4 第四異能研究所
「うちの者がすまんな。最近は少々、殺気立っているんだ」
ザインが頭を下げた。
「とにかく、里の人間に威圧的な言動はしないでおくれよ」
ブイドーラが、ふん、と鼻を鳴らす。
「私から部下たちに言っておきます。失礼いたしました、ブイドーラ様」
ザインがもう一度、頭を下げる。
「まだ機関で働いているんだな、ザイン」
「ああ。当時よりだいぶ役職が上がって、現場に出ることは少なくなったが……まだまだ現役だぞ、俺は」
俺の言葉にザインはニヤリと笑った。
「邪神復活の可能性もあるし、おちおち引退などしていられん」
「……そうだな」
「お前の方はなぜここに来たんだ?」
「まあ、ちと訳ありで、な」
「そうか、訳ありか」
ザインは詮索してこなかった。
「仮に邪神軍が復活し、全世界に侵攻してくるような事態にでもなれば、また聖杯機関の指揮下で冒険者たちが戦うことになるだろう。昔のように、お前とともに戦うこともあるかもしれんな」
「そのときはよろしく頼む」
「当時のお前は、誰よりも頼もしかったよ。人間とは思えぬ強さだった。正直、堕天使以上に……お前に恐怖感を覚えたほどだ」
笑うザイン。
「……と、あまり雑談もしていられないな。俺たちは他にも仕事があるので、そろそろ失礼する」
「他の仕事?」
「邪神軍の対策にいろいろと、な。俺たち聖杯機関は奴らが封印されていたこの三十年近く、遊んでいたわけじゃない。あのころとは違う対抗手段だって用意しているのさ」
ザインが言った。
「邪神軍への対抗手段……だと」
「おっと、これ以上は機密事項だ。ほら、行くぞ。お前たち」
ザインはニヤリとすると、部下たちを促して去っていった。
俺たちはふたたび研究所を目指して進んだ。
ほどなくして、ブイドーラが前方を指し示す。
「着いたぞ。あれが──『第四異能研究所』だ」
木々に囲まれた三階建ての館だ。
異能の里には全部で七つの研究所がある。
物理攻撃系を専門に扱う『第一』や、精神干渉系の研究を行う『第六』など、各研究所でそれぞれ研究分野が異なる。
ここ『第四』は、主に時間や空間制御系のスキルを研究している施設だという。
俺たちは館に入った。
内部はいくつもの部屋で区切られ、白衣を着た者たちが忙しそうにあちこちで行き来している。
「彼らはここの研究員さ。日々、異能についての調査や実験などを行っている」
説明するブイドーラ。
と、
「お? もしかして君はジラルドかな?」
一人の女性が歩み寄ってきた。
他の研究員と違い、白衣ではなく僧侶用のローブを着ていた。
艶めいた美貌を彩る、肩のところで切りそろえた緑色の髪。
外見は、二十代後半くらいだろうか。
……といっても、彼女の本来の年齢は四十代半ばのはず。
そう、彼女は俺の顔見知りだ。
「変わらないな、ミーシャ」
かつて俺とともに邪神軍に立ち向かった五大英雄の一人──。
『碧の聖拳』ミーシャ・グレイル。
「ザインといい、今日はやけに旧友と出会う日だ」
「君はちょっと年を取ったね。おっさんっぽくなったよ」
ふふっ、と無邪気に笑うミーシャ。
まるで十代のような可憐さだった。
※
白い制服の一団──聖杯機関の一隊が里の中を進んでいる。
「ジラルドはなぜこの里に来たのだ……」
ザインはひとりごちた。
邪神軍の復活の兆し。
それに呼応するように里に現れた、かつての五大英雄。
「まさか旅行に来たわけでもあるまい」
来るべき戦いに備え、聖杯機関では五大英雄についても調査をしている。
さすがに全盛期よりは衰えているだろうが、それでも大戦時は隔絶した戦闘能力を有していた五人である。
今回の戦いでも戦力になってくれる可能性は十分ある。
だがジラルドは、かつての戦闘能力など見る影もない……今やただのロートル冒険者だった。
早々に戦力外だと判断され、聖杯機関は調査を打ち切った。
ただ……最近になって妙な噂が流れてきた。
ウィンドリア王国に現れた堕天使たちが、いずれも黒い甲冑をまとった剣士に瞬殺されたという。
「まさか……な」
ザインはうなる。
ジラルドが──あの人類最強『黒き剣帝』が復活したというのだろうか。
だとすれば、ぜひとも戦力として取り入れたい。
「ザ、ザイン隊長……」
名前を呼ばれ、ザインは己の思考を中断した。
「どうした?」
振り返る。
ザインの視界に、一面の血の海が飛びこんできた。
「な、なんだ──」
隊員たちの死体が折り重なっている。
そして、その向こうにたたずむ細身の影は──。
輝く翼を備えた、天使のごときシルエットだった。
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