2 異能の里
クリスと別れ、俺たちはサリクス帝国北東部にやって来た。
雄大なザラッド山脈のふもとに、目的地である『第37集落』──異能の里がある。
集落まで到着したときには、すでに日が暮れ始めていた。
一見して、のどかな農村といった趣だ。
が、もちろんここがただの農村のはずがない。
「帝国の者か? それとも旅人か?」
突然、地面からにじみ出るようにして人影が現れた。
「きゃあっ!?」
ソフィアが俺の腕にしがみついてくる。
花のような香りが、俺の鼻をくすぐった。
「っ……!」
まるで若き日のレフィアと一緒にいるような感覚になってしまう。
年甲斐もなく、胸の中が甘く疼いた。
我ながら未練がましいことだ。
俺は苦笑しつつ、前方に意識を向けなおした。
現れた人影──それは、ぼろぼろのローブをまとった老婆だった。
今の出現方法も、おそらくスキルによるものだろう。
里の人間は、そのほとんどがスキル使いらしい。
「ウィンドリア王国から来た冒険者だ。俺はジラルド、こっちはソフィア。ともに冒険者ギルド『癒しの盾』の者だ」
俺は老婆に自分たちの素性を告げた。
「冒険者か……むっ」
老婆がソフィアに視線を向ける。
フードの奥で眼光が妖しくまたたいた。
「ほう、『時空干渉』系の異能者か。お前は『時使い』の一族かな?」
「時……使い?」
戸惑った様子を見せるソフィア。
「お前の両親の名は?」
「父はダニー・アールヴ、母はレフィアといいます」
「……ふむ」
老婆はもう一度うなり、
「母の旧姓はなんだ」
「クルス、ですけど……」
「なるほど。やはり『時使い』の一族か」
老婆は一人で納得してうなずいている。
もう少しこっちにも分かるように説明してほしいものだ。
「その『時使い』というのは何か分からないが──」
俺は話に加わった。
「彼女は特殊なスキルを備えている。その解明のために、異能の里の人間に助力を乞いたい」
「ふむ」
老婆が俺を見据えた。
「邪神大戦の英雄──『黒き剣帝』ジラルド・スーザか」
「俺を知っているのか?」
「事前に『白の賢者』から話を聞いておる」
なんだ、最初にそれを言ってくれ。
「お前たちの口から直接聞きたい。仕草、表情、そして心の動き──それらからお前たちの器を推し量らせてもらおう」
値踏みするような視線だった。
「うろんな者には、異能の秘密を教えられぬ」
「──という事情で、俺たちはこの里まで来たんだ」
俺は邪神の封印が緩んでいることや、最悪の場合は邪神軍復活の危機だということを伝えた。
「なるほど。よく分かった」
うなずく老婆。
話によれば、彼女はこの里の長老格の一人ということだった。
「『白の賢者』の話とも一致するし、何よりもお前さんの目には一片の曇りもない。信じよう」
言って、老婆は深々と頭を下げた。
「客人に対して無礼な態度、相すまなかった」
「いや、いいんだ。分かってくれたなら──」
俺は慌てて両手を振った。
「で、あらためて聞きたいんだが、『時使い』の一族とはなんだ? 彼女の母親──レフィアがその一族の一人、ということなのか」
「うむ。『時使い』はその名の通り、時空に干渉するスキルを操る一族さ」
老婆が説明する。
「あの……私のスキルはもともと【体調回復(特効)】というもので、時空に干渉するなんてたいそうなものではないのですが……」
と、ソフィア。
「それはおそらく副次効果にすぎぬ。真の能力は時空干渉だろうと推測される。まあ、詳細は研究所で調べた方がよかろう」
老婆が言った。
「研究所……?」
「この里には異能について研究する施設が全部で七つある。今からそのうちの一つに案内してやろう」
老婆が言った。
「お前のスキルが少しずつ効果時間が上がっていることや、確か一度は効果切れの状態からさらに発動したこともあったそうだな。まとめて調査してみよう」
こうして、俺たちは研究所とやらに向かうことになった。