1 バルツの運命
冒険者ギルド『栄光の剣』の本部。
そのギルドマスター室。
「どうなっている……大口を叩いたくせに、奴らはまったく働かないではないか!」
バルツは苛立ちを抑えきれずに叫んだ。
手近の執務机を拳で殴りつける。
「つっ……」
痛みが走り、バルツは顔をしかめた。
自業自得なのだが、こんなことさえも『奴ら』が運んできた不運に思えてくる。
「『堕天の牙』の凄腕たちが加入してくれて、我がギルドはこれから上向きになると思っていたら……くそ、当てが外れた!」
「お取込み中でしょうか? レイナです。ご報告したいことがありまして──」
扉の向こうから秘書の声がした。
彼女は有能な側近であり、同時にバルツの愛人でもあった。
……といっても、愛人関係のほうはすでに過去形になりつつある。
『別れたいだと? なんだ、突然』
『実は……その』
『まさか、他に男ができたんじゃないだろうな』
『…………』
沈黙が、つまりは答えだった。
先日のそんなやり取りを思い出し、バルツはギリギリと奥歯をかみしめた。
とはいえ、仕事と私情は切り分けて考えなければならない。
ギルドマスターとして、最低限それくらいの心得はあった。
「入れ」
バルツが声をかける。
扉が開き、レイナが入ってきた。
「報告とはなんだ」
バルツが彼女をにらむ。
彼女は言いづらそうにうつむき、
「それが……また『彼ら』が土壇場で現場放棄したようで」
彼らというのは、もちろん元『堕天の牙』のメンバーだろう。
いわゆるドタキャンである。
「役立たずどもめぇぇぇぇぇぇっ!」
バルツは絶叫した。
どいつもこいつも、俺を不快にさせやがって──。
怒りでどうにかなってしまいそうだった。
「役立たずとは随分な言いようですね」
執務室に入ってきたのは、『堕天の牙』からの加入組のリーダー格──メティスだった。
褐色の肌に長い金髪の美女である。
それとなく自分の愛人にならないかと誘ってみたが、あっさりとあしらわれてしまった。
そのこともまた腹立たしい。
「我らにもいろいろと事情があるのです。ただ、それもあらかた終わりました。これから『仕上げ』に入ります」
「何の話だ?」
ただでさえ気分が悪いところに、さらに元凶であるメティスから意味不明な言葉を投げかけられ、バルツは爆発しそうだった。
血気盛んな若いころだったら、この場で彼女を斬り捨てていたかもしれない。
「──分からないのか?」
ふいに、メティスの口調が変わった。
その声には、氷のような殺気が込められている。
「っ……!?」
バルツは思わず表情をこわばらせた。
「お前たちは我らが神──『邪神シャルムロドムス』様の栄えある贄となるのだ」
「な、何を──?」
「さあ、神の兵士として生まれ変われ。愚かなギルドマスターよ」
メティスが笑う。
その背から翼が、頭頂部からは光の輪が出現した。
「まさか、お前は……」
バルツは呆然と立ち尽くす。
三十年近く前、何度か目にしたことがある。
『原初の神』の怒りに触れて、天界から闇の世界へと落とされた邪悪な神──その眷属だ。
「堕天使……!?」
「邪神シャルムロドムス様に仕えし、第三階位堕天使メティスエル。それが私の真の名だ」
彼女が右腕をバルツに向かって伸ばした。
淡い輝きが、あふれる。
「うう……っ……」
意識がゆっくりと遠のいていく。
「なん……だ……これ、は……?」
気分がだるい。
体が重い。
ふと隣を見ると、彼女が倒れていた。
その全身が異様に盛り上がり、異形のモンスターへと変わっていく。
いや、彼女だけではない。
見下ろせば、バルツの体も同じように──。
「ひ、ひいいいいっ!? なんだ、これはぁぁっ……!?」
ぼこり。
ぼこり。
体の内側から膨れ上がり、バルツの全身が変形していく。
人から、人ならざる者の体へと──。
こうして。
バルツの、人としての生は終わる。
そして、新たに始まるのは──。