁だった。
「あ、すみません、ついしゃべりすぎてしまいました……」
と、うつむくソフィア。
「ふふ、好きなんだねぇ、この男のことを」
「えっ!? えええっ、、い、いえ、私は、その、えっと……」
笑うブイドーラにソフィアは顔を赤らめた。
照れたような顔が可憐だった。
「だ、男性に対して、そういうふうな気持ちを持ったことがなくて、今の気持ちもよく分からなくて……えっと、その」
ソフィアは完全にパニック状態のようだ。
いや、今のブイドーラは『人間的に好き』という意味合いで聞いたんだろうと思うが……。
「うぶだねぇ」
老婆はニヤニヤと笑っていた。
「じゃあ、まずはスキル解析といこうか。それからソフィアがスキルをより深く使いこなせる方法を探ろう。そこに──時空干渉神術を打倒するヒントがあるかもしれない」
と、ブイドーラ。
「解析室に移動するよ」
俺たちはブイドーラの案内で、研究所内を移動した。
長い通路を進み、突き当りの部屋に入る。
部屋の中央には、剣を床に突き立てたような形のモニュメントがあった。
高さは5メートルほどだろうか。
「これは──?」
「スキル解析機さ」
俺の問いにブイドーラが答える。
「ソフィアのスキルをこの機械で検査、解析する。そのうえで、彼女に『何ができるか』『これから何ができるようになるか』を探るのさ」
「これから何ができるようになるか……」
ソフィアがその言葉を繰り返した。
「じゃあ、彼女のスキルが成長したり変化する可能性もある、ということか」
「可能性は、ね」
俺の問いにうなずくブイドーラ。
「単に特定の人間に時空干渉を行い、局地的に能力を全盛期に戻すだけなのか。あるいは、それ以上のことが可能なのか──すべてを、これから解析するのさ」
スキルの解析はブイドーラとソフィアの二人だけで行う、ということだった。
俺はミーシャともども部屋の外で待機だ。
「大丈夫なのか、ミーシャ。ノアにやられたダメージは」
「平気平気。大戦のときは、もっとひどい怪我でもピンピンしてたでしょ」
にっこり笑うミーシャ。
あの後も僧侶系の治癒魔法を何度かかけたためか、かなり元気を取り戻したようだ。
さすがに全快とはいかないが……。
「それにしても──ジラルドはすごいよ。彼女のスキルの力で、今も全盛期の闘気を操れるんだね。実際に目の当たりにすると、本当に感動したよ」
「ああ、ソフィアのおかげで俺はまた以前のように戦える。時間制限付きだけどな。冒険者として、彼女のギルドの復興のために助力しているよ」
「冒険者ギルドかぁ。懐かしいな」
「君も昔は冒険者だったな」
「ええ。ここの研究に専念するために、そっちは引退しちゃった」
ミーシャが微笑む。
「だけど、がんばってるジラルドを見ると、ちょっと血が騒いじゃうな。また冒険者に戻ったら、君と一緒にクエストをする機会もあるよね」
「かもな」
「ねえ……今も独身なんだっけ? ジラルドって」
ふいにミーシャが俺を見つめた。
唐突な質問に、俺は怪訝に思って彼女を見つめ返す──。