6 黒と碧の防戦
「あれは──」
窓の外で赤い輝きが弾け、それが収束する。
現れたのは、全長50メートルはあろうかという巨大な人型だった。
頭頂部に光輪が浮かび、背から輝く三対の翼が生えている。
「堕天使……!」
「邪神の眷属には見つからないよう、里全体に幾重もの結界を張ってあるのに──突破された!?」
ミーシャが俺の隣で叫んだ。
ゆぉおおおおおおおぉおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおむ。
堕天使が重低音の咆哮を上げた。
三対の翼が大きく広がる。
各翼の先端部に赤い光が宿った。
その光はみるみる膨れ上がり、巨大な光球と化し──、
「伏せろ!」
俺はとっさに叫んだ。
次の瞬間、六つの光球が里に振り注いだ。
轟音と振動が、研究所の建物全体を揺るがす。
いくつもの悲鳴が聞こえた。
「大丈夫だ、ソフィア。俺がついている」
「は、はい……!」
俺はすぐ近くにいるソフィアに語りかけた。
俺も彼女も並んで床に伏せている状態だ。
彼女が震える手を伸ばし、俺の手を遠慮がちに握った。
俺は無言で握り返す。
柔らかくて暖かくて、小さな手だ。
今にも壊れてしまいそうな、手だった。
しばらくして轟音と振動が収まる。
俺は窓のところまで行き、外を確認した。
「これは──」
里のあちこちから黒煙が上がっていた。
「あの方角は……たぶん『第二』と『第三』、それに『第六』もやられたね」
ミーシャがやって来てうめいた。
「研究員にどれだけの死傷者が出ているか……貴重な研究データも……くっ」
堕天使はふたたび咆哮を上げて翼を広げる。
またさっきのを撃つつもりか!?
「これ以上はやらせない!」
ミーシャが研究所から出ていった。
俺も行かなければ──。
「ソフィア、俺にスキルを頼む!」
「はい──スキル発動!」
ソフィアの手から青い光が飛ぶ。
全身から炎が吹き上がるような、いつもの感覚が訪れた。
「……ほう、やはり時空干渉か」
老婆ブイドーラがつぶやいた。
ソフィアのスキルを見て、何事かを分析しているようだ。
興味深いことではあるが、今は堕天使を止めることが先決だった。
「俺もミーシャに加勢してくる。ソフィアは安全な場所に避難を!」
「は、はい、お気をつけて……」
心配そうに見つめる彼女に、俺は力強くうなずいた。
外に出た俺は、一直線に走り出した。
闘気のエネルギーを噴出し、その勢いで爆発的に加速する。
地面を蹴りながら、さらに噴出と加速。
そして、途中でさらに──。
そうやって加速を繰り返しながら、俺はあっという間にミーシャに追いついた。
二人並んで、数百メートル先にたたずむ巨大な人型──堕天使と対峙する。
「君と肩を並べて戦う日が、ふたたび来るなんてね」
「ああ、嬉しく思うよ。『碧の聖拳』」
「私もよ。『黒き剣帝』」
俺たちは笑みを交わし合い、巨大な堕天使と向き合った。
「ん? 気配が違う……こいつ、堕天使じゃないね。神操兵だ」
つぶやくミーシャ。
神操兵。
かつての大戦末期に現れた『神造兵器』である。
堕天使や聖獣を模したその兵器の戦闘能力はすさまじかった。
邪神や第一階位堕天使に次ぐ、第二階位堕天使や戦王級聖獣に匹敵する性能を備えた機種までいたほどだ。
しかも絶対数が少ない上衣の堕天使や聖獣と違い、設備と素材さえそろえれば、神操兵は無限に製造できるらしい。
もしも量産体制に入っていたら、邪神大戦の結果は人類の敗北で終わっていただろう。
幸い、そうなる前に俺たち『五大英雄』や人類軍の選ばれた戦士たちが邪神の本拠を急襲。
死闘の末に、奴らを封印することに成功し、大戦は終結したわけだが──。
「上位機種なら厄介な相手だな」
俺は闘気を高めた。
目の前の神操兵が第二階位並みの力を持っているなら、俺も力を出し惜しみするわけにはいかない。
かといって、広範囲攻撃系の闘気技を使えば里全体に大きな被害が出るだろうから、戦い方も考えなければならない。
「だけど、神操兵とも微妙に感じが違うのよね──」
ミーシャが首をかしげた。
「分析はともかく。まずは、奴の攻撃を止めるところからだ」
俺は剣を構えた。
どうやらさっきの翼からの光弾は連発できないらしい。
一回使うと、次の使用までに『溜め』が必要なんだろう。
次に撃つ前に、俺とミーシャで奴を破壊する──。
「じゃあ、久しぶりにいってみる? 私の闘神炎舞と君の冥皇封滅剣──二つの古流武術のスペシャルコンボで」