5 堕天使と神操兵
「まさか、堕天使──いや、違う」
ザインがうめいた。
堕天使。
それは邪神の眷属であり尖兵だった。
聖なる属性を持つ神々やその眷属である天使とは、正反対の属性を持つ存在。
邪悪なる属性を備えた、天使。
そしてその力は、聖天使と同等である。
神に準ずる戦闘能力。
魔法やスキルとは比べ物にならないほど強力な超常能力──神術。
これらを行使する堕天使は、通常の戦士や魔法使いが太刀打ちできる相手ではない。
上位の堕天使ともなれば、一国の軍隊をもってしても対抗できないほどだ。
立ち向かえるのは、人間の領域を何段階も超えた選ばれた英雄のみ──。
「だが、お前は堕天使じゃない。まがいものだ」
ザインは目の前の『堕天使もどき』を見据えた。
そう、『もどき』である。
「神操兵──かつての大戦末期に一定数の稼働が認められた『神造兵器』」
「邪神軍に歯向かう人間どもの組織。『聖杯機関』。来たるべき侵攻作戦に備え、貴様らを排除する──」
堕天使もどき……神操兵が淡々と告げる。
およそ生物らしさを感じさせない、無機質な声音だった。
「『聖杯機関』を舐めるなよ。この三十年近く、邪神軍に対抗する兵器の開発はずっと進んでいた。神操兵ごときに……」
ザインが剣を抜く。
柄のところにあるボタンを押すと、ばしん、と音がして刀身が根元から外れた。
「負ける我らではない! 不意打ちならともかく、正面からの対決なら、な!」
柄だけになった剣を構えるザイン。
ヴ……ン!
空気がうなるような振動音ともに、柄から輝く刃が伸びた。
「聖燐光剣。『原初の神』の力を具現化する剣だ」
光の刃を振るう、ザイン。
バックステップして避けようとする神操兵だが、歴戦の猛者であるザインのほうが一歩速い。
鋭い斬撃で神操兵の右腕を斬り飛ばした。
うろたえたように後ずさる神操兵。
「次で終わりだ」
ザインは光の剣を構えなおした。
「かつての大戦では猛威を振るった神操兵も、今やただのガラクタのようだな」
鼻を鳴らす。
「それだけ俺たちの装備が進歩した、ということだ」
「進歩したのが自分たちだけだと思っているの?」
ふいに、嘲笑が聞こえた。
こうっ!
同時に、前方からまばゆい光の柱が立ち上る。
「お前は……!?」
柱の中から現れたのは、まだあどけない顔立ちをした少女だった。
整いすぎるほど整った顔立ちは、中性的な印象を与える。
背中まで伸ばした髪は桜色だ。
「私はノア」
彼女が名乗った。
背中から光り輝く翼が広がる。
「第一階位の堕天使よ」
「だ、第一階位……!」
さすがにザインも表情をこわばらせた。
邪神に次ぐ力を持つ第一階位の堕天使──。
その力は、第二階位以下の堕天使や戦王級以下の聖獣とは隔絶している。
「私が寝る間も惜しんで作り上げた神操兵に、よくも傷をつけてくれたね。許さないから」
長い桜色の髪をかき上げながら、ぷうっと頬を膨らませるノア。
その仕草や表情は無邪気な子どものようだ。
だが、ザインは緊張感を高めていた。
(もし本当に目の前の少女が第一階位堕天使ならば──とても勝てる相手じゃない)
逃走あるのみ、だ。
「逃がさないよー」
「ぐあっ……!?」
右手に衝撃が走ったかと思うと、武器を取り落としてしまった。
ノアはさっきとまったく同じポーズでたたずむのみ。
一体、何をされたのか分からなかった。
攻撃の瞬間どころか、仕草も何も見えなかった。
「へえ、なかなか鍛えてるみたいだね。ちょうどいい素体になってくれそうだ」
「素体、だと……?」
嫌な予感がした。
「そっちの神操兵より、あなたを神操兵にしたほうが役に立ってくれそうね」
「さっきから何の話をしている……!?」
「私があなたを側近に取り立ててあげる、って言ってるのよ。さあ、受け入れなさい。神の力を──」
ノアが右手を掲げた。
そこに赤い輝きが宿る──。
逃げなければ。
ザインは反射的にそう考えた。
ノアから背を向け、一直線に駆け出す。
「……!? あ、足が動かない……」
「逃がさないよ。あなたはもう私の手駒」
背中越しに、ノアが微笑むのが分かった。
※
──ぞくり。
背筋に嫌な予感が走る。
「ジラルドさん、どうかしました?」
ソフィアがたずねた。
「いや、ちょっと変な感じが──」
言いかけたところで、俺はハッと窓に視線を向けた。
赤い輝きがこの集落全体に広がっていく──。
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