7 剣と拳
古流格闘武術『闘神炎舞』。
七百年の歴史を持つ、世界最古にして最強と呼ばれる格闘術である。
ただし、その習得難易度はすさまじく、現役の使い手は世界中を合わせても五人に満たないと言われている。
ミーシャは、その中でもナンバーワンの使い手だ。
少なくとも、邪神大戦当時は。
ただ、あれから三十年近くの時が経ち、ミーシャも年齢的な衰えはあるだろう。
いくら容姿が二十代後半並に若く見えるとはいえ、身体能力の低下までは防げないはず。
俺のように一時的に全盛期の能力を取り戻す術でもあれば、また別なのだが──。
「そうね。正直、今の私はあのころほどの力はない。年を取ったからね」
ミーシャがため息をついた。
「とはいえ、まったく戦えないわけじゃない。全盛期の闘気技が使える君を軸に、私はサポートに徹するとしよう」
「分かった。頼むぞ、ミーシャ」
「了解っ」
ミーシャに目配せをすると、俺は全身から闘気を吹き上がらせた。
半物質化した闘気が黒い全身甲冑となり、俺の体に装着される。
フルフェイスの兜で顔まで完全に覆われた状態だ。
さらに、手にした剣も闘気でコーティングされ、二回りほどサイズを増した超巨大剣と化す。
その剣を肩に担ぎ、俺は一歩前に踏み出した。
「闘気解放──収束」
俺の周囲に、黒い長剣が次々に出現する。
いずれも闘気を半物質化させて作った剣である。
これを矢のように放ち、遠距離の敵を切り裂く技──『鳳牙』が、俺の狙いだ。
が、神操兵もそれを黙って許してはくれない。
りいいいいいいいいいいいいいいいん。
鈴の音に似た鳴き声とともに、無数の光弾を放ってきた。
牽制代わりか。
「させないよ」
ミーシャがすかさず前に出た。
腰だめに拳を構える。
「はあっ!」
気合いとともに、空中に向かって正拳突き。
生み出された風圧が砲弾と化し、光弾を撃墜した。
一発、二発、三発──。
ミーシャは数百回の正拳突きを一息に放ち、その風圧で無数の光弾をまったく寄せつけない。
闘神炎舞・攻守の型──『百華翔』。
確かに年齢による衰えはあるだろうが、それでも十分な技のキレだった。
「さすがだな、ミーシャ」
俺はニヤリと笑い、同時に三十六本目の闘気剣を完成させた、
「いけ」
告げると同時に、すべての闘気剣がいっせいに射出される。
狙いは──神操兵の六枚の翼だ。
それぞれに六本ずつの闘気剣が向かい、一瞬にしてすべての翼をズタズタに切り裂いた。
ひるんだように立ちすくむ神操兵。
さらに、俺は手にした超巨大剣を振りかぶった。
ミーシャが先ほど同様に拳の風圧を矢継ぎ早に放ち、神操兵を牽制。
その間に俺が新たに闘気をチャージする。
吹き上がる闘気が黒から赤へと変化した。
『攻撃性』に特化した『紅蓮の闘気』である。
「終わりだ!」
振り下ろした剣から赤い龍に似た斬撃波がほとばしった。
冥皇封滅剣、一の型・極──『紅帝火龍』。
るおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおむ!
うなるような苦鳴を上げる神操兵。
「──今ので消滅しないのか」
驚くべき頑丈さだった。
大戦時に戦った神操兵でも、ここまでの耐久力を持つ機種はあったかどうか。
とはいえ、ダメージは大きそうだ。
特に胸部辺りの損傷が激しく、胸から腹にかけて大きな亀裂が入っている。
「あれは……!?」
俺は愕然とうめいた。
「まさか──」
いや、間違いない。
神操兵の胸部の亀裂──その奥に、わずかにのぞく人影。
それは聖杯機関の一員であり、先ほどであった旧知の男の姿だ。
「ザイン……!」
どうやら意識はないようだった。
目を凝らすと、体のあちこちに赤や青の剣のようなものが突き刺さっている。
その剣は鎖によって神操兵の内部とつながっているらしい。
「取りこまれている……のかな?」
ミーシャがつぶやく。
聞いたことがある。
神操兵の中には、人間を取りこんで動力源にするタイプがいると──。
「助けられるなら、助けたい」
俺はミーシャに言った。
「大戦のとき、あいつとは色々あった。衝突したこともあるし、逆に助け合ったこともある。ただ、あいつはあいつなりに人類の未来を憂いて、命がけで戦っていた。友人とは違うかもしれないが、大切な戦友だ」
思わず熱弁してしまった。
「やっぱり変わってないね、ジラルド」
ミーシャが微笑む。
「おっさんらしくなったけど、中身は十代のころとちっとも変わらない。ふふ」
「それは、子どものまま成長してないと言われてる気がするぞ」
「あははは、どうだろうね」
ミーシャはいたずらっぽく片目をつぶった。
「そういうところ、好きだよ。じゃあ、一緒にがんばろうか」
「感謝する」
「礼なんて言わないでよ、水臭い」
ミーシャが、ふふっ、と口元をほころばせる。
「仲間でしょ」
よし、ならば──。
ザイン救出作戦、開始だ。