10 第一階位堕天使ノア
「大丈夫か、ミーシャ。休んでいてくれ」
「悪い……ね……ごほ、ごほっ……」
ミーシャは息も絶え絶えに頭を下げた。
二十代と見まがう美貌は血の気を失って青白くなっている。
目の焦点もあまり合っていない。
「奴は──俺が倒す」
告げて、堕天使に歩み寄る俺。
確かに彼女は──ノアは、強い。
かつての大戦で戦った第一階位堕天使たちよりも、さらに。
「へえ、とてつもない闘気だね。人間がこんなけた外れのエネルギーを放出できるなんて驚きだよ」
ノアが俺を見て、軽く目を見開いた。
「確かに旧世代の第一階位じゃ相手にならないね」
「新世代の君なら相手になる、と?」
「相手になるんじゃない。殺せるよ。いとも簡単に──ね」
「面白い。やってみせろ」
俺は獰猛に告げた。
気持ちが高ぶっていた。
闘志の高まりは、すなわち戦う意思の高まりだ。
普段の戦闘時以上に──はるかに、自分の精神性が攻撃的になっているのを自覚する。
だが、それくらいでなければ目の前の相手とは戦えない。
勝つために。
俺はどこまでも自分の闘志を高ぶらせる──。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
咆哮とともに、全身を覆う闘気が黒から紫へと変わった。
速度特化の『雷光の闘気』だ。
「ん? 闘気の質が変わった……?」
ノアがスッと目を細める。
「ただエネルギーが膨大なだけじゃなくて、いろいろな性質に変化、制御できるのね。人間の精神力でそこまでの領域にたどり着くなんて」
「悪いが時間がないんだ。会話は省かせてもらう」
俺は地を蹴った。
どんっ!
闘気を後方に噴出して加速する。
まさしく雷速でノアとの間合いを詰める。
先ほど、神操兵との戦いでも使用した、俺の剣技の中でも最速の奥義──雷導瞬刃。
ノアに肉薄した俺は、秒間にして一千の斬撃を放った。
「嘘っ、間近で見るとこんなに速いの──!?」
「さよならだ、堕天使」
驚愕するノアの声を置き去りに、俺の剣が奴の首を刎ねた。
力なく崩れ落ちる、ノアの胴体。
「……すごいね。この私が、もう殺されちゃった」
前方から一人の少女が進み出た。
小柄な体に桜色の髪の美少女──ノアだ。
「さっきのは偽物だったのか……?」
「いいえ、本物よ。私は確かに一度『殺された』」
微笑むノア。
「その瞬間に、オート発動の局所的時空干渉で『私が殺される前』まで戻ってきたの。私だけがね」
「戻ってきた、だと──」
「第一階位の堕天使だもの、それくらいの芸当はできるよ。旧世代ならともかく、私はね」
ノアの笑みが深くなる。
俺は戦慄した。
つまり──こういうことなのか。
俺はさっき奴を殺した。
だが、その瞬間にノアは自分が殺される前の時間に舞い戻った。
自動的に発動する神術によって。
つまり、奴をいくら殺そうとも、そのたびに奴自身の時間が戻り、死ぬ前の状態で復活してしまう。
奴を殺す手立てはない──。
呆然としながらも、俺は剣を振っていた。
守勢に回ったら殺される。
本能がそう告げていた。
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げて両断されるノア。
「びっくりするじゃない。いきなり斬りつけな」
「死ね」
すぐに何事もなかったかのように復活したノアを、俺は三度斬り殺す。
「もう、話の途中でまた──」
四度。
「だから、話してる最中でしょ──」
五度。
六度、七度、八度──。
いくら斬り殺しても、すぐにノアはよみがえる。
こうしている間にも、スキルの効果時間は減っていく。
おそらく、あと十数秒だろう。
どうする──。
俺の中に焦りが芽生える。
このまま闇雲に攻撃しても無駄かもしれない。
いちおう、奴の『復活』に回数制限や消耗限界があるんじゃないかと、連続で斬殺してみたが──。
どうやら効果は薄そうだ。
「ふうっ」
と、ノアはいきなり後退した。
「ちょっと疲れちゃったから、いったん戻るね」
「何……!?」
「あ、言っておくけど、私の『復活』に回数制限とかはないからね。疲れたのは別の理由」
ぱちり、とウインクをするノア。
「ただ、あなたはもっとジワジワと苦しめて殺そうかな? 人間は堕天使や邪神には勝てない──その事実を徹底的に味わわせてから」
「ノア……!」
「ちょっとだけ休んだら、また来るね。それまでにたっぷり絶望しておいて。じゃあねっ」
最後まで無邪気な口調のまま、ノアは輝く翼を広げて飛び去った。
ほぼ同時に、俺にかけられていたスキルの効果が切れる。
「くっ……ううう……」
全身から力が吹き上がる感覚がなくなり、代わりに重い疲労感が訪れた。
「また来る、か」
俺はノアが飛び去った空を見上げた。
再戦のときは、すぐに来る。
それまでに──奴を倒す術を見つけなければ。
次回から第5章「旧世代と新世代」になります。
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